第十九話:次の目的地
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「ほら、これで目ェ冷やしとけよ」
「…つめたい」
「冷やすんだから当たり前」
星空の下。
セイの首にしがみついていたイズに、俺は水道で冷やして来たタオルを渡してやった。
きっと沢山こすってしまったのだろう、赤くなっていて痛そうだ。
「きもちい」
「そ、良かったな」
「ありがとうカイリ」
「いーえ」
セイの首に引っ付いたまま、イズは子供らしい笑顔で笑った。
律儀で、あまり我が儘も言わないし、大人しくて、全く子供らしくない子供だと思っていたが…やはりイズは子供だった。
母親を恋しく思うこともあるようだし(町でのイズの様子はハレに聞いた)こうやって怖い夢を見て涙を流すことだってある。かと思えば気付いたら無邪気な笑みを浮かべている。
まったく、子供ってのは忙しい生き物だ。
「…あれ、セイ寝ちゃった?」
「寝かしてやんな。こいつよく寝るんだ」
すると、イズを首に乗せたまま器用に体を丸めてセイは眠ってしまった。
カイリはセイの上で降りられなくなってしまったイズの傍へ歩み寄るとその身体を持ちあげて下ろしてやった。
イズは軽かった。
「お前ちっさいな」
「うん、クラスの背の順では3番目だよ。でも学年ではもっと小さい子いるよ」
「(くらす?がくねん?)ふうん…」
イズの言うクラスだとか学年だとか言う概念がいまいち解っていないカイリだったが取り敢えずイズの背が低い方だということは理解したらしい。
下から見上げて来る小さな頭をポンポンと撫でればそのまま再び少女の手を取った。
「さ、そろそろ戻らねえと。ハレの奴に気付かれたら心配されっから」
「ねえカイリ、明日はどこに行くの?」
「明日はどこにも行かねえよ。次の目的地までまだ暫く離れてるみたいだしな。明日はまず丸一日船ん中だ」
「…次の目的地?」
大人しくカイリに手を引かれて寝室へと向かうイズはコテンと首をかしげる。
そういえばまだ何も言っていなかったな、と思い出したカイリは再び口を開けた。
「俺達は今南の海に向かってんの」
「南の海?」
「そ、ある人に会うために。その人は俺の親父の知り合いで、…このドッグタグとをうちに届けてくれた人なんだ」
そう言ってカイリは己の胸元にぶら下がる、セト・セカイの名前が記されたドッグタグを取りだした。
カイリは旅を始めて以来このタグを肌身離さず、いつもネックレスにして持ち歩いているのだ。
「南の楽園、サンジャラ島。それが今の俺達の目的地だ」
そう言ってカイリは南の方角へと視線を向けた。
イズはそんなカイリの視線を追うようにそちらへ顔を向けたが…そこにはただどこまでも続く星空と水平線が広がっているばかりで。
しかし、その海の向こうには確かに…イズも、カイリすらも予想だにしないような数々の出会いや冒険がたくさん待ち受けているのだろう。
「カイリおやすみ」
「次はもっとマシな夢見んだぞ」
「うん!」
しかし寝室に戻り、ベットに潜り込んだイズには当然のことながらそんな先のことなど知る由もなく―今はただノロノロとやってきた睡魔に意識を任せ、この日はこうして静かに眠りに落ちたのであった。