第2章 失踪 1
この章から少し文字数は少なくなります。
追いつかれないように頑張って書きます!汗
ジョーが家族と無事に対面を果たしたのを見て、ルカはそっと自宅に向かうことにした。歩き出したルカに、元気な足音が追いかけてくる。振り向くと、笑顔のサイモンが手を振っていた。
「ルカちゃん、ありがとう。ルカちゃんが兄ちゃんを見つけてくれたんだろ?」
「僕じゃないよ。僕の師匠のアリア様だ。」
「アリア様? 誰?」
「魔法使いさんだよ。ドラゴンと戦った魔法使いさ。絵本に載っていただろ?」
「ええ!本物なの? じゃあ、もしかして、ルカちゃんのその服装…」
「そうだよ。僕はね、魔法使いの弟子になったんだ。いつか、魔法が使えるようになったら、ごちそうをいっぱい出して、みんなでパーティーをしようね」
サイモンの瞳がみるみる輝きだした。
「ホント?本当にごちそういっぱい出してくれる? 父ちゃんや母ちゃんも食べていいの?」
「もちろん!がんばって修行するから待っててね」
「やったー!!」
ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶサイモンに手を振って、ルカは自宅に帰った。
マンチェスター家にも、魔法使いの復活は伝えられていた。復興に回していた人員も戻っており、アンナは復活のお祝いの宴を設けるのに、大忙しだった。ルカが帰ってくると、その姿に皆が驚いた。
「坊ちゃん…いよいよなんですね」
「カーシンのお陰だよ。本当にありがとう。でも、これから父上に認めてもらわなければいけないんだ」
こぶしを握り締め思いつめた顔のルカを、執事は主の執務室まで案内した。
「旦那様、ルカ様をお連れしました」
「うん、入れ」
そっと足を踏み入れる父の執務室は、いつ来ても緊張を煽る空気が満ちている。整然と整った書棚、磨き上げられたテーブル。広い執務机には羽根ペンとインク瓶とペーパーウェイトが等間隔に並んでいる。
「ルカ…。こちらに座りなさい」
ダニエルは、部屋に入ってくる息子の姿に一瞬瞠目したが、すぐに何事もなかったかのようにソファを進めると、自身も向い側に座った。
「その服装、本気なんだな。」
「はい。」
「エミリアから、テイラー家の血族の話は聞いている。おまえが生まれたときに左肩にあったほくろを見たときから、この日が来ることは決まっていたんだな。」
はぁーっと大きなため息をついて、ダニエルは額に手を当てた。
「まさか本当に自分の息子が魔法使いになるなんて、思わなかったんだ。父として、配慮が足りなかったなら、許してくれ」
「父上! そんなことはありません。僕のわがままで普通学校に通わせてもらっていましたし、カーシンが僕に協力してくれていたのも、本当は父上の指示だったのでしょ?」
アンナが持ってきた紅茶に手を伸ばしていたダニエルは、一瞬手を止めてルカを見た。
「気づいていたのか?」
「父上は僕を子ども扱いしすぎです!」
「ふふふ、そうか。気づいていたか。カーシン、私もまだまだだな。息子にしてやられたよ」
後半を、部屋の隅に待機している執事に向かって話していた。
「いいえ、旦那様。ルカ様の成長が著しかっただけでございます」
「そうか、それもそうだな。ルカ、これからどうする予定だ?」
「師匠のグレース・アリア様は、学校にはちゃんと通う様にと言われました。アリア様は、父上もご存知の魔法使いの岩があった場所に、邸宅を構えられています。学校からとても近いので、学校が終わってから修行に来るように言われています」
「そうか。では、普段の生活はこのままということだな。」
「はい。」
ダニエルは、すっかり大人びた末の息子を嬉しそうに眺めていた。
「旦那様、ルカ様、宴の準備が整いました。」
アンナが促すと、二人は宴の会場に赴いた。会場には、領内でまとめ役や世話係などをしている顔ぶれが並び、上座にはマンチェスター家の家族が二人を待っていた。会場に入ったダニエルに、一同は立ち上がって礼をする。続いてやってきたルカには、拍手が送られた。
「ルカ、よくがんばったわね。カーシンから詳細を聞いたわ。大変だったわね。それにそのローブ。とても似合っているわ。テイラー家の娘として、あなたを誇りに思います」
「母上。おじい様の協力のお陰です。取り計らってくださって、ありがとうございました。」
目を潤ませて喜ぶエミリアの後ろでは、アランとスカーレットが笑顔で拍手を送っていた。
「ルカ!僕たちもルカを誇りに思っているよ!僕はこのマンチェスター商会をもっと大きくして見せる。ルカは、どうか素晴らしい魔法使いになって、困っている人を助けてくれ。」
