【短編版】婚約破棄は幸せの始まりでした~エルフの里からきた無自覚な王太子に溺愛されて困っています。おまけに彼はわたくしの担任で授業に全く集中できません~
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「そんな、あんまりですわ!」
宮廷に響き渡る怒号。わたくし、アリアナ・バローチェは王太子妃になれるはずだった。しかし、それは叶わなかったのだ。何故なら――
「なんでロザリーが選ばれるのよ!?」
そう、わたくしを昔からいじめていた同い年のロザリーが王太子妃に選ばれたからです。
「ええい! 黙れっ!! この事はもう決まった事なのだ。お前がどう喚こうとも覆る事はない」
わたくしの叫び声を遮るように怒鳴る父上。その顔には怒りがありありと浮かんでいる。
「それに、これは国王様からの直々の御命令だぞ?」
そして、追い打ちをかけるように言う父上の言葉を聞いて、わたくしは理解した。
ああ、やはりそういう事でしたか……
「……わかりました」
わたくしは俯きながら小さく呟く。すると、先程までの怒りの形相をしていた父上は満足そうな表情へと変わった。
「おお、わかってくれたか……」
「はい、よく分かりましたわ。私がいままでどれだけ努力してきたかを、父上は全く分かっていないことを……」
「いや、そんなことは一言も、あ、あれ……? おーい、もしもーし? 聞いてますか~?」
何か言っているようだけど気にしない。今はただ、自分の気持ちに素直になるだけだ。
「そうと決まれば早速準備をしなくてはなりませんわね! さようなら、わたくしの父上!」
そう言って部屋を出て行くわたくし。後ろで父上の慌てる声が聞こえるけど無視だ、無視! こうして、わたくしは家出の準備を始めた。
それから三年後―――
「ふぅ、やっと着きましたわね」
わたくしは今、王都にある王立魔法学園の前に立っていた。この学園では様々な分野の優秀な人材が集まる場所であり、ここを卒業した者は将来有望と言われている。また、ここを卒業するだけで就職にも有利になると噂されている為、毎年多くの入学希望者がいるらしい。その為、入学試験も非常に難しくなっているそうだ。
しかし、自信はあった。何故なら、この三年間ひたすら魔法の勉強に明け暮れていたからだ。しかも、それだけではない。礼儀作法についても猛勉強をした……といっても、これに関しては王太子妃になるためにしてきたことを学び直しただけなのですけど。
「深呼吸、深呼吸……」
番号が貼りだされる。大丈夫、筆記も面接も完璧。筆記だって三年も勉強してきたし、ましてや面接なんて王太子に会うための礼儀作法を練習してきた私にとって満点が当たり前ですわ。
136、136、136 唱えるように自分の番号を探し出す。
合格者番号 ……128 132 138 143 151 164 167
「……うそ」
信じられない。何故こんな結果になってしまったのか。
試験問題も難しいものではなかったはず、なのに……なんで……
「だから、君は僕に選ばれなかったんだよ」
コツン とわざとらしく音を立てながら誰かが近寄ってきた。遠目では分からなかったけど、近づいてきて分かった。知っている人物だ。
「やぁ、久しぶりだねアリアナ」
私の目の前にいたのはこの国の次期国王となる男、アレクサンドラ・エルドレッド殿下だった。わたくしの……夫になるはずだった男。
「どうして、あなたがここに?」
「どうしてって? そりゃあアカデミーは僕の管轄だからね。優秀な人材をこの目で直に見たいだろ?」
不敵な笑みを浮かべる。どうやら、私に嫌味を言いに来たようだ。
「私は落ちました。優秀ではありません。なのでどこか行ってください」
彼が望むままの対応をする。これ以上傷を広げられるのはごめんだ。
「おやおや、もしかして婚約破棄したの怒ってる? だったら申し訳ないなぁ~どうしてあげよっかなぁ~」
