第6章 異変 6
「フィリップ、ちょっと来てくれ」
アリアが顔を出してフィリップを呼び出すと、再び去っていった。フィリップが馬車を降りて出ていくのを見送っていると、パットがポロリと呟いた。
「あの人は?」
「ああ、あの人が僕の師匠だよ。そういえば、会ってみたいって言ってたね」
「あんなに若い女性だったんだ。しかも美人なんだね。」
「まぁ、見た目はね。」
ルカの言葉に、ロベールとジョーも苦笑いを浮かべた。 そこへ、フィリップが戻ってきた。
「このまま部隊の馬車は待機で、イーダと話し合いをすることになったよ。とりあえず、この馬車は要人の護衛ってことで一緒に行くらしい。スタンリアの人たちも、賛同してくれたから、イーダの好戦的な派閥さえ出て来なければ、いいのだけれど。」
「あの、俺は部隊の馬車に移動した方がいいんじゃないか?」
フィリップの話を聞いて、パットが遠慮がちに尋ねたが、ロベールがそれを許さなかった。
「気にしなくていい。お前には我々と一緒に来てもらう。」
ルカとジョーがふと視線を合わせる。ジョーも何かを感じているようだ。馬車は動きだし、どうやら先ぶれが行っていたようで、国境の門はすんなり通過していった。じっと一点を見つめているパットが気になって様子を見ていると、膝の上に乗せていた掌をぎゅっと握りしめているのが分かった。
「パット、大丈夫だよ。何かあったら僕が守るから。」
驚くパットに、ロベールとジョーも頷いて見せる。パットは瞑目し、覚悟を決めた。
しばらく行くと、馬車は止まり、アーチャーが声を掛けてきた。
「お前たちは、護衛という体で同行してくれ。一応、敵地だからな。簡易の防具をつけておけ」
それっと一式を投げ渡されて、パットは言葉も出ない。
「まぁ、そういう事だ。気にするな。行くぞ。」
ロベールは訳知り顔でいうと、自分もさっさと防具をつけて馬車を降りた。
外に出て見ると、スタンリアの人々は同行していなかった。どうやらアーチャーに一任することになったらしい。イーダの王宮の入り口には、外交官が立っていた。
「あなたがコートミスティのアーチャー首相ですね。すぐにビヨンテ首相の部屋にお通しします。」
頷くアーチャーの後ろを、ロベールや他の魔術師が防具を被って続く。一見しただけでは魔術師とは分からないだろう。どう見ても護衛だ。
上品な扉を開くと、中は執務室になっていた。室内ではビヨンテが来客を待っていた。
「急に押しかける形になって申し訳ない。ただ、今夜は我が国王の成婚式だというのに、いろいろとおかしなことが起こっていましてね。」
「そうでしたか。それはおめでたいことで。それで、我が国に何用ですかな?」
穏健派と聞いていても、はやり他国からの突然の訪問に、警戒心はむき出しだ。大き目のソファにビヨンテ、アーチャーが向かい合って座る。護衛の兵士は壁際にとどまった。アーチャーは世間話でもするかのように、淡々と北の壁の件や、栗色の髪の侍女の毒物混入の件などを伝えた。北の壁の事件では、爆弾のかけらも見つかっている。そこには、スタンリアと書かれてはいたが、その文字はイーダの物で間違いなかったのだ。
「はぁ~。」
体中の空気が全部出たのではないかと思われるほどの長いため息をついて、申し訳なさそうな瞳がアーチャーを見つめる。
「まちがいなく、これは我が国の者の仕業でしょう。お恥ずかしいことですが、国内の貴族にこのような暴挙に出る者がいないとは、言えない状況です。ただ、誤解のないようお伝えしますが、これは、我が国の国王の意向では、決してありません。」
「貴国の内情にまで口を出すつもりはありません。ただ、我が国としましても、国王の成婚式を目掛けた事件だけに、放置することが出来ないのです。それと…」
アーチャーは思わせぶるような態度で、ちらっと護衛たちを見てから続ける。
「我が国に、イーダの王子が留学中だとの報告が上がっていますが、ご存知でしょうか?」
「王子が?」
「そうです。確か、第二王子のパトリシア・イーダ殿だと」
ビヨンセは一気に緊張で身を固くした。
「お、王子がコートミスティに、ですか?そんなはずは…。陛下からは、王子には剣術を身につけさせたいとのことで、王弟殿下の率いる部隊で修行をさせていると聞いておりました。おい君。至急ライモンド殿下に事の次第を確認してくれ。」
側近がすぐさま部屋を出ると、
後ろでカタンっと防具の音がして、背の高い護衛がその身を支えていた。
「ルカ、どんな様子だったか教えてくれ」
「はい。」
ルカは、頭部の防具を外してぺこりと頭を下げると、穏やかに語りだした。
「彼は、王宮の文官として働いています。宿舎では僕と同室なんです。物静かで知的で、とても礼儀正しい人物です。レディに対する対応を教えてくれたり、疲れたときはお互い励まし合って仕事をこなしてきた僕の友人です。ただ…」
「ただ?」
ビヨンテの眉間には、深いしわが入り、それでも少しでも有益な情報を知りたいと、ルカに詰め寄った。
「陛下の成婚式で、王宮のまどから紙吹雪を飛ばす仕事があったのですが、彼は毒薬をその紙吹雪に掛けていました。もちろん、気が付いたときに、すべて魔法で毒素を取り除きましたけど。ただ、その後の彼の様子を見ていると、とても本意でやったとは思えなくて、これ以上彼を追い込みたくないのです。」
ロベールの後ろで、カタカタと防具が揺れる音が続いている。
バタンっと突然ドアが開き、派手な衣装の貴族らしい人物が入ってきた。
「ビヨンテ殿、どういうことですか?!表にコートミスティの馬車が止まっている!」
「なんですか、ノックもせずに。来客中ですよ」
立ちふさがる側近を打ち払う様にして、ずんずんと遠慮なく踏み込んで来る。
「あんな野蛮な連中を我が国に引き入れるとは…」
「コホン、野蛮で申し訳ありませんね。どなたかは存じませんが、首相の執務室にノックもせず乱入するとは、どちらが野蛮なのでしょう」
アーチャーが冷たい目で言い放つと、ぎっと睨みつけた。




