表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルカとジョーと秘密のスズラン  作者: しんた☆
7/46

第1章 解呪と覚醒 7

「岩に閉じ込められし、我らが偉大なる魔法使いグレース・アリアよ。今こそ、目覚めの時だ!」


 胸の奥からぞわぞわと湧き出るものを感じながら、ルカは両手を胸の前に組んで、一心に祈り続けた。そして、閉じていた瞼の外側に強い光を感じたルカは、そっと目を開けて言葉を失った。


 気高いバラのような香りと神々しい光をまとったきれいな女性が、目の前で微笑んでいたのだ。波打つような銀髪に陶器のようななめらかな肌、そして、慈愛に満ちた深いサファイア色の瞳が色素の薄いその容姿によく似合っていた。身にまとう真っ白のローブには美しい金糸の刺繍が施され、彼女の身分の高さを物語っている。


「よくぞ、悍ましい呪いを解いてくれた。礼を言うぞ。その魔力…。そなた、テイラーの子孫か」

「は、はい。僕はルカ・マンチェスターです。母の実家がテイラー家です」


 答えながら、ルカは左肩に温かな物を感じていた。その様子を見て、微笑んだアリアは、今一度声を掛ける。


「では、ルカ・マンチェスター。古来よりの決まりごとに則り、そなたの願いを3つ叶えてやろう。」


 アリアの美しいサファイアの瞳が試すような色に変わる。ルカは両手をぎゅっと握りしめて告げた。


「まずは、先日起こった土砂崩れで被害に遭った村の復興を。次に、人魚に攫われた親友ジョー・スタンレイの奪還を!」

「あい、分かった。して、3つ目の願いは?」


 ルカは意を決したようにアリアをぎゅっと見つめて告げた。


「僕を、あなたの弟子にしてください!一流の魔法使いになって、この国で虐げられている人々を助けたいのです!」


 じっと瞳の奥を見ていたアリアは、少し驚いたような表情になったが、すぐに穏やかな微笑みにその感情を隠してしまう。


「そうか…。では、そなたにはまず、これを与えよう。このローブは私の配下である証。そして、テイラー家から譲り受けているであろう指輪を常に身に着けておきなさい」


 ルカは、イアンから譲り受けたカバンを取り出すと、中から小さなケースを見つけ出した。そっと開けて見ると、中にはいぶし銀のいかつい指輪が収まっていた。羽根のような模様をあしらった中に不思議なほど深い色なのに透明度の高いサファイアが輝いていた。

ルカが確かめるようにアリアに目を向けると、促す様に頷かれた。ルカは、ゴクリと生唾を飲み込むと、思い切って指輪を嵌めてみた。すると、途端に体中に温かな力がみなぎってくるのが分かった。気が付くと、ローブもいつの間にか身に着けている。驚くルカを、アリアが楽し気に見ていた。


「では、行くぞ」

「え?」


 ルカが驚いている間に、二人は土砂崩れの現場へと移動していた。


「ルカ、よく見ていなさい。」


 アリアはそれだけ言うと、魔法の呪文を唱え始めた。清らかな、聖歌のような呪文は、近くにいた多くの人がうっとりと聞きほれるほどだった。そして、気が付くと、崩れた建物は元通りに、村に流れていた土砂も山に戻って、何事もなかったかのような状態になっていた。

一瞬の間をおいて、復興の手伝いに来ていた村の人々から、歓声があがった。


「す、すごい…。」

「後の事は、村の人々に任せておこう。では、次の目的地に行くぞ」


 アリアが腕を振り上げると、すぐさま南の砂浜に到着していた。遠くから女性たちの笑い声が聞こえている。それが人魚たちの物だと、ルカにはすぐに分かって、思わず身構えた。


「そなたたち、ジョーという名の男の子を知らないか?」


 アリアの声に驚いた人魚たちは、さっと岩陰に隠れたが、アリアは気にした様子もなく続ける。


「この辺りで行方が分からなくなったのだ。そこにいるルカは、ジョーの親友で、とても心配しているんだ。僅かな情報でもいいので、教えてほしい」

「そ、その子なら、見たことあるわ」


 岩陰から、少しだけ緑に波打つ髪が覗いた。アリアはまるで気にする様子もなく話し続けていた。


「そうか、まったくどこに行ったんだろう。どこを探しても見つからなくて、困っているんだ」

「どこか山の方にでも遊びに行ってるんじゃないの?そういえば、前にお話したことがあって、ソリターリオっていう山に登ったって、自慢していたわ」

「ソリターリオ?そんな山があるのか?」

「あら、目の前にあるあの山よ。この辺りで一番高い山。そんなことも知らないの?」


 人魚は呆れたように岩場から出てきて、岩の上に器用に座った。尾びれをきらめかせながら長い髪を整えて、妖艶に微笑むが、その表情には蔑みが見られる。見下す様に話し始めると、岩陰にいた他の人魚たちからも笑い声が響いていた。