私の耳元に彼の顔がくる。急に近寄ってきたもんだから体が硬直してかわすことができなかった。
(特別に入学させてあげよっか? もちろん裏口だけど)
は? そんな相談乗るわけないでしょ? 気持ち悪すぎて寒気がするんですけど。
「ま、ロザリーであればこんな手を使わずに学園に入学できるはz……」
パン と乾いた音がした。彼の顔が横を向き、私の手がかすかに赤くなる。
「どこまで私を馬鹿にすれば気が済む気? いい加減にしなさいよ、あんた」
彼は一瞬ものすごい形相で私を睨んできたが、すぐにへらへらした顔に戻った。そして、気が向いたらいつでもおいで、ベットの上ででもよければ話を聞こう、とだけ言い残し去っていった。
「はっ、何よあいつ……」
悔しくて涙が出そうになる。でも、ここで泣いたりしたらそれこそ奴の思う壺だ。
「絶対に見返してやるわ……」
猛烈に腹が立った。それこそ婚約破棄された時以上だ。なにより今回は彼に対してもそうだが、自分自身に対しても腹がたった。プライドのない女だと思われていたことが悔しくて我慢ならなかったのだ。
地面を踏んづけながら帰った。はやく借家に帰って寝て、今日のことはなにもかも忘れ去ろう。そう考えた。
「へぇ、面白そうな子がいるじゃん」
声がした。一瞬、振り返ったが誰もいない。
「とうとう幻聴まで聞こえてきた。はやく寝ないと……」
私は足を速めた。背後の物陰から現れる人影に全く気付くことなく。
***
「やぁ、合格おめでとう」
朝日で目覚めることなく、私は彼の声で起こされる。昨日聞いた声と同じだ。
「はい、これ合格通知書。ぎゃふんといわせてやれ、あんなやつ」
渡された封筒には確かに私が入学することが書かれていた。が、そんなことはひとまず置いといて……だ。
「だ、だ、だ、だ誰ですか、あなた!? 私の部屋に勝手に入ってきて! 泥棒ですか? 何も盗むものなんてありませんよ!?」
「いやいや、とりあえず落ち着きたまえ君。ん~っとそうだな、説明してもいいんだけどとりあえず……」
彼の目線が下に落ち、私の胸元の所まで寄ってくる。
「とりあえず、着替えよっか……なんていうかその、目のやり場に困るし……」
私の寝相はすこぶる悪い。寝る前と寝た後で頭の位置が逆になっていることなんてざらだ。
くわえて寝巻はいつもルーズなものと決めている。だって寝る時まで体を締め付けたくないじゃん。てことはつまり、今の私の状況は……
「このっ、変態変態へんた……ど変態っっ!!」
出てけ~! と盛大に叫びながら追い出す。彼も素直に従い、いったん避難。まったく、とんでもない野郎ですわ。でも……
(けっこう、かっこよかったわね……)
とんでもない野郎だったけど、目が冴えた状態で見たから間違いない。美男子だった。それも一目見ただけで分かるほど。
端正でありながらも男性らしい雰囲気が漂っている顔。額に広がる髪は、艶やかで繊細な光沢を放つ銀。瞳は、透明感溢れる深い青色。整った輪郭線は繊細ながらも力強さを秘め、肌は透明感がありながらも健康的な輝きを放っている。
(あんな魅力的な男性がいたら、普通の女性はイチコロよね。ま、私にとっては第一印象、最悪ですけど)
すぐさま着替え、ドアを開けようとしたが一瞬考える。このまま兵士に突き出した方がよいのでは? ん~どうしよう。
(でも、この合格書は気になるし……まぁ、いざとなったら魔法ぶっ放せばなんとかなるでしょう。よし、決めた。そうしよう)
自由を求めて始めた一人暮らし。部屋の中に閉じこもったってしょうがない。私は自分が思っている以上に、行動力のある女性になっていた。
「あの~、もう入っても大丈夫ですよ~?」
恐る恐るという感じで入ってくる彼。どうやらさっきの出来事を気にしているらしい。まぁ、堂々と入ってきたらぶん殴るところだったけど。
「で、結局あなたは何者なんです? 不法侵入罪で訴えますよ」
