第6章 異変 7
「イダルゴ公爵。ここは私の執務室です。どうぞお引き取りください。来客については陛下の許可もいただいています。」
穏やかそうに見えていたビヨンテが鋭い口調で言い放つ。そして、ふっと一つ息を吐いて気分を変えると、隣国の要人に向き直った。
「アーチャー殿、大変失礼しました。こちらはイダルゴ公爵殿です。イダルゴ公爵殿、こちらは隣国コートミスティのアーチャー首相です」
その場で握手することもなく、見下した視線を投げかけるイダルゴに、ふと思いついたようにアーチャーは声を掛けた。
「実は、我が国の国王の成婚式に、毒物混入事件が起こりましてね。」
「ふん、警備が甘いのではないのか?」
「まあ、犯人は捉えているのですが、不思議なことに公爵殿にそっくりの栗色の髪をした女性です。ああ、そういえば、どこか似ていらっしゃる。」
「なんだと!誰に向かってそのような失礼なことを!」
怒りを露わにするイダルゴにアーチャーは、そっと胸元のポケットに口を寄せて「犯人を」と告げた。すると、すぐにどこからか若い女性が姿を現し、掌から囚われた人物をぽんと引き出した。
「ど、どこから来た!?これは一体どういうことだ!」」
「まあまあ。彼女は我が国の大魔法使いアリア・グレイス殿です。それで、こちらの女性なんですが、お知り合いではありませんか?」
後ろ手に拘束され、大きなフードを被った人物から、ちらりと栗色の髪が覗く。
「そんな犯人が知り合いなはずないだろう。おおかたスタンリアの成婚反対派かなにかではないのか?」
「そうですか。では、こちらの国の法律に乗っ取り、斬首ということになりますね」
すると、耐えかねた様に顔をあげて囚人が声をあげた。
「ひどい!冗談じゃないわ!!お父様、私、婚約者のパトリシア様と一緒に仕事ができるって聞いたから、あの国に出かけたのですよ。それなのに、パトリシア様には遭えないし、機械化が進んでなくて、電子レンジもないのよ。そのくせ、料理はびっくりするほどおいしかったわ。サプリじゃなくて、本物のお肉や野菜をふんだんに食べられたのよ!お父様から聞いていたのとでは大違いだったわ!それに、野蛮でもなんでもなかったわ!」
「な、なぜおまえが?」
怒りに任せて怒鳴る娘を、イダルゴは瞠目したまま固まって見ていた。
「やっとビヨンテ様の言ってたことが理解できたわ。お父様は間違っている!」
「うるさい! そんなうまい食事をこいつらだけが独り占めしているのだ。我々に献上もせずに。おかしいとは思わないのか?」
カランっと防具の転がる音が響いて、みなが驚いた。
「イダルゴ公爵、あなたにそれを求める権利はありません。他国を下等動物のように触れ回り、支配下に置いて当然と世間に思わせていたのはあなたですね。こんなに豊かで平和な国に、我が国を侵略する理由がない。」
「で、殿下!グヌヌ…。」
驚くビヨンテをよそに、イダルゴは自分の側近に目配せする。すぐさまパットの目の前に短剣が襲い掛かった。しかし、すべては目の前でカランと音を立てて床に落ちる。パットの前には氷の壁が張られ、短剣を投げた側近はジョーの風にまかれて部屋の壁に激突した。
「素晴らしい連携だ。さすがだな」
アリアが呑気に笑っていた。
「申し訳ありません。ライモンド叔父上がイダルゴに私を託したとイダルゴから聞いたものを鵜吞みにしていました。」
「な、なぜだ!」
床に平伏して、アーチャーとアリアに頭を下げるパットを見て、ルカの魔法で拘束されたイダルゴは、顔を真っ赤に染めて叫んでいた。
その時、ノックが響いた。
「ライモンド殿下がいらしています」
「お入りいただけ」
ドアが開くと、派手さはないが上質な衣装に身を包んだ男性が慌てた様子で入ってきた。
「パトリシアは、パトリシアは見つかったのか!」
「叔父上。私は大丈夫です。」
「パトリシア!」
ライモンドは、周りの目を気にすることもなく、パトリシアを抱き締めて涙した。
「すまない。私がもっと貴族たちの動向に敏感になっていれば、こんなことにはならなかったのに!イダルゴの報告に不信感を抱き始めてから、国内を散々探し回っていたのだが、まさか隣国にいたとは。」