「ルカ、魔法が上手に使えるようになったら、いくら食べても太らない魔法を考えてね!」
「まあ、スカーレットったら!」
家族の温かい支えを感じて、ルカは幸せをかみしめた。
「ルカ、皆も事の顛末を知りたがっている。ご挨拶を兼ねて話してくれ」
ダニエルの勧めで、ルカは宴に集まる人々に、向き直った。
「皆さん、マンチェスター家次男のルカです。皆さんもご存知の通り、偉大なる魔法使いグレース・アリア様が復活されました。これは、学校裏の岩から聞こえてきた歌を聞いたことに始まります。」
ルカは、アリアを復活させるための道具をそろえる間に見聞きした、貴族の態度やつつましくも愛情深く生活している普通の人々の暮らしの尊さを、会場にいた人々に訴えた。
「きっと、あの道具をそろえることは、そのまま世の中をしっかり見聞きしなさいという暗示だったのではないかと思うのです。修行はこれからだから、まだ何もできません。背が低くて、子どもっぽいマンチェスター家の末っ子です。だけど、真っ当な人が真っ当な暮らしができる世の中にしたい。不当な弾圧や、身分制度だけで蔑まれることのない世の中にしたい、そう思っています。」
温かい拍手に包まれて、ルカの挨拶は終わった。席に着いたルカを、アランとスカーレットが両側から手を伸ばし、ルカの手を温かく包んだ。
「ルカ、一人じゃないぞ。僕も同じ気持ちだ。真っ当に暮らしている人々が胸を張って暮らせる世の中でなくちゃいけないんだよ。もう、ゴードン伯爵家に好き放題されるのはごめんだ」
「そうよ。私だって、音楽で多くの人を癒したいと思ってるの。音楽を上位貴族だけのものにされたくないわ」
きっと普段にそれほど一緒に行動することはできないだろう兄姉だが、その気持ちが嬉しいと思うルカだった。
夏休みが終わって、ルカは再びジョーを誘いにスタンレイの家にやってきた。
「おはよう、ルカちゃん!調子はどう?」
「おはよう、サイモン。昨日は風を起こせるようになったんだ。見て!」
そういうと、掌からふわっとそよ風を吹かせた。サイモンはふふふっと楽しそうに笑う。
「仕方ないなぁ。これじゃ、ごちそうはまだまだ先だな。おーい、兄ちゃん、ルカちゃんが待ってるぞ」
「ああ、すぐ行く!」
奥から飛び出してきたジョーは、いつも通りの古ぼけたカバンを引っ提げて、ルカの隣に並んだ。
学校に到着すると、登校してきたクラスメートがそれぞれに声を掛けてくる。
「ジョー!元気になったんだな。心配したんだぞ」
「どうしてたんだよ。急にいなくなったからみんなびっくりしてたんだよ」
「あれ? ルカのその衣裳、どうしたんだ?」
「あ、そのローブ!劇場で見たことあるぞ。確か…」
「そうだ!魔法使いの服装だ!」
クラスメートたちはわいわいと口々に二人に声を掛ける。そんな中、そっと自分の席に着く生徒がいた。チャーリーだ。チャーリーは、むすっとした顔でジョーの傍を通り過ぎたが、だれも声を掛けない。ちらっと振り返って二人の様子を見て、目を見開いた。
「ルカ…、その恰好…」
チャーリーが声を掛けると、さっとクラスメートが二人の間を開けてやった。夏休み前の言い合いを覚えていたのだ。
「ローブだよ。僕は魔法使いの弟子になったんだ。将来の目標はもう決まっている。学校には通うけれど、同時に修行も始めるんだ。」
「そ、そんな。マンチェスター子爵が許すとは思えないな」
「いや、許すも何も、応援してもらっているよ」
「だいたい、今の時代に魔法使いなんて、聞いたこともない…」
「チャーリーはバカンスに行ってて知らないかもしれないけど、 夏休み中に土砂崩れが起こって、この辺の村は大変な被害を被ったのよ。それを一気に修復してくれたのが、伝説の魔法使いなの。私のお父さんは村を助けに行ってたから、直接見たそうだけど、あっという間に元通りにしてくれたって、感激していたわ」
「うちの父ちゃんも見たって言ってたよ」
「おれんとこは兄ちゃんが見たって言ってた。すげぇ、美人だったって。」
見かねたクラスメートの一人が声を掛けると、次々に他の生徒も騒ぎ出した。
「そんなもの、信じられるか!」
分が悪くなって居たたまれなくなったチャーリーは、席にも就かずにどこかに飛び出していった。
「ルカ、気にしなくていいわよ。チャーリーは、少し考えを変えないといけないと思うわ。平民の学校に通い続けるならね」
周りの生徒の様子から、嫌味やいじめを受けていたのはジョーだけではないらしいことが分かった。ルカは、彼が少し哀れに思えた。貴族学校の階級の厳しさは、アランやスカーレットからも聞いている。誰と、どんな関係性を築くのが良いか、そんなことまで計算ずくの世界だと知っているのだ。