 それを黙って聞いていたアリアは、のびでもするようにすっと両手をあげると、素早く呪文を唱え、人魚の胸に光っていた赤い宝石を取り上げた。


「いろいろ教えてくれてありがとう。ジョーは今、見つかったので連れて帰ることにするよ」

「あ!何をするの!それは私のよ!!返して!返しなさいよ!返せ!!」


 先ほどまでの妖艶な表情が、一気に険しい獣のような顔に変わって、ルカは目を見開いた。しかし、アリアは驚く様子もなく、くるりと向きを変えてゆっくりと村の方に歩き出した。


「ルカ、帰るぞ。」

「あの、でも。あの人魚が…」

「盗人猛々しいとはこのことだ。妖術で人間をだまして楽しんでいる。それが人魚という存在だ。覚えておくんだな」


 その言葉に、そっと海を振り返ると、緑の髪を逆立てて怒鳴り声をあげる巨大なシャチが海から跳ね上がるのが見えた。


「待ちなさい!よくも私をコケにしたわね!」

「ルカ!耳をふさげ!!」


 慌てて耳をふさいだルカは、巨大化したシャチが口を大きく開けて、村近くまで襲い掛かってくるのが見えて言葉を失った。アリアは何か呪文を呟いて、そのシャチに指輪を向けた。すると、シャチはあっという間に小さな魚になって、砂浜を飛び跳ねた。アリアがその魚をつまみ上げ、ルカに頷きかけた。ルカがその合図で耳をふさいでいた手を外すと、小さな魚は「放せ、放せ」とささやいている。


「お前たちのボスは今もテティスなのか? ではテティスに伝えておけ。アリアが復活した。村に近づいたら容赦しないと」


 そういうと、その小さな魚を海に向かって放り投げた。人魚たちは一斉に海の深くに逃げていった。



「さて、それでは二つ目の願いをかなえよう」


 ここは、先ほどアリアを復活させた大岩があった崖っぷちだ。いつの間にか岩肌にせり出す様に小ぶりだがきれいな家が建っていた。アリアは当たり前のようにドアを開け、ルカを中に招き入れた。

 玄関を入ると、居心地のよさそうなソファがある。そのソファの上に真っ赤に輝く宝石を乗せると、アリアは静かに目を閉じて呪文を唱えた。

 宝石は一瞬強い光を放ち、それが収まった頃、驚いたような顔のジョーに姿を変えた。


「ジョー!大丈夫だったか?」

「え?あれ? モーリーはどこだ?」

「モーリー?」


 せっかく人間に戻れたのに、ルカやアリアに声を掛けるより、人魚の名前を口にして、きょろきょろ辺りを見回した。


「おまえは人魚に宝石にされていたのだ。その時のことは覚えているか?」

「覚えているさ。あの子は、モーリーは、俺が助けてやらなくちゃ、あぶくになって消えてしまうことになっていたんだ。ルカ、モーリーはどこに行った?」

「あの緑の髪の人魚のこと? あの子なら、海に帰っていったよ。」


 ルカの言葉に、ぎゅっと眉間にしわを寄せて、ジョーは戸惑った顔をした。


「あの子に頼まれたんだ。もうすぐ人魚の女王様がこちらの海にやってくるのに、自分は真珠を上手に育てられなくて、先輩に叱られてばかりなんだと。それで、しばらくの間、俺を宝石にして胸につけていれば、人魚として認めてもらえるから、女王様にあぶくにされずに済むんだと。だから俺は、少しの間なら助けてやろうと思っていたんだ。」


 頬を赤くして、懸命に説明する姿は、とても今までのジョーとは思えない。


「ねえ、ジョー。じゃあ、どうしてスズランの朝露まで渡してしまったの?」

「あ、あれは…」

 