「うーん、それはちょっと答えられないなぁ。あと、不法侵入罪ってなに?」
「は? 知らないの?」
「知らない。だって僕、ずっと森の中いたし」
あっけらかんとした表情を浮かべる。どうやら嘘はついていないみたいだ。だが森はさすがに誇張しているはずだし、それくらい田舎から来た人間ってことでいいのかしら? ま、それはそうと……
「この合格通知書って本物? だとして、なぜ私に?」
「本物だよ。君に渡したら面白そうだし、渡しただけ。いらなかったら捨ててもいいよ。僕にはいらないものだし」
ますます意味が分からない。王立魔法学園の入学なんて王国の誰もがうらやむエリート街道なのよ? それがいらない? いったいこの男の頭の中どうなってるのかしら。
「でも私が入ったところで弾かれるわよ。だって私とあなた……まったく似てないし」
「それもまったく問題ないよ。嘘だと思ったら学園に入学してみればいい」
「え? それってどういう……」
「あ、そろそろ時間だ。じゃ、また今度会おうね。アリアナちゃん」
そういうと彼は消えた。まるで初めからいなかったかのように。
「何なのよあいつ……」
呆然とするしかなかった。最初から最後まですべてが私の予想の範疇を超えていた。あぁ、私きっと疲れているんだわ。もう一回寝よ。
私は横になり、合格通知書を眺める。さて、どうしたものか。今日中に結論を出さなくては。
***
「王立魔法学園ってこんなに広いのね」
目の前に広がっているのは王都の街並みとは少し違う、いうなれば学生街。学園内でも生活に困らないほどの施設があり、この王国がいかに教育に力を入れているかが一目でわかる。あのクソ野郎がトップってのは納得いかないが……
「わ、メダマトビデハダカデブネズミのぬいぐるみだ!」
王立魔法学園のマスコットキャラクター、メダマトビデハダカデブネズミ。大きな目とお腹、その両方が飛び出たユニークな姿のネズミだ。公式によると、陽気で親しみやすく、お腹を撫でられるのが大好きなんだとか。
「三つください!」
「げ、あいつ三つも買うのかよ」「あれのどこがかわいいんだ? 女子の考えることは全く分からん……」
取り巻きの声なんて無視だ無視。だって、昔から欲しいと思っていたんだもん。母からキモイと言われ、いままで買うに買うことができなかった品物なんだもん。まぁ確かに発表された当時は物議をかもし、女の子の間ではキモイ派とキモカワイイ派の二つに分かれ、いまでもその火種がくすぶっているとか言われているらしいから、そういった意見も全否定はできないけど。私は猛烈にカワイイと思っている。間違いない。
「それにしても、本当に入学できるとは……あいつ、一体なにもの?」
初めて見る景色に感動を覚えるが、それ以上に驚きが隠せない。もちろん合格通知書の件についてだ。
あれから一晩考えたが、結局学園に通ってみることにした。もちろんダメもとで。だが、私の予想は大きく外れた。職員に学生証を見せてもスルーされ、魔導書検問もあっさりと潜り抜け、ついには授業にまで出席できた。こんなざるな警備でいいのかしら、この学園。
一瞬、正規のルートで入ってきた生徒に申し訳なく感じたが、私も私であのクソ王太子に一発やりかえさないと気が済まなかった。せめてあの野郎にぎゃふんといわせてから退学してやる。そんな意気込みだ。関係のない一般生徒のみなさん、私情に付き合わせてしまい、大変申し訳ございません。
「やぁ、楽しんでる?」
聞き覚えのある声。振り返ると、そこには昨日の美男子が立っていた。
「あ、あなたは……」「久しぶり、アリアナちゃん。会いに来たよ」
そう言ってにっこりとほほ笑む彼。うーん、やっぱりイケメン。でも、なんかムカツク。
「ねぇ、ちょっと聞いていいかしら?」
「うん、なんでもどうぞ」
「あなたって何者?」
「僕はただの学生だよ。今はね」
