第十八話:眠れない夜
― カイリは困っていた
頭上から聞こえてくる、少女の啜り泣く声に。
***
時を遡ること数時間前。
イズはカイリの作った下手とも上手いとも言えない料理を、ニアお手製の手作り椅子に座って、楽しそうに食べていた。
1人で風呂にも入っていた。
そして、またニアのお下がり服をパジャマにして散々はしゃぎ回った挙げ句に疲れたのだろう、大人しく1つ空席だった二段ベットの上の段へと潜り込んで行った所を俺たち3人は見届けた。
その後、船を近くの岩場に停泊させて俺たちも布団に入ったのはついさっきだ。
反対側の壁際に置かれたベットの下の段にはハレ、上の段にはニアが眠っている。
そして俺の上の段にはイズが眠っていた、はずだった。
「(…それが何でいきなり泣いてるんだよ)」
完全に目が冴えてしまったカイリ。
流石にこのまま知らぬ振りをして目を閉じることなんて出来ず。
仕方なくカイリは身体を起こした。
頭上のイズは恐らくそんな物音に驚いたらしく、ヒッと息を呑んだような音を最後に啜り泣く声が止んだ。
「イズ、どーした」
「…ひっく」
「寝らんないの?」
「…かい、り」
「なに?」
カイリはベットから降りると上の段へと上がる梯子に足をかけて。
そして上を覗いてみれば…イズは小さな身体を更に小さく丸めて布団にくるまっていた。
「セイが食べられちゃった」
「は?」
「セイがね、おっきい魚に食べられちゃったの…私助けたかったのにね、泳げなくて助けられなくて…」
「ちょ、待て待て。」
カイリは理解した。
どうやらイズは夢を見たらしい。
「セイは大丈夫だよアイツ強えから」
「でも凄いおっきい魚だった…」
「それはただの夢。セイみたいな竜を食っちまう魚なんていねえから」
「でも、でもセイが…ひっく」
「……はあ。」
ずび、と鼻を鳴らすイズ。
いくら説得しようと恐らく彼女は納得しないだろう。
カイリは仕方なく、未だ肩を震わせるイズの身体をよっと抱き上げてベットの下に下ろした。
「カイリ?」
「どうせ寝らんないだろ?セイの所に行こう」
赤く充血した目を、不思議そうに見上げてくるイズの頭を撫でた。
ついでに目元も冷やしてやらないとな、なんて思いながらカイリはイズの手を取って寝室を出た。
「セイいるの?」
「いるよ、アイツ夜はいつもそこで寝てるんだ。見張りも兼ねて」
イズの手を引いて甲板の方へ出て行くと。
ちょうど此方の気配に気付いたらしいセイがむくりと顔を上げて視線をカイリ達の方に向けた。
セイはこう言った気配に敏感なので例え眠っていても何かあればすぐに目を覚ます。
お陰でこの先の見えない長旅の中でもカイリ達は安心して夜は眠ることが出来ているのだった。
「セイ!」
イズはセイの無事を確認して安心したのか、嬉しそうに駆け寄っていた。
セイは眠いのだろうか、いつもよりトロンとした目つきだったがイズを邪険にする様子もなく。
首の辺りに手を巻き付けるようにして抱擁するイズを大人しく受け入れたのだった。