 ジョーの視線が泳いでいる。ルカは思わず目をそらした。


「まったく。人魚にうまいことだまされて、ご機嫌取りに渡してしまったんだろう。ジョー、よく考えろ。その朝露は、おまえ1人が手に入れたものだったのか?」

「もういいよ!僕は自分一人でも、スズランの朝露を手に入れられた。だけど、サイモンがどんな思いでジョーの事を探していたか、考えてほしいんだ」

「…、悪かったよ。」


 ジョーの勢いが幾分弱まったのを見て、アリアが紅茶を差し出した。


「おまえは、人魚の妖術に振り回されていたのだ。そろそろそれも効果が薄れてきているはずだ。」


 ぽかんとした表情のまま、紅茶に口をつけたジョーが、ごくりと紅茶を飲み下すと、パチンと何かがはじけたように、ジョーの表情が変わった。


「あ、あれ? なあ、ルカ。俺はどのくらい行方不明になっていたんだ?」

「ん~一か月ぐらいかな」

「ええっ! じゃあ、サイモンはどうしてた?うちは、大丈夫だったのか?」

「ジョー!!」


 ルカは思わずジョーに抱きついた。やっといつもの親友がもどってきたのだ。そんな二人に焼き菓子を出してやりながら、アリアもソファに腰かけた。


「さぁ、その焼き菓子を食べたら、家族に元気な顔を見せてあげなさい」

「ありがとうございます。えっと、あなたは…」

「ジョー、僕たちが助けたいって言ってた魔法使い様だよ。グレース・アリア様だ。」


 驚いてひっくりかえりそうになるジョーを囲んで、ルカとアリアは今まで起こっていたことを詳しく話して聞かせた。

 ルカがテイラー家に行っている間に、マンチェスター家のアンナが時々スタンレイ家の様子を見に行ってくれたことや、土砂崩れが起こって村が大変だったこと。そして、ルカがアリアを復活させたこと。ジョーはその度、眉をしかめたり、ほっとしたりといつもの親友らしい飾らない姿を見せていた。


「土砂崩れでは、ジョーの家は大丈夫だったけど、海にまで土砂が流れていて、漁ができないんじゃないかと心配していたんだ。だけど、アリア様がすっかり元通りにしてくれたんだ。」

「…そっか。ルカは自分一人でもあきらめなかったんだな」


 まぶしいような、少し寂しいような表情で、ジョーがぽつりとつぶやいた。


「何を言うか。こいつはおまえを取り戻したくて、むちゃな登山までしていたのだぞ。おまえがその原動力になったことは間違いない。そのおかげで、私にもさっそく弟子が出来た。礼を言うぞ」

「え?ルカは、魔法使いの弟子になったのか?」


 ルカは、照れ臭そうに微笑んだ。


「ジョー、ごめんね。僕一人で3つのお願いを使ってしまって。村の復興は最優先だったんだ。それに、ジョーは絶対取り戻したかった。それで、3つ目のお願いが弟子になる事だったんだけど、僕には、生まれたときから左の肩に7つのほくろがあって、どうしてだか、人に見せてはいけない気がしていて…。だれにも言わなかったんだけど、それが魔法使いの末裔の印だったみたいなんだ。」


 そう言いながら、ローブの襟元を引っ張ると、左肩の北斗七星がちらりと見えた。


「だから、これから師匠の元で修行して、ジョーのお願いだったサイモンとオスカーにたっぷりごちそうを食べさせてあげるっていうのは、僕が担うよ!」

「そっか。今日は不思議な格好をしていると思っていたけど、それは魔法使いのローブだったんだな。」


 ほっとしたような、少し寂し気なジョーは、ローブ姿のルカからそっと視線をそらして、深いため息をついた。


「じゃあ、これからは学校には来ないのか?」


 寂しさがにじむ言葉に、アリアがきっぱりと答えた。


「いや、魔法の修行は学校が終わってからだ。基本の勉強をおろそかにしてはいけない。私は、長年この場所にいたので、ここから見える風景がすっかり気に入ってね。だから家まで建てたんだ。学校からも近いから、ジョーもいつでも遊びに来ればいい」


 

 アリアの家を出て、ジョーの家まで二人は言葉少なに歩いた。何も言わなくても、お互いが思っていることは手に取るように分かる。


『良かった。ジョーが、ジョーのままで帰って来てくれて』


涙があふれそうになるのを、先に走り出してごまかす。


「おい、ルカ。どうしたんだよ。待てよ!」

「ジョー、早く行こう!サイモンたちが待っているよ」


 スタンレイ家の前まで来ると、ジョーの両親と弟たちが玄関先で待っていた。村を復興させたところを見た村人たちが、アリアの復活を皆に知らせたのだ。


「ジョー!!おかえり!」

「兄ちゃん!!」


 サイモンが飛び出してきて、ジョーに抱きついた。


「兄ちゃん!兄ちゃん!本物だよな。俺の兄ちゃんだよな。」

「ああ、本物だ。大好きなサイモンの兄ちゃんだ!」

「わーん、兄ちゃんが帰ってきた。帰って来てくれたー!」


 号泣するサイモンを抱き締めると、大切そうにその頭を撫でた。そして、そのままサイモンを抱き上げたジョーは両親の前に進んだ。


「父さん、母さん、心配かけてごめん。」

「何言ってるんだい。こうやって無事でいてくれるだけで充分さね!」

「ジョー…、よかった」


 デレクはサイモンごとジョーをぎゅっと抱きしめた。


お読みくださってありがとうございます。

よければブックマーク、評価などよろしくお願いします。


次回から、掲載量を少し落とします。気長によろしくお願いします。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