「私があなたの合格通知書持っているのに、どうしてここに出入りできるの?」
「ん~まだ言えない」
「……はい?」
「そんなことはどうでもいいじゃん! さ、授業受けに行こ?」
「ちょ、私はもう授業受け終わったって、あの、聞いてる!?」
「さぁさぁレッツゴー!」
強引に連れていかれる。もうこうなったらヤケよ。やってやんよ。どうにでもなれってんだ。
***
「え~であるからして、君たちはこの王国のエリートとしての責務を……ってあれ? お、アリアナじゃん? 俺の元婚約者」
美男子に手を引かれてときめいた気持ちはある。調子に乗って学園に乗り込んでしまった自分も悪い。もっともっと慎重に行動しておくべきだった。そうすれば、こんなこと起こらなかったのに……
私、というより彼が開けたその扉の向こうでは最高学年の入学式が取り行われている最中だった。そして祝辞を述べている彼こそ、
「どうしたの? こんな所にきて、負け犬ちゃん」
私がいま最もむかついている相手、アレクサンドラ・エルドレッド殿下だった。
皆の目線が私に集中する。想像してみてほしい。大聖堂に集う、延べ三百人ほどの先輩たち一斉に睨まれることを。
「おや、まだ裏口入学の手続きはしていないのだが? それともお父様に泣きついて、学園生徒一日体験ツアー中でしょうか?」
「裏口入学? そんな制度あったのか? 」「いやいや、ありえねぇよ。最高学府なのにそんなこと認められるわけねぇだろ」「だよな、もしそんなこと起きたら大問題だよな」
会場がざわつく。すべての目線が私に集まる。アレクサンドラ殿下がコツコツ音を立てて歩み寄ってくる。
「なんとかいったらどうなんだ、元勝ち組」
途端、笑い声が大聖堂に響き渡る。周りの生徒も口を開けて呆然とするほど、アレクサンドラ殿下はただただ笑い転げていた。
「あなたに用なんかないわ。ただ私は、連れに誘われてきただけよ」
「連れ? 面白いことを言うなぁ、その連れってのはどこにいるんだい?」
「いや、私のすぐ隣に……」
「誰もいねぇぞ、お前の隣」
「え……?」
横を見る。確かに銀髪の美男子はそこにいた。彼は言葉を発することなく手を振っている。
「本当に見えていないの?」
「だから見えてねぇてよ。冗談もここまでくると呆れを通り越して笑えてくるな」
「ねぇ、みんなはどうなの?」
周りを見渡した。全員が首を横に振る。どうなっているの? 私にしか見えない? 幻覚? それとも……
いや、違う。これは現実だ。なら、なぜ? どうして? 疑問が頭の中を駆け巡る。
だが、いま考えるべきなのはそれじゃない。いま考えるべきことは、 どうやってこの場を切り抜けるかだ。
私は必死に頭をフル回転させる。だが、何も思い浮かばない。まずい、非常にまずい。
「みなさぁ~ん、今からご説明しますねぇ。今私の目の前に立っているのは、無能なばっかりに俺の婚約者候補から外され、挙句の果てには体を売ってまでこの最高学府である王立魔法学園に入学しようとした薄汚い娼婦でぇす! エリートのみなさんは、こうならないように気を付けてくださいねぇ~!」
周りが静まり返る。みんなが目と目を合わせてどうすればいいのか思考しあう。
「ちょ、私はそんなこと一言も……!」
「この学園では俺だけが真実だ、今からそれを証明してやる」
彼はそれだけ言い残すと、聴衆に目線を合わせた。
「おい、笑え。てめぇら、俺に逆らう気か?」
……ハ、ハハ、ハハハハハ! 笑い声が聞こえた。一つ、二つ、三つ四つ五つ。どんどん増えていく。
私が馬鹿だった。こんな所にこなければよかった。少し考えればわかるはずだ。
この学園は、アレクサンドラ殿下の支配下にある。だから、生徒も教師も逆らうことができない。彼の命令に従うしかない。それが、この学園のルールなのだ。そんな場所で、どうして彼に嫌われた私の居場所があろうか。
「いいぞいいそ、もっと笑え! あと罵れ! 魔法勉強のストレス、こいつにぶつけることを俺が、この学園長が許可してやる!」
