第三話:少女の涙
少女は、戸惑っていた。
突如頭上に現れた大きな鳥と、まるで絵本に出てくる王子様のような少年に。
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「キミ、俺の言葉解る?」
「…わかる。」
「あーそかそか、良かった。これで言葉が通じないなんてオチだったらお兄さんどうしようかと」
「…。」
美しい白竜に跨った、金髪の王子様。
どうやら少女の目には彼のことがそう映ったらしい。
おかげですっかりと涙は引っ込み、変わりにキラキラとした羨望の眼差しを向けられた王子様ことカイリは、戸惑い気味に思わず口を引きつらせる。
「それで…君、こんな所で何してんの」
「わかんない」
「わかんないって…何、迷子?」
「…わかんない。きっと流されたの」
「流された?」
「うん。遠足に来て、川に落ちたの」
「………。」
「そしたら急に泳げるようになったの。わたし、5メートルしか泳げなかったのに」
「………。」
カイリは思わず頭を抱えた。
話を聞いてみても、やっぱり訳が解らなかったからだ。
「…と、とりあえず。俺の船に来なよ、そのままだと何処まで流されるかわかんないし」
「船?」
「そ。ほら、手伸ばして」
このまま話していても埒が明かない。
船に戻って、あとのことはニアに任せてしまおうと判断したのだ。
もともとこの少女を見つけたのはアイツだし。
そうして少女が伸ばした手をカイリがしっかりと掴み、水面から引き上げて自分の前へ乗せた。
セイはずぶ濡れの少女が乗ったことで少し驚いたみたいだったけど、暴れたりすることは無かったので助かった。
「この首の所に優しく掴まってて」
「大きな鳥さん…」
「鳥じゃなくてドラゴン。セイってんだ」
「どらごん?」
「そ。…もしかして知らない?」
「ううん、絵本で読んだことあるよ」
「(えほん?)…へえ、そっか」
そんな会話をしながらもカイリは心の中で随分と大人びた子供だな、なんて考えていた。
身体は小さいけれどもしかしたら最初に思ったよりはもう少し年上なのかもしれない。
…しかしその時、カイリは目下に見える少女の小さな肩が少し震えていることに気がついた。
「寒い?」
「…ううん」
「なーに意地張ってんだか。今日は比較的温かいけどこの辺ちょっと風が強いし、びしょ濡れの君には寒いでしょ」
「寒くないよ」
「はいはい」
カイリは苦笑いを浮かべながら自分が着こんでいた薄いベストを少女の肩に羽織らせてやった。
すると驚いて此方に視線を向けた少女の顔を見て…カイリは気付いた。
少女は寒くて震えていたんじゃない、…泣いていたのだ。
「へ!?…な、ちょ、何だよ!?」
「……っうう、」
「どっか痛い?あ、やっぱセイ怖い?」
「…こわく、ない」
ふるふると首を横に振った少女。
しかし子供の扱いに全く慣れていないカイリとしてみればもう何が何だか分からず、お手上げで。
取り敢えずポンポンと優しく頭を撫でてみた。
「どうしたんだよ。言ってみなって」
「……っ、お洋服」
「?」
「ママに…買って貰ったの。濡らしちゃった、から…怒られる」
「(なんだそりゃ)」
そう、思わず口に出しかけたが…きっとこの小さな少女にしてみればそれが一大事なのだろうと思いなんとか堪えて。
そんな弱々しい少女の視線を受けながらカイリは親指で目もとの涙を拭ってやった。
「それぐらい大丈夫だから」
「…でも」
「船に戻って服乾かそう。それから俺達がキミのママの所まで送ってってやるから」
「ほ、ほんと…?」
「ホントホント。だからほら、ちゃんと掴まって」
「うん!」
すると、あっさりと泣きやんでくれた少女は嬉しそうに前を向いた。
その様子に安心してホッと肩を撫で下ろしたカイリは、こうして少女を連れようやく船へと戻ることになったのだが…
―まさかこの時は、思いもしなかった。
この時カイリが軽い気持ちで請け負ったなんてこと無い約束が、これから少女と自分達の長い冒険の旅を引き起こすきっかけとなるなんて…