第6章 異変 5
「フィリップ殿から、新たな情報が入った。陛下は、今回の事を内密の内に治めたい考えだ。舞踏会の会場から客がいなくなり次第、国境に向かうぞ。」
「承知しました。」
アーチャーによると、水面下で武官たちが戦闘準備を進めているという。アレックスは、舞踏会の会場に再び姿を現し、翌日にはパレードがあるので、今日は早めに帰宅するようにと、笑顔で貴族たちの帰宅を促してた。
舞踏会の終了と共に、正面玄関は華やかな人々で溢れていた。成婚式や舞踏会の余韻に浸る貴族たちが、それぞれの馬車に乗り込んでは帰っていく。その裏手では、最低限の護衛を表側に残し、戦闘準備が進められていた。
「まったく、我が子孫ながらあきれ果てる。国を相手にして、一晩で肩をつけるつもりか。」
ロベール、ジョーを伴って、裏門に待機するアリアが、苦笑いする。その頃、舞踏会の衣装を着替えに部屋戻っていたルカは急いで裏門へと出かけようとしていた。
「ルカ、どうしたの?舞踏会は終ったんじゃないの?またどこかに出かけるの?」
「ああ、ちょっとジョー達に会う約束でね」
「そう、なのか。…なんか、おかしいんだ。」
「え?パット、どうしたの?」
ベッドに横たわってシーツでぐるぐる巻きになったまま、パットは窓の外を見つめていた。いや、窓の方角を見てはいたが、彼は違うものを見ていると、ルカにはなんとなく分かってしまった。
そっと覗き込むと、顔色は悪く、眉をしかめて何かにおびえているようにも見えた。
「ねえ!俺も連れて行ってよ!」
「え? ごめん。もうあまり時間がないんだ。明日はパレードがあるから、きっと僕らも駆り出されるよ。今日はゆっくり休んでおいた方がいいよ」
「頼む、ここにいるのが不安で仕方ないんだ!」
「パット、どうしたんだよ?」
その時、ノックと共にロベールが入ってきた。
「おい、ルカ。まだか!」
そう言い放ってから、その冷たい視線をパットに向けて黙り込む。そして、数秒の後、ぼそりとつぶやいた。
「こいつも連れて行こう」
裏門には、アーチャーたちが馬にのって待機していた。武官たちは、大き目の幌馬車に分かれて乗っていて、出発の時間を待っていた。
「こっちだ。お前も来い。」
ロベールがアーチャーたちのすぐ後ろに待機している馬車にルカとパットを乗せると、アーチャーの掛け声とともに部隊は移動を始めた。
「お義兄さんも来ていたんですね。お疲れ様です。」
隊列が動きだしてすぐ、ルカはフィリップに気が付いて声を掛けた。義兄はそうなんだとにこやかに返していたが、ふと黙り込むと、ルカに顔を近づけてぼそりと呟いた。
「君の友人は今、大きな岐路に立たされている。悪意ある大人たちにそそのかされて苦しんでいるんだ」
すると、隣にいたロベールがルカの脇腹をつついて小声で混ざる。
「今の話はあいつの事だ」
その視線を辿ると、うつむいて暗い顔をしたパットに行き当たった。ルカの中で、認めたくなかったことが、はっきりとした形になり始めていた。フィリップは、なんでもない風にパットに声を掛ける。
「こんばんは。私はフィリップ・コールマン。ルカの姉の夫なんだ。よろしく」
「あ、じゃあ、スカーレットさんの?こちらこそ、よろしくお願いします。」
簡単に握手を交わした後、再び沈黙が訪れた。ふぅっと微かにため息をついて、フィリップは幌馬車の天井を見上げる。あの瞬間にパットの不安が頭の中にまざまざと流れ込んできたのだ。
しばらく行くと、馬車の速度が落ち着いてくる。どうやら北西の国境付近に到着したようだ。アーチャーが誰かとあいさつを交わしているのが聞こえる。ロベールからは、指示が出るまで顔を出すなと注意を受けた。
馬車の中にいる者は、みんな静かに待機している。アーチャーたちの会話に若い女性の声も混じってきた。これはアリアだ。
「こちらには、イーダの王子が居るのだ。話し合いでなんとか解決できないだろうか」
そんな声が聞こえてきて、みんなは顔を見合わせた。
「おい、ルカ。今なんて言った?イーダの王子って聞こえたんだけど」
「しーっ。ジョー、きっと後で説明があるよ。今は待っていよう」
「分かったよ。だけど…もし本当にイーダの王子が居るなら、可哀そうだよな。周りは敵ばかり。どんな思いでこっちの国にいるんだろう。」
「そうだね。話し合いで解決して、お互いに持ちつ持たれつができたらいいのにね。」
二人してしんみりしていると、ジョーのお腹がきゅるるっと緊張感のない音を立てた。
「はぁ…」
ロベールがすっと席を立ったと思ったら、自分のリュックから何やらケースを取り出して、中身をジョーに渡していた。
「これは!ローストビーフサンド!部隊長―!ありがとうございます!」
「お前は警護に当たっていたから、食事する暇もなかっただろう。」
ご機嫌でサンドウィッチにかじりつくジョーを見ながら、ロベールが意外に気遣いの人なんだなと感心するルカだった。そういえば、パットは食事を摂れたのだろうか。心配になって隅に座っている同僚に目をやるが、ぼんやりと幌の内側を眺めているだけだった。
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