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ルカとジョーと秘密のスズラン  作者: しんた☆
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第7章 試練 6

「間に合わなかったか…」


 不意に上空からアリアの声がして、ルカは我に返った。


「うわっ!なんて惨状だ。うう、血の匂いがひどい。吐きそうだ。」

「フィリップ、そんなことでどうする。戦いの場に血の匂いなど当たり前だ!」


 とさっと静かに着地したアリアが、抱えていたフィリップを手放したとたん、フィリップはおえっと嘔吐してしまった。


「義兄上、この男の体に姉上の居場所を聞いてください」


 ルカが、胸に大きな穴をあけて躯になった男を差し出すと、ギョッとしたフィリップが義弟の顔を確かめた。


「きっと、義兄上も時戻りで見たら、僕のしたことが理解できると思います。」

「わ、分かった。」


 フィリップは気を取り直して、目を見開いて絶命している男に触れてみた。


 ***


「レオニード、こちらの手筈は整った。計画通り侵攻してくれ。」

「チェーダーコフ閣下、これからの武器の提供、お忘れなく。スタンリアなど、赤子の手をひねるよりもたやすいです。あのコートミスティの怪しい連中の動きを止めてもらえるなら、1日で片付けましょう。」

「ふふ、そちらは抜かりない。あの魔術師団のリーダーには姉がいるのだ。姉弟仲がいいらしいからな。身動きは取れなくなるだろう。お前にもそのうち見せてやろう。なかなかの美人だ。しかも、調べて見たら王宮で演奏会を開くほどのバイオリンの奏者だった。次の会議の後で、茶話会でも開こう。」


 ふふっと笑いながらも、レオニードはムカムカしていた。自分達には血なまぐさい現場に向かわせ、貴族連中は優雅に茶話会だという。イーダの紅茶は元々品質が良い物だが、その中でも最高級の物は、市場に出回らず、貴族の間で取引がされている。ましてや、芸術など、イーダには必要ないとさえ言われているが、上級貴族はぬけぬけと他国から優秀なアーティストを連れ込んで、楽しんでいるのだ。


そして、2日後、チェダーコフに呼ばれたレオニードは、美しく着飾ったバイオリン奏者を目にする。青みが勝った艶のある黒髪に知的なアメジストの瞳。美しくも気高い、バラのような女性だ。しかし、それ以上に彼女の奏でるバイオリンの音色に心を揺さぶられた。


「あ、あの。失礼ですが、お名前を伺っても…」


 気が付いたら、自分から彼女に近づいていた。その肩をどしっと掴んだチェダーコフがにんまりと笑う。


「美しいだろう?私の宝石だ。簡単に手垢をつけられては困る。」

「ああ、大変失礼いたしました。あまりに美しくて」


 チェダーコフはさも満足そうに大声で笑うと、次の曲を指示した。


『宝石? つまり特別な場所に囲っているということか。それにしても…。』


 ちらりとその女性を盗み見ると、知的なアメジストの瞳が、蔑むように宝石の持ち主を睨んでいるのが見て取れた。


『ほほう。こんな豪華な衣装や宝石を与えられていても、侯爵にはなびいていないという訳か。なんと高貴な。』


「ところでレオニード。コートミスティの魔術とやらは分析できないのか?こちらも親戚の者に危ない橋を渡らせている。そちらもさっさと結果をあげろ。」

「承知しました。では、私はこの辺りで失礼いたします。」


 茶話会の会場を後にしながら、レオニードは思いめぐらせていた。チェダーコフにとっての宝物庫とは、どこだろうかと。車窓から、美しいレースのカーテンが揺れている建物が見えた。まだ侯爵の敷地内だ。今まで何度かこの場を訪れているが、あんな風に飾り立てた部屋などあっただろうか。そのカーテンの隙間から、あめ色に輝く弦楽器がちらりと見えた。


「ふふ。こんなところにあったのか。明日の侵攻の褒美として、あれをいただこう。」


 レオニードは目を閉じ、先ほど聞きほれていたバイオリンの音色を思い出していた。


***


「アリア様、スカーレットは無事の様です。チェダーコフという侯爵を調べてください」

「見えたのだな。」

「はい。」


 レオニードの目を通してみたスカーレットは、誘拐されながらも気丈にふるまっているのが分かって、フィリップは唇をかみしめた。すぐにでも、助けにいきたい。」


「師匠。申し訳ありませんが、僕だけでは魔力が足りないようです。彼らに治癒魔法をお願いします。」


 ふらつく体を起こしながら、ルカが力なく声を掛けた。亡くなってしまった者もいるが、ギリギリで命をつないでいる者も多い。ルカは懸命に治癒魔法を使い続けていた。


「フィリップ、お前の力。ここで試してみないか。」


 アリアはふいに空中からバイオリンを取り出し、フィリップに差し出した。


「これはおまえの屋敷から持ってきたものだ」


 目を見開いて驚くフィリップは、そっとそのバイオリンを受け取り、大きく深呼吸した。


「では、参ります。」


 あごを乗せると、バイオリン特有の微かな香りが心を静めてくれる。どうか、罪のない多くの人々が生気を取り戻すように。

 奏でられた曲は穏やかな鎮魂歌だ。亡くなった者を悼み、心を静める。そして、少しずつ穏やかでほっとする曲へと変わっていくと、苦しんでいた負傷者の纏う空気が少しずつ軽くなっていくのが分かった。


「ルカ、スタンリアの負傷者は、もうすぐやってくるスタンリア側の軍に任せよう。我々は引き上げるぞ。」


 アリアが魔方陣を展開すると、その場にいた者は一気に王宮に連れ戻された。


 去り際、振り向いたルカが見たのは、放置されたままのレオニードの遺体だ。しかし、村の火事を消し止め、ロベールに襲われながらもなんと命をつないだ村人たちが、きっと事情を説明して、適切な処置をするだろう。少なくとも、ここはスタンリアなのだから。


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