第6章 異変 4
きらびやかな会場には、ここぞとばかりに着飾った貴族たちが楽し気に談笑している。王族控室にやってきたルカを、ローリーがほっとした顔で迎え入れた。
「ホリーの控室まで迎えに行ってくるかい?王族の入場は最後になるから、それまでこちらで待機なんだ。」
「分かりました。」
護衛に部屋まで案内してもらったルカは、侍女の取次を待って入室する。
「ホリー王女様、お迎えに上がり…!!」
夜のパーティー用に着替えたホリーは、陶器のようななめらかな肩が露わになったサテンのドレスで、ルカの言葉を途切れさせるの十分な美しさだった。
「え?ルカ様? ローリーがエスコートするんじゃなかったのですの?」
「あっ、ええ、先ほど、ローリー殿下から、ご指名頂きました。僕では役不足でしょうか?」
焦るルカに慌てて顔を横に振るホリーを、傍仕えの侍女がゴホンと窘める。
「あの、ええっと。す、素敵なドレスですね。わぁ、ごめんなさい。エスコートするときは、ちゃんと相手のことを褒めてから手を差し出すようにって、教えられたのに。どど、どうしよう。王女様がきれいすぎて、言葉が出ないんです!」
ルカは、しゃがみ込んで頭を抱えてしまった。それを、呆気に取られて見ていた侍女たちが、一斉に笑い出した。
「分かりますわ。本当におきれいになられましたものね。ルカ様、初めてのエスコートですのね? どうぞ、気を取り直して、思った通りの誉め言葉を王女さまにお伝えください。」
周りの生暖かい笑顔に励まされ、再びホリーの前に進み出ると、大きく深呼吸をして発言する。
「ホリー王女様、そのドレスも、真珠のネックレスも、霞んでしまうほど美しいです。不慣れで情けない僕のエスコートですが、どうかお許しください。」
「こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いします。」
ぎこちなく向かい合うが、なかなかお互いを見ることが出来ない二人を見て、侍女頭がほほほと楽し気に笑う。
「さぁさ、お時間が迫っていますよ。ルカ様、王女様をどうぞよろしくお願いしますね。」
「はい。では、行ってきます。」
ルカの腕にそっと手をかけて歩き出すが、なかなか二人は顔を見合わせることができない。王族の控室まで来ると、アレックスとジュリアが満面の笑顔で迎えた。
「さて、そろそろ時間だな。ルカ、妹を頼んだよ。」
アレックスの言葉は、そのままの意味のはずなのに、一層二人を赤面させた。
会場に入ると、強い視線にはっとする。公爵とその嫡男だ。その視線は、なぜおまえがホリーをエスコートしているのだと如実に語っている。
会場では、アレックスが集まった貴族にあいさつをし、ホリーのエスコートに、最近の功労者のルカを抜擢したのだと発表した。
そして、音楽が鳴りだすと、アレックスは早速ジュリアを広間の中央に連れ出した。ともに王族として暮らしてきた同志、優雅なダンスに、周囲はうっとりと見とれていた。
「ルカ、次は君たちの番だ。」
急にアレックスに振られて、慌ててホールの中央にやってきたルカは、緊張しながらも、パットに教えられた通り、片膝をついてホリーにダンスを踊ってほしいとお願いする。頬を染めながら頷くホリーの手を取り、ダンスが始まった。
周りでは、若い二人のダンスを穏やかに見守る者、あのお転婆な王女が?と囁く者、そして、ルカの素性を知りたがる者などで、ざわめいている。しかし、二人の楽しそうな笑顔で、そんな噂などあっという間にかき消されていった。
ホリーとのダンスが終わって、王女をローリーの元に案内すると、すぐさま貴族令嬢やその親たちに囲まれた。
「ルカ殿、うちの娘と一曲お願いします」
「いえ、我が家が先だ。」
「あら、私が先よ!」
あれよあれよという間に貴族たちに囲まれたルカは、ぱっと姿を消して控室に逃げ込んだ。
「ああ、怖かった。」
「ははは、大変な目にあったな。まずはここでゆっくり食事を摂ればいい。」
アリアがワインを片手に弟子の災難を笑い飛ばしていた。そのすぐ隣には、双子も食事中だ。おいしそうな料理が並んでいる中、デザートだけがなぜかいつもと違っていた。
「あの、デザートはどうして…」
ルカが声を掛けると、給仕に来ていた一人が申し訳なさそうに答えた。
「デザート担当の者が怪我をしたとかで、急きょ違うものが担当になりまして。なんでも、バラの花びらを触っただけなのに、具合が悪くなったとか。不思議なんです。」
「もしかして、バラのジャムをお願いしていたからかしら。」
「ああ、そうでした。でも、王女様のお手に害がなくて良かったです。」
ホリーは自分が頼んでいたために怪我をさせてしまったと、心配そうにしていたが、ルカは、頭の片隅に、バラ園についてなにか聞いたような気がして、思いめぐらせていた。そして、ふと、心配そうに自分を見上げる瞳に気が付いて、慌てて笑顔を作る。
「ホリー王女様、先ほどはありがとうございました。王女様と踊れるなんて、夢の様でした。」
「ねえ、ルカ殿。ルカ殿は結婚される予定はないのですか?」
照れて下を向く二人の間に割って入ったのは、ローリーだった。
「爵位ももらえたのだし、貴族として、領主として、これからがんばらないといけませんね。」
「そ、そうですね。まだ領地経営については勉強を始めたばかりで…」
そんな言葉を、頬杖をついて見つめていたローリーは、ちらりとホリーを見て続ける。
「僕の妹は、これでも経済の勉強は早くからやってるんですよ。お役に立つと思いますけどねぇ。」
「ほう、楽しそうな話だな。」
アレックスがジュリアを連れて入室すると、グイっと寄って来て座りこんだ。アリアも席を立って、ルカの横を