第8章 目覚めるとき 3
「ルカ、連日の働き、ご苦労だったな。イーダのビヨンテ首相とはあれから何度か会談を設けた。チェダーコフやその一派は爵位を剥奪されたそうだ。コートミスティとの国交も回復させると意気込んでおられたよ。また、パトリックに会える日も近いんじゃないか?」
「首相!ありがとうございます。」
「それから、ロベールの事だが、あの手術後の事はどうやら記憶に残っていないようだった。雷に打たれたような症状はあったが、幸い命に別状はない。まぁ、あれだけ鍛えているんだ。少しぐらいの事では命を落とすことはないな。例の脳への電波の装置とやらも、その際に壊れた様だ。」
「そ、そうでしたか。それは、良かった。」
ルカは若干の居心地の悪さを感じていた。
「それから、起きてすぐで申し訳ないんだが、陛下が今後のおまえの立ち位置について上級貴族と話し合いをされている。その瞳。ただの伯爵では王族としては放置できないというんだ。アリア様からはただの先祖返りだろうと言われているが、これまでの功績もあるし、王族に近い場所に籍を置くことになりそうだぞ。」
ちらっとルカの様子をみると、眉を八の字に下げて、泣きそうな顔のルカがいて、アーチャーは思わず吹き出していた。
「ま、まさか、もっと勉強しなくちゃいけないんじゃ…」
「ぶはははは。心配するな。アリア様からの提案で、おまえが上級貴族として、ちゃんと自覚できるまで後見人として俺がつくことになった。合わせて俺の後釜としての教育もできるしな。」
「え?」
険しい目つきでアーチャーを見るこの若い魔術師は、待遇が良くなったと言えるのだろうかと自問していた。
「ということで、この文官の宿舎とはお別れだ。とりあえず、王宮内の私の部屋の隣に引っ越してもらう。文官の仕事はしなくていいが、俺の側近と一緒に事務仕事を手伝ってもらう。まぁ、あれをやっていれば、仕事の流れなんかも覚えられるだろう。公爵家としての仕事は、週末わがアーチャー家邸宅にて、娘婿のロイドが担当してくれることになった。」
満足げに言い放つが、ルカには聞き流すことが出来ないワードが入っていた。
「待って。公爵家としての仕事?どういうことですか?」
「おっと、口が勝手に…、まぁ、もう1,2日ゆっくりしたら、陛下からお呼びがかかるだろう。」
「ああ、熱が出そうだ。」
サファイアの瞳を窓辺へと向けた。揺れるレースのカーテンの横では、何本かのバラが刺さった花瓶がある。ひらりっと一枚花びらが落ちるのを見て、ふと気になった。
「あの、この花はどなたが?」
アーチャーは、ちらっとルカに目をやって、にやりっと笑う。
「さあ、どなただろうねぇ。おまえに毎日バラを届けさせるなんて、泣かせるじゃないか。どうしても会いたいと言うなら、口を聞いてやってもいいが…」
若い魔法使いの眉がこれでもかと眉間に寄っている。
「もしも、僕が想像している通りの人だったら…」
そう言いかけて、そっとバラに手を伸ばし、その花にふわっと魔法をかける。そして、バレッタに花を並べて美しい髪飾りを作ると、首相に差し出した。
「この髪飾りを渡してください。無事、意識が戻ったと。」
そう言いながら、手元にある小さな箱が開き髪飾りを治めている。リボンも自分からくるりと箱にまきつき、まるで先ほどからそうしてあったかのように結ばれた。
「仕方ない。キューピッドになってやるか。」
まんざらでもない様子で、アーチャーは箱を受け取ると、さっさと部屋を出た。
長い時間、仕事に追われて手紙すら届けていなかったというのに、花瓶に刺さったバラは、つぼみの物から、すっかり咲き切っているものまで揃っている。毎日届けられている証拠だ。簡単に会える相手ではないが、心は薙いでいる。きっと分かってもらえているはずだ。
ベッドに戻ると、大きなクッションに背中を預けてぼんやりとこれまでの事を思い返していた。本当に怒涛の忙しさだった。あのバラ園でお茶をした日が懐かしい。
微かなノックの音がして我に返ると、フードを目深にかぶった侍女が静々と食事を運んできた。
「失礼いたします。お目覚めだと伺いましたので、お腹に優しい物をお持ちしました。」
「ああ、ありがとうございます。」
窓の外で、微かに誰かが叫んでいるのが聞こえる。あれは、ホリーの侍女だったか。
「なんだか騒がしいね。なにかあったの?」
「さぁ。私には分かりません。」
ルカは、途端に悪戯心が顔を出して、じっと侍女の様子を見つめていた。
「こ、こちらにお持ちしてよろしかったでしょうか?」
「そうだな。体が重くて動けないから、もう少し近くに運んでもらえない?」
「承知しました。」
侍女が食事を乗せたカートを、ベッドサイドまで押していくと、それを見上げてにっこり笑う。
「僕には、心に決めた人がいてね。それは美しくて、上品で、素敵な淑女なんだ。だけど、時々、素の彼女が出てる時があってね。それがたまらなくかわいいんだ。それなのに、怒涛のごとく仕事がやってきて、手紙一つ書けなくてね。彼女に振られたら、僕はきっと生きていけないだろうね。」
「振ったりなんかしないわ! あ、じゃなくて。ルカ様が振られるなんて、ありえませんわ。」
「そうだろうか。そうだといいんだけどね。こんな仕事漬けの男なんて、彼女にはふさわしくないかもしれない。」
ルカは窓辺に目をやって、小さなため息をついた。
「会いたいなぁ。顔を見せてもらえないだろうか。」
たまらなくなって侍女がルカを振り返ると、嬉しそうな顔でにんまり笑っている。
「ル、ルカ様!気づいていらしたの?」
とたんに偽侍女の顔が真っ赤に染まった。
「ふふふ。もちろん!お見舞いに来てくださって、ありがとうございます。」
「早く会いたくて…、それにしても、本当に王族のようなきれいなサファイア色ですのね。 なんだか不思議だわ。」
恥ずかしさと嬉しさが合わさって、はにかんだ笑顔を見せていたホリーは、目の前の深いサファイアの瞳に、囚われたように見入ってしまった。
もうちょっとで終わる予定です。
まだ執筆が追い付いていませんが。 や、やばい!
どうか作者に評価のお恵みを!




