第7章 試練 2
容体が落ち着いたジョーを医療チームの任せ、師弟は王宮にある文官のための応接室に来ていた。
「この家紋、ロベール家に似ているな。」
まさかと思いたい気持ちをズバッと否定された心地で、ルカは唇を噛んだ。
「フィリップを呼ぼう。奴も疲れているだろうが、ここは私たちが乗りきらねばならない。」
コールマン邸で頭を抱えていたフィリップは、アリアの要請を受けて、すぐさま王宮の応接室にやってきた。
「こんな時にすまない。しかし、こちらも急がねばならないようなんだ。」
アリアの話しを聞いて、フィリップの表情が引き締まった。
「ジョー殿が?!…分かりました。そのケースを見せてください。」
大きく深呼吸をすると、フィリップはゆっくりと時を遡る。そして突然しゃがみ込んだ。
「うわ!なんだこれは!あっ…。」
フィリップの掌からケースを取り上げて、ソファに座らせると、アリアが静かに言った。
「聞かせてくれるか。」
フィリップの顔色は決して良い状態ではない。しかし、頭の中を整理すると、ぽつりぽつりと話し出した。
「ジョー殿は、ロベール邸に内偵していたようです。彼を狙撃したのは、ロベール邸の執事とその部下。彼は、寸でのところで、自分の風魔法を使って自分の体を飛ばして難を逃れたようです。」
「ああ、だから木の枝にひっかかっていたのか。」
アリアははぁっとため息をこぼした。
「それと、そのケースには、何か情報が刻み込まれているようです。不思議なんですが、ロベール部隊長が担架で運ばれて、どこかに連れていかれる姿が見えました。そして、その場にもやはりロベール邸の執事がいて、『今夜のうちに終わらせろ』とか『ちゃんと作動するかはパレードで実験だな』などと言うのが聞こえました」
「分かった。良くやってくれたな。」
アリアが労いの言葉を掛けると、ふうっと大きなため息をついて、ソファに背中を預けた。パレードで実験ということは、これは過去の話になる。しかし、パレード前夜のロベールは自分たちと一緒にイーダに乗り込んでいたし、異常は見られなかったはずだ。
「どうしてでしょう。スカーレットのことでは時戻りが出来なかったんです」
「それは、お前が冷静でいられないからだろうな。」
ドアがノックされて、医療チームの一人が顔を出した。
「あの、ジョーさんの意識はまだ戻らないのですが、うわごとで、「スカーレットさん」というお名前と、「ルカ、早くロベール隊長を」っとおっしゃっていて、気になったので伝えに来ました。
その言葉が終わる前に、ルカはすでに部屋を飛び出していた。
「ルカ、俺も…」
そう言いかけたフィリップの肩を抑えて、アリアは問いただした。
「お前には、確かめたいことがある。」
宿舎を飛び出したルカは、やっとロベールに面会することができた。しかし、その様子はあまりにも自分の想像していた物とは違っていた。
「ああ、ルカ。いいところに来た。ジョーを知らないか?昨晩から姿が見えないんだ!」
「え? ロベールさんが知らないなんて…」
心配そうに眉間にしわを寄せているロベールの瞳には不審なものは何も見えない。しかし、なんとも言えない違和感を覚える。あの家紋、ロベールの物と似てはいるが、同一とは言えない。ルカは、はたと思い出して、その場をごまかす様に抜け出すと、懐かしい祖父の家を目指すことにした。
テイラー伯爵家は、ルカの知る中では一番蔵書が多い図書室を持っている。あの家紋を調べるには打ってつけだった。伯爵家に到着すると、スチュアートが迎えてくれる。
「ルカ様、この度は…」
「スチュアートさん、今は急を要しています。おじい様にはまだ許可を取っていませんが、図書室をお借りできませんか?」
「どうぞ。旦那様からすでに伺っております。きっとルカ様がお見えになるだろうと。旦那様も、情報を集めに出かけられた模様です。」
ルカは、謝意を伝えてすぐさま図書室に向かうと、貴族名鑑を取り出した。ロベール伯爵家の家紋はすぐに見つけることが出来た。
「やっぱりあのケースに記されていた家紋とは微妙に違うな。」
微かに足音が聞こえて顔をあげると、イアンが顔をのぞかせた。
「ルカ、よく来たな。スカーレットの事は聞いている。それで、ワシに協力できることはあるか?」
「おじい様、お願いがあります!」
ルカは、当たり障りのない程度に事情を話し、ジョーが持ち帰ったケースの家紋について聞いてみた。
「ふむ、そういう事なら、こちらを調べた方がいいかもしれんな。」
イアンが取り出したのは、長年貴族に使える優秀な側近や執事について調べられた冊子だった。さらさらとページをめくったイアンは、あるページで手を止めた。
「おまえが探しているのは、この人物ではないか?」
そのページには、ひげを蓄え眼鏡をかけた男の姿絵が載っていた。ジャミロ・トロイ。それがロベール家の執事の名前だった。トロイ家は代々ロベール家に仕えているという。そして、そのトロイ家の家紋を見たルカは、言葉を無くした。
「違う。この家紋じゃなかった。おじい様、念のため調べたいのですが、このトロイ家は隣国イーダと何かかかわりがあったりするのでしょうか?」
水色の瞳が、思いつめたように見つめてくる。イアンはスチュアートを呼んで、話を聞くことにした。
スチュアート・ミゼルは、テイラー家に長年仕えている執事だ。同業の噂も聞いているかもしれない。そんなイアンの読みが当たっていたようだ。
「ああ、彼は、確か隣国イーダとのハーフだったと思います。人様の出自など、取り立てて話題にすることではないと思うのですが、彼はトロイ家でも苦労されたと聞いていますよ。今はすっかり立派になっておられるようですが。ルカ様もロベール家の坊ちゃんとはお会いになることはあるのでしょう?」
「ええ、ロベール部隊長とは仕事柄同席することも多いです。クールな人だと思っていたのですが、なかなか心優しい一面もあるみたいです。」
それを聞くとスチュアートは、ほっほっほっと楽し気に笑った。
「ルカ坊ちゃんは、人たらしですからねぇ。」
紅茶を淹れてくると席を立ったスチュアートを見送って、ルカは敢えて詳細を話しておこうと思い立った。瀕死の状態でロベール邸から逃れてきたジョーが、スカーレットとロベール部隊長について訴えたかったこと。それは、どういう事なんだろう。
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