第二話:王子様現る
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ことの始まりは、ほんの数分前のことである。
「カイリー!カイリー!大変だ!」
「なんだよニア、でかい声だして」
「子供が1人溺れてんだ!」
「は?」
少年ことカイリは普通に小さな船に乗っていた。
そして見張り当番らしいニアと呼ばれた少年に呼ばれ見張り台の下へやって来たのだが。
「ほら、あそこあそこ!」
「んなコト言われても見えねえし。つうかそんなんだったら早くハレに言って船の進行方向変えて貰えば、」
「そんな悠長なことしてたら子供が沈んじまうだろー!?カイリがセイに乗って助けに行った方がぜってえハエーよ!」
「俺かよ」
「他に誰がセイに乗れんだよ」
「……あーそうでした」
カイリは、己のまるで金糸のように輝く髪をガシガシとかき乱すと踵を返して急いで船首の方へと駆け出した。
そして首から紐でぶら下げていた小さな笛のようなものを取り出して、思い切り息を吹き込む。
すると人間の耳には若干聞き取りづらい高周波数の音が辺りに響いた。
「セイ!」
…数秒後、カイリの呼びかけに答えた真白の大きな鳥のような生き物がバサリバサリという羽音をたてながら上空から舞い降りてきた。
カイリのペット、セイだ。
セイは今や絶滅寸前とも言われている竜族の中でも特に珍しいとされる小竜族、つまり一般的なドラゴンよりも小柄だが繊細で美しいとされる伝説級の生き物…の、子供。
昔、傷ついたセイがまだ幼かったカイリに拾われて、それからずっと一緒にいるため今ではカイリを背中に乗せて自由に飛び回るほどになったという。
こうしてカイリは早速セイに飛び乗り、ニアによって指示された方角へと飛び出したのだった。
***
「……どうなってんだ?」
暫く飛ぶと、カイリの肉眼でも確認できる位置にやって来た。
しかしそのあまりに妙な光景にカイリは首を傾げる。
なぜならその少女は、溺れているというよりただ本当に浮いてるだけといった感じだったからだ。
身体の半分以上が海に浸かっているため正確な所は不明だが恐らく彼女はまだ5歳や6歳の少女と言ったところ。
漆黒の長い髪が頭の両脇でツインテールにされており、可愛らしい赤いリボンで縛られている。
どこかの船が難破して漂流してきたのだろうか。
…それにしては少女の様子が普通過ぎる。
普通というか…妙だ。
もしかしたら溺れてるのではなく遊んでるんじゃないかと思ったが、それにしてはあんな泳ぎ憎そうな衣服で海に入るなんてやはりおかしい。
解らない。
とにかく解らないことだらけで怪しさ満点ではあったが…このまま船へと引き返せばまず間違いなく『子供を見捨てた人でなし』として自分はニアに軽蔑されるだろう。
「おーい、お嬢ちゃん」
―だから、という訳では無いが。
本当にあの少女が怪しいのであれば、たとえニアに嫌われようともこのまま何も無かったかのように振る舞って船に戻ることの方が自分達のためになる。
しかしカイリにはそうすることが出来なかった。
どうしてか、カイリはその少女を見捨てることが出来なかったのだ。