ある廃れた商店街と水槽の金魚。
あれは中学三年生の頃。父の車に乗せられ、受験する高校の下見に連れて行ってもらった帰り道での出来事だった。
場所はよく覚えていないのだが、確か国道二号線よりも南側の、舟入本町か住吉町の吉島通りか、その辺りだったように思う。
その頃の私は、勉強も人間関係も何もかも上手く行っておらず、また、好きだった絵でさえも全くといっていいほど描く気力が湧かず、ただ漠然とした不安と焦燥感を抱えながら無気力に息をしていた。
車窓から見える地元のこの風景も、時折父が話す幼少期の思い出も、全てがどうでもよいことのように感じていた。
そんな荒みきった感情を持て余したまま、ぼんやりと電柱の数を数えていると、いつの間にか辺りは件の商店街の中だった。
通りには人が一人も歩いていなく、店も開いているのか閉じているのかはっきりしない。
白や桃色のあられのような飾りが至るところに飾ってあるのが妙に印象的で、ただその時は気にも止めなかった。
やがて車が止まり、それまでゆるゆると後ろに流れていた風景がピタリと止んだ。
信号に捕まったわけでも、目的地に着いたわけでもなかったが、父が車を止めたことに不思議と疑問は沸かなかった。
静かに何かを待っている内に、シャッターが降りた店の前の、動かない三色のサインポールが視界に入り、次にその脇に置かれた縦に長い、円柱の水槽が目に飛び込んだ。
——そこには、一匹の黒い出目金が泳いでいた。
時が止まったような廃れた商店街の中で、膨れた目玉を左右に振り、ただ一匹ゆらゆら泳ぐ姿はあまりにも異質で、すっかり私は釘付けになってしまった。
やがてエンジン音が聞こえ、再び車が発進した。
気付けば白と桃色の商店街を抜けており、またいつもの見慣れた地元の光景が車窓から流れて行った。
——あれから、ふとその時の商店街を思い出しては、もう一度訪れようと思い立ち、その度に自転車を走らせた。
けれど、どれだけ町の中を探しても、父から当時の話を聞き出そうとしても手掛かりは一切得られず、ついに件の商店街を見つけることはできなかった。
大人になった今となっては、別の場所と勘違いしているのかもしれないし、記憶が混同して頭の中で作り出されただけなのかもしれない。
けれども私は、時々あの白と桃色の商店街のことを思い出しては、あれは子供の時にだけ見える場所だったのかもしれない、と思うのだ。