一人、おびえていた生徒がいた。一番奥の右隅に座っているメガネをかけた華奢な男子生徒だ。
彼はすぐさまこの会場を後にするべく、扉を開けようとする。
「おいてめぇ、どこにいくつもりだ」
魔法によってアレクサンドラ殿下の元に引き付けられ、彼は首根っこをつかまれる。
最高学年の象徴である黒色のハットが、ぽつりと下に落ちた。
「誰が退席していいっていった、あぁ?」
彼の顔はくしゃくしゃに曲がり、すすり泣いていた。
「ちょっとあなた、離しなさいよ!」
「気安く俺に触るな、ウスノロがぁ!!」
ドン というすさまじい音とともに、後方に倒れる。臀部の痛みはひどかったが、そんなのが気にならないほどここの空気はもっと最悪だった。
「お前らも退学になりたくねぇだろ!? だったら叫べ、「このゴミ女」ってなぁ!!」
「「……ゴ、ゴゴ、ゴミ女! ゴミ女! ゴミ女!」」
「あ~はっはっはぁ~! いいねぇ、楽しいねぇ!! 捨てた女を二度踏みするのさいっこうだぜ!!」
狂ってる。捨てられて悔しかったが、今はちっともそうは思わない。捨てられた方がまだましだったと心の底から思える。
「消え失せろ、アリアナ! お前はこんなところにいちゃいけねぇんだよ!!」
私は逃げようとした。だが、足に力が入らない。恐怖と屈辱と悲しみで腰が抜けてしまったのだ。
涙が溢れた。今までにない大粒の涙だ。一つ、二つ、地面を濡らし、奈落に吸い込まれる。これが私の人生なの? 今まで頑張ってきた結果がこれなの? どうして私だけ? どうして……
嗚咽が止まらない。聴衆にさらされ、ストレスのはけ口にされている今の現状に吐き気が治まらない。
あぁ、そうか、私。もうダメなんだ。もういっそのこと、このまま……
「そんなことはないぞ」
風が吹いた。強烈な風だ。首根っこを掴まれていた彼の周りを旋回し、アレクサンドラ殿下の指を一本一本外し、地面にふわりと足がつく。
「今までよく頑張った、あとは任せろ」
銀髪の、謎の美男子が私に語り掛ける。周りの生徒が皆驚く。どうやら、彼の姿がみんなにも見えるようになったらしい。
「とんだクソ野郎のままで安心したぜ。これでお前を思う存分、おもいっきりぶん殴れる」
アレクサンドラ殿下の顔がみるみる青ざめた。
「──久しぶりだな、我が弟よ」
***
「お前、なんでここに!?」
「愚問だな、お前が森に結界張って閉じ込めたんだろ? そこから出てきたってそれだけの話さ」
彼との会話の点と点がつながる。森から出てないというのはそのまんまの意味で、田舎にいたという比喩表現ではなかった。
不法侵入罪を知らなかったのも、現世とは隔離された生活を送っていた……と考えれば合点がいく。
「改心していれば、お咎めなしで終わろうと思っていたんだが、どうやらそういうわけにはいかなさそうだな」
「はっ……ははっ…お前に、森に囚われた世間知らずに何ができる!!」
殿下は魔法を放った。それもひと際強烈な。さきほどの男子生徒を持ち上げた時の比ではない。
「どうだ、お前にこれができるか!? 外の世界を知らないお前に、こんなことができるのか!?」
パイプオルガン。楽器全体で七十トンはあろうその楽器を、彼は魔法で軽々持ち上げた。
「これで頭ぶつけたくなければいますぐ降参しな! バカ兄貴!!」
「ふっ、くだらん」
「なに!?」
パイプオルガンは元の場所に戻された。風を纏い、ゆっくりと地面に着地したのだ。
ドン という激しい音がなった。と同時に、会場全体が一気に傾く。
「なんだ、なんだ、なんだ!? 何が起こっている!?」
「会場全体を持ち上げた。ただそれだけのことだ」
天井がはがれる。会場全体が持ち上がり、太陽にどんどん近づいていく。
「結界を解くのは大変だったよ。でも幸い、お前が放置してくれた森にエルフがいてさ。修行に付き合ってくれたんだ。おかげさまで、魔法は人の何千倍も上手く使えるようになったよ。偽造学生証も、偽造魔導書も、そして偽造合格通知書も。俺にとっちゃ容易いもんだった。それにお前ら魔法の適正なさすぎて、俺がマナ濃くしないと視認できないし。何もしなくても視認できたアリアナちゃんの方がよっぽど魔法の才能あるよ。そこから推察したんだけどさ、お前、権力使ってアリアナちゃんわざと不合格にしただろ」
「そんなことはない、断じてそんなことはしていない!」
「今、嘘ついたね。嘘ついているかどうかなんて、マナの微量な変化を見ればすぐわかる。やっぱりお前、王太子向いてないよ」
会場がぐんぐん上がっていく。雲を突き抜け、学園の時計台が豆粒のようになっていく。
「なんの権利があってそんなこと! どこにそんな正当性が!!」
「俺が本当の長男だよ。長男が王太子を継ぐことのどこがおかしいわけ?」
聖堂全体が一旦停止する。もちろん空の上で。この王国で最も高い山、サフラ山(標高六千八百四十二メートル)よりも高い位置で。
「こんな横暴許されるわけねぇよな! お前ら、な!」
学園長が騒ぐが誰一人耳を貸さない。辺りを見渡せばすぐにその理由が分かる。
銀髪の謎の美男子は急上昇の負荷に耐えられるように生徒全員に風魔法を付与し、アーマーを着せていた。言うだけ言って何もせず、ただ辛く当たるだけの殿下と違い、優しく接し、なおかつ行動までも伴っている彼とでは生徒に対する対応の仕方が全くといっていいほど違っていたのだ。みながどちらに味方するかは……いうまでもなかった。
「うわぁぁあ、落ちるっ、落ちるぅぅうぅ!!」
この空間を転げまわっているのは学園長一人で、残りの生徒は皆席から一歩も動いていない。もちろん呼吸も安定している。それは席についていない私だって例外ではなかった。
「ありえない……」
私たちは生きている。おおよそ人類が生きることのできない、雲の上という劣悪な環境下を、彼の魔法たった一つで。努力の賜物だろうか。それとも、ただ単に天才なのだろうか。いずれにせよ、それだけ圧倒的魔力量は、この王国の王太子にふさわしい素質だ。
「王太子権限で、アレクサンドラ・エルドレッドを学園長の任から外す。ざまぁ見やがれ」
「ふざけるな、俺はそんなこと認めないぞ!」
「じゃあ、落ちろ」
大聖堂を包んでいた風魔法が一気に消え去る。と同時に、落下が始まった。
私たちの周りにはより一層強い風魔法が身を包み込み、体を確認しても至ってなんともない。まるで落下を疑似体験している。そんな他人事のような気がしてならない、不思議な感覚に襲われていた。
「うわぁぁ!!」
当然、嘘の出来事だとは思っていない。これが夢の出来事だなんて、彼の死に物狂いで抵抗する表情を見て誰が思えようか。
「謝ったら許してやる、五秒以内だ」
五、四、三、二……地面に衝突するまであと……一。
「分かった、俺の負けだ! すべて俺が悪い! だから許してくれ、兄貴!!」
彼はついに膝を折った。もうこれ以上抗えないことを悟って、白旗を上げた。
「……解除」
会場は元の位置に静かに戻った。まるで最初から動いていなかったように。さも当たり前のようにそこに。
「あの……あなたは一体?」
「僕? 僕はね……クロヌス・エルドレッド。この王国の真の王太子だ」
会場は歓声に包まれた。主役はすでに交代していたのだ。鳴りやまんとする拍手は彼の王者としての風格を学園内にとどろかせた。
「君のおかげだよ、アリアナ・ヴァローチェ」
「私の……ですか」
「君があの時、愚弟の頬をひっぱたいたから決心できたんだ。この王国はまだ変われる……とね」
私は首を横に振った。
「いいえ、私はなにも……」
