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ツン君に飼われた僕  作者: 枯枝 葉
第一章 洒涙雨
2/19

2 散歩

A、のの君

 四月一日、金曜日。昨日の酒が、まだ残っている。好天なるも、肌寒い……なんてなことを言いながら、今日から何をする? 何を? キョウちゃんにどんなことがあるかのヒントでも聞いてみようかなっ? ……て思ったら、……もう居なかった。

 今は、朝の九時。キョウちゃんは、すでに出勤済みだ。僕は……今から、起床。まあ、これが退職後の生活ってもんだね……ハハハ……でも、何だかなぁ……。


 よし! まずは、朝の散歩を日課にしてみよう!

 

 そうと決まれば、先ずはキョウちゃんが用意してくれている朝食だ。以前から、朝食はベーコンエッグにトースト、レタスに牛乳と決まっている。テーブルにつくと、なんだかいつもとは違う違和感。いつもだと、さっさと食べて。仕事に遅れちゃうよ……というキョウちゃんの声が、頭の上を駆けていくのに、今日はしない。

 

 ん? これは?

 朝食プレートの横に走り書きのメモがあった。


 のの君、長い間、お疲れ様でした。

 今日からは、今まで出来なかったことへ

 その時間を使って下さいね。

 私に頼っちゃダメだよ……笑


 やばい。キョウちゃんには完全に見透かされている! 

 朝食を済ませて、早速、運動のできるグレーのジャージに着替えた。このジャージは、職場の皆んなが退職の記念にとプレゼントしてくれたものだった。着替えが終わりふとハンガーを見ると、ネクタイと背広が僕を見ている。長年、僕と共に働いてくれた仲間だ。背広の袖口や襟付近に年齢を感じる。ネクタイは、結び目辺りに皺が……。まるで疲れ切った今の僕のようだ……。

 キョウちゃんが出かける時によく見ている姿見で、ジャージ姿の僕を見てみた。そこには定年を迎えた還暦の爺さんが見つめ返していた。そうか、僕はもうこんなに歳を重ねていたんだ……思わず目を逸らしてしまった。

 

 玄関を出ると、春の日差しが眩しく降り注いできた。玄関の壁に伸ばした手の平を当ててグッと伸ばし、同時にアキレスを伸ばした。ポキッという足首の音に、思わず微笑んだ。

 コースは、二キロを三十分で戻れる程度で計画してみよう……二キロ程というと、家を出てから南側の橋を渡り、土手を歩いて北側の橋を渡って戻ってくるぐらいだろう。よし、退職後初の散歩に出発だ。

 

 ……土手に植えられている桜の樹をこんなにゆっくりと鑑賞したのは、今回が初めてかもしれない。穏やかな春の青空に、開花している桜の樹。暖かい春風が、枝の間を通り抜けていく。その風に翻弄されながら、細い枝や繊細な花びらが、まるで踊りを楽しんでいるかのように揺れている。


 夕刻、キョウちゃんが帰ってきた。

「……キョウちゃん、おかえり」

「ただいま……お腹、空いてない? のの君は、今日、何してたの?」

「うん……今日はね、散歩に出かけた。桜が綺麗だったよ。ゆっくり眺めるのって、いつぶりだろう……」

「……それは良かったね。で、写真を撮ったの?」

「……あっ、忘れてた……」

「やっぱりね……」

 仕事から解放された軽い笑いが、部屋の中に響いた……。

 のの君は、キョウちゃんとの軽い会話に心がホッと緩むのを感じていた。

 

B、ノラ

 わかってるとは思うが、俺たちにとって、毎日が生きるか死ぬかの戦いだ。運動のための散歩をするのかって? ふざけちゃいけないよ。俺たちにゃん族は、交通事故に遭遇したり他の野良と喧嘩したり、時には人間に追っかけられたり物を投げつけられたり……しかもな、怪我やウィルス感染してもな、病院にも行けやしないんだ。毎日が過酷な連続で、俺の知り合い野良も苦しみながら随分と早死にをしちまったよ……。

 おっと、今日は花時雨じゃないか……。雨に舞う桜の花弁も美しいもんだなぁ〜。

 あ〜あ、眠くなった……。じゃあな……。


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