第8章 目覚めるとき 2
それから5日間、ルカは眠り続けた。姉夫婦を王宮に下すと、「やっと帰れた。」とつぶやいて、そのまま倒れ込んだのだ。通りかかったシュバイツァーが、驚いてルカを部屋まで運んでくれたのだった。
ルカが眠っている間に、アーチャーとビヨンテの会談は無事成功し、イーダの貴族の中の王政反対勢力は、チェダーコフをはじめ、一気に勢いを失ったという。
「姫様、いけません!未婚の王女様が、男性のお部屋に入るなど!」
バタバタと騒がしい二人が、ルカの部屋の前までやってきた。
「いいじゃない!ルカは私の大切な人なのよ。意識が戻らなかったら、心配になるし、お見舞いに行きたくなるのは当然だわ!」
「た、大切な人!! 殿下、そのようなことは軽々しくお口になさらないでください。」
目の前のドアが突然開いて、思わず黙り込む。
「騒々しいと思ったら、ホリーだったのか。」
「ああ、ローリー!良かったわ。これで二人っきりじゃないものね。」
ホリーの侍女ベルが額に手を当てて嘆いている中、ホリーはさっさと部屋に入っていった。
「まだ意識が戻っていないんだ。アリア様によると、魔力の使い過ぎで枯渇しているのが原因らしい。少しの枯渇なら、すぐに回復するんだが、相当に使い切ったみたいだ。」
「…ルカ様。」
ホリーはベッドサイドにあった椅子に腰かけて、静かに眠っているルカの手を取った。そんな妹の姿を見せられると、ローリーもなんとかしてやりたいと思わずにはいられない。
「それと、アリア様から聞かされたんだが、ルカの瞳の色が水色からサファイア色に変化しつつあるそうだ。先祖返りではないかと言われている。実際、ルカはアリア様の子孫だからな。」
瞳の色が変わることにどんな意味があるのかは、誰にも分からない。それに、ぐっすり眠っている状態では、瞳の色を確かめるすべもないのだ。
不意にドアが開いて、アレックスがアーチャーと共にやってきた。
「ホリー!どうしてここにいる?」
「だって、ルカ様が心配で…。」
アレックスはきっと眉を寄せた。
「おまえは王女なんだぞ。軽々しく男の部屋になど、来るものではない!」
「ちゃんとローリーと一緒にいたわ。それに、もう5日も目覚めないなんて、心配しない方がおかしいわ!」
しばしにらみ合った兄妹だったが、折れたのは兄の方だった。
「はぁ。王族として、他国に輿入れが決まるかもしれない身なんだ。それとも、ルカから何か申し出があったのか?」
ホリーは唇をかみしめる他なかった。確かに、ルカと会えば穏やかで幸せな時間を持てるが、決め手となるような言葉はもらっていないのだ。
「お兄様の意地悪!」
ホリーは唇をかみしめ、そのまま部屋を飛び出した。頭を抱えていたベルが、慌ててその後に続いた。
「陛下、何を焦ってらっしゃるのです? 今回の功績でルカを侯爵にまで引き上げることは決定したのです。王女と結婚することに問題はないはずでしょう。」
「そう言うがな。王族の結婚は本人の意思に関わりなく進められるものだ。期待して裏切られたら…。」
アーチャーに諫められても、どこか不安げなアレックスだった。
「アレックス、そこまでいうなら、どこに嫁がせるつもりなんだ?」
ふわっと壁から抜け出して、アリアが声を掛ける。その言葉に、虚を突かれたような国王がいた。
「ふふふ。妹を傷つけたくないあまり、自分が傷つけてどうするんだ。だいたい、今近隣の王族で結婚を考える年頃の者などいないだろう。お前たち、覚えているか?こいつには、私の後を継がせると決めたところに、アーチャーが自分の後継者にもと言い出したのだぞ。しかもアレックス。お前は、貴族の仲間入りをしろと、領地経営の勉強まで押し付けているのだ。ここまで黙って努力していたが、相当に疲れが溜まっているはずだ。そんな者に、これ以上何を望む。」
生まれたときから王族として、王位を継承する者として教育されてきたアレックスと違い、子爵の次男として自由に育ってきたルカは、基本から学びなおさなければならないのだ。あまりにそつなく過ごしていたので、すっかりそのことを周りは失念していた。
翌日からは、ホリーは病室に向かうこともなく、ただ南のバラ園のバラが1輪だけ届けられた。最初の1輪から花びらが一枚はらりと落ちたとき、ルカが目を覚ました。
穏やかな朝の陽ざしで陽はやや高く部屋は明るい。開け放たれた窓から、涼やかな風が吹き込んでいる。随分と長い夢を見ていた気がする。ルカはゆっくりと体を起こして、周りを見渡した。
扉の向こうでざわざわと人の気配がする。ほどなくして、ドアが開いた。ノックもせずに入ってきたのは、ジョーと仲間たちだ。
「ルカ!!」
ジョーは嬉しさのあまり言葉が出ない。
「気が付いたのか!良かったー!おい、誰か首相に連絡してくれ!」
「おお、分かった!」
「ルカ、どこも痛くないのか?」
「もう10日近くも目覚めなかったんだぞ!心配かけやがって!」
武官の連中はわっとベッドを取り囲んで、口々に声を掛けた。みんな、レオニードとの戦いで、ルカに命を助けられたのだ。時々こうやって顔を見に病室に来ていたのだ。
「みんな、心配かけてごめん。僕は、そんなに寝てたのか?」
「ああ、そうだよ。って、ルカ。その瞳の色…!」
ジョーが目を見開いて言う。サファイア色は、王族の証。その色がまさにルカの瞳に輝いているのだ。
「そうか、ルカはアリア様の子孫だったんだよな。」
ジョーは手の届かない憧れの人を見るようにルカを見つめていた。ルカはそんなことには気づかない様子で、そっとジョーの耳元で問いかけた。
「ねえ、ロベールはどうなった?」
「そっか、あの後すぐにイーダに潜入したんだったな。大丈夫だ。ピンピンしてる。あの戦いの事は覚えていないみたいだったけど。意識が戻った途端、俺が行方不明だーって叫んでたみたいだし。」
「そうか。なら、良かった。」
落ち着いたノックが聞こえ、アーチャーが入ってきた。
「こら、おまえたち。そろそろ昼食の時間が終わるぞ。食いっぱぐれたくなければ、すぐに食堂へ急げ!」
「やべぇ!!」
「ルカ、またな!」
若い武官たちは口々に言いながら部屋を出て行った。
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