「そんなことはないさ。僕はこう考えている。結局のところ、王様がどれだけ国を動かそうと、国民が呼応しなければ国は変わらないとね。だからやる気のない国民しかいなければ、僕は違う国に行く予定だった。でも違った。僕はこの目ではっきりと見たんだ。既得権益者に屈せず、この国を救おうと奮闘している国民がまだいることを。君が勇気をもって行動したからこそ、僕は最後の一歩を踏み出すことができた。この国はまだ捨てたものじゃない。そう心の底から思えることができたんだ。だからありがとう。アリアナ」
「殿下……」
そこまで考えていたなんて。やはり彼には人の上に立つ素質がある。
彼が王国にきて、本当に良かった。これでこの王国もしばらく安泰だ。
「それはそうと、アリアナ。前からずっと思っていたんだけどさ」
「はい、なんでしょう……かっ!?」
殿下は私の手を引いて、自分の胸の中に閉じ込めた。
「ちょっ、殿下!? 何を!?」
「君、かわいいね」
「はい!?」
「だ・か・ら。もうちょっと僕に甘えてもいいんだよって話」
クロヌス殿下の繊細で細い指が首を伝り、顎まで到達する。唇が親指で押さえられ、横を向くことができない。
「だから……ね?」
「え、ちょっとまっ……」
心臓が早鐘を打つ。今まで抱いた恋の感情がまるで嘘っぱちだったかのごとく小さなものだったと痛感する。
彼の甘くとろけきった瞳が私の顔に近づく。異性の顔を見て、こんなにもドキドキするのは初めてだった。やばいやばいやばいやばい! あ、あああぁああぁ奪わ……
「水魔法!」
「ぶふぉあっ!」
私と殿下の間に水が出現した。それはどんどん勢いを増していき、ついには彼を弾き飛ばした。
「ゲホゲホゲホッ。アリアナお前、水魔法の使い手だったのか」
「っっ~~もうっ!! 殿下!! ちょっとは距離感というのを考えてくださいまし!!」
「エルフの里ではこれくらいの感情表現、当たり前だったぞ!?」
「『エルフの里』ではでしょ! ここは人間が住む王国です!! そういうことは、ちゃんと順を追ってからにしてください!!」
「順? なんだよ順を追うって? 具体的に何から始めればいいんだ!?」
「いやそれはその……、あぁもう!? とにかく殿下は人間の世界を知らなさすぎです! まずはそういった情報から身に着けてください!」
「分かった。じゃあ僕が人間の世界に順応でき次第、婚約ってことでいいのね?」
「こ、婚約!? そんな先の話っ……」
「嫌なの?」
「嫌……と断言できるほど嫌ではない……というわけでもない……わけでもない」
「そんな多重否定、エルフの里ではなかったぞ」
「人間の世界ではあるんですぅ~~!!」
私が恥ずかしさのあまり叫ぶと、クロヌス殿下は大声で笑った。
「あはははははははははははは!!!!」
「もうっ、笑い事ではありませんよ!」
それでもクロヌス殿下は笑うのをやめない。私も次第につられて、一緒に笑ってしまっていた。
「あははははは!!!」
この笑顔を見ていると、なんだか私も嬉しくなってくる。悪い人ではないという直感は、しっかり当たっていた。
「それじゃあアリアナ、こうしよう。まず、君はこの学園に通う」
「あの……私、不合格者なんですが……」
「君は本当は受かっているんだよ! 弟が点数ちょろまかしたのは僕が確信している。どうせ、あいつのことだ。他にもたくさんやらかしているだろうし、調査し糾弾すればもっとたくさん矛盾点が出てくる。そこを突くのはそんなに難しいことじゃない」
「でも、殿下の力を借りて学園に入学すること自体に抵抗があるのですが……」
「君の正当な権利なんだよ! あぁもう! とにかく、君は本当に受かっていれば学園に通うこと! いいね!?」
「……分かりました」
「よし、約束だ! 破ったら……そうだね、こんどこそキスを……」
「破りませんよ、絶対破りません!!」
「はははっ」
「もうっ、殿下ぁ……」
私は呆れてため息をつく。だんだん私への扱いになれてきてない? エルフの里にいた世間知らずのくせに。
「そして僕が君のクラスの担任になる」
「へ?」
一瞬、思考が止まった。なに? 私が生徒で殿下が……先生?
「君が僕に人間界の常識を教えて、僕が君に魔法の使い方を教える。これってすごくいいアイデアじゃない!?」
いやいや、確かにあなたにとってはいいアイデアなんでしょうけど!
教師と生徒の恋愛関係はこの世界ではタブーですの!!
「いや、あのその、殿下それは……」
「ん? なに? なにか問題でも?」
「人間界ではその……そういったのは……」
「なんか問題あるの? エルフの里では当たり前だったけど」
あ、そっか。この人に人間界の常識通用しなかったんだ。
「君が生徒で僕が先生。あと、君は僕の婚約者。これ決定事項」
あれ、なんか急に話進んでない? 私の頭が真っ白になっている間に、なんか、どんどんおかしな方向に話進んでない!?
「先生と生徒がそういった関係になるのは、ちょっと……」
「なんで? 君に好かれるよう精一杯頑張るよ? それでもダメな理由があるの?」
えぇと、ここはまず人間界の常識をこの男に教えてさしあげなくては。えぇと、それは。
「世間一般的には、生徒と先生がそういった関係になるのをその……禁断の……」
「禁断の……なに?」
「……やっぱ、何でもないです」
言えるわけない。恥ずかしくて言えるわけないでしょうが!!
顔の赤らみは最高潮に達する。下を向いた。クロヌス殿下が心配そうに私の顔を見つめる。目と目が合った。私が必死に視線を逸らそうとしたが、逃がしてくれない。俺だけを見ろ、そう言いたげな顔だ。
さっきから心臓の音がうるさい。胸やけだってする。なんなのこれ。私、どうなっちゃったの? これから学園に通うたびにこの溢れ出る感情を抑えなきゃいけないの? え、まって。無理なんですけど。
「まぁ、いいや。じゃあね、アリアナ。明日のホームルームで会おうね」
私の反応に満足したのか、彼はふっと満足げに笑うとそっぽを向いた。そしてクロヌス殿下は地面に転がっている元学園長を風魔法で浮かし、襟首を掴む。
「ぐぇ」
「学園長、というか弟。後でたっぷりと話聞かせてもらうからな」
「ひぃっ」
元学園長は空中をふわふわと漂いながら連行された。門まで見送る生徒は後をたたない。
手を振って感謝を伝える者。クロヌス殿下、万歳!と叫ぶ者。私の担任になって~!と黄色い声援で叫ぶ者。最後の人、私が変わってあげるわよ!?
クロヌス殿下は門をくぐり終えると、後ろを向いた。みなの声援に合わせて手を振っている。だけど私は気づいていた。彼の口元が動いていることに。
「行っちゃったなぁ~」「だなぁ~」
綺麗な夕焼けをバックにし、彼は立ち去る。堂々とした振る舞いは、まさしく王者の風格を醸し出していた。
「あい……してる」
彼の口パクを声に出していってみる。胸が苦しい。さっきから心臓の鼓動が止まらない。収まれ、収まれ、収まれ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
先生(王太子)と私(生徒兼婚約者?)の共同学園生活。これからいったいどうなってしまうのやら。
不安と期待を胸に、そして甘酸っぱい気持ちも少し噛みしめて、私は岐路につくのであった。
~完~
☆
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
本作はこれにて一旦完結となります。が、連載版も考えています。
※連載版ではその後の学園生活について書く予定です。甘々です。激甘です。
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