「叔父上、私はコートミスティで本当に多くの事を学びました。科学技術や工業技術だけでは、国は豊かにならないのです。やはり陛下の、父上のおっしゃることが正しかった。それを、身をもって体験してきました。」
「何をおっしゃるのです。コートミスティの連中に騙されてはいけません!」
イダルゴはついさっきまでの悪行がなかったかのように、パトリシアに言い募るが、ライモンドがそれを制した。
「イダルゴと娘を控えの間に監禁しろ。すぐに陛下と協議する。それまでは部屋から出してはならん。」
「そ、そんな!私はただパトリシア殿下のためを思って…」
尚も食い下がろうとするイダルゴを、護衛が連れて行った。ビヨンテは頭を抱え、しゃがみ込んでしまった。
「なんという恥さらし!我が国の者が、申し訳ない。」
沈痛な面持ちで、ライモンドが頭を下げた。その時、ぎゅるるるっとその場に相応しくない大きな音が室内に響いた。ビヨンテとライモンドは目を見開いて驚いている。そんな中、ルカとジョーは耐えられなくなってププっと笑い出した。
「こら、他国の王子様に対して失礼だぞ。パトリシア殿下、ソファの方へどうぞ。今日はゆっくり食事を召し上がる暇もありませんでしたね。大変失礼いたしました。ロベール、あれを」
「承知」
アーチャーに言われて、ロベールは例のケースを取り出すと、テーブルの上に置いた。ビヨンテとライモンドが心配そうにロベールの様子を見つめている。
「これは、先程ジョー殿が召し上がっていた…」
パトリシアの顔がパッと明るくなった。
「そうです。中のローストビーフはスタンリア産のビーフを、外側のパンはコートミスティ産の小麦を使った物です。ロベールの魔術で保冷しているので、ご心配なく。」
「すぐに紅茶を!」
アーチャーが説明すると、ビヨンテが慌てて侍女に指示を出す。
「では、我がイーダに伝わる香り高い紅茶をお召し上がりください。農産物には向かない土地ですが、茶葉には良い環境なのです。」
そう言うと、アーチャーやアリアにも紅茶を勧めた。ライモンドは興味津々でそれを見つめていた。
「王弟殿下もよろしければどうぞ」
頷くと同時にサンドウィッチを口に運ぶライモンドに、ビヨンテがアワアワと焦っていた。
「味わい深いローストビーフも、ふんわり柔らかなパンも、我が国では食べることが出来ない。我が国では、サプリメントが中心で、人間らしい食べ物を忘れているのかもしれない。」
ビヨンテにも勧めながら、深く頷いて呟く王弟をよそに、サンドウィッチでおなかを満たして人心地ついたパトリシアは、悲し気にルカを見つめていた。
「ねえ、ルカ。いつから気づいていた?」
「う~ん、確信を持ったのは、あの紙吹雪かな。違和感を覚えたのは、採用試験の日だよ。」
「そっか。やっぱりルカには敵わないな。」
寂し気に視線を下げるパトリシアだったが、ルカは一歩近づいて膝をついた。
「パット、あ、いえ。パトリシア殿下。あなたはそんなスパイのようなことをする立場の方ではありません。いつも通り、まっすぐに前を見て、良識を持って、穏やかに、そして、イーダの国民のために尽力なさってください。それから、これは僕が口出しできることではありませんが、出来れば両国が友好な関係になって、行き来出来たら嬉しいです」
「ルカ、私を軽蔑しているのではないのか?」
悲し気な顔を見上げると、ルカはニカッと笑った。
「仕込みをした紙吹雪を作った後の、この世の終わりみたいな顔を見たら、軽蔑なんてできません。」
「ルカ、君と同室になれて私は幸運だった。」
「良い友人を得ていたのだな。先ほどのルカ殿の願い、出来るだけ叶えられるよう、私からも陛下に話そう。」
「では、我々はそろそろお暇致します。どうか3国が上下無く交流できますよう、お願いいたします。」
それだけ言うと、アーチャーは席を立った。細かい話は弁償も兼ねて後日になるだろう。アーチャー率いるコートミスティの面々は、馬車に乗り込んで帰っていった。
いよいよ執筆が連載に追いつかれてしまいました。汗
ここからはのんびり掲載になるかもしれませんが、どうぞよろしくお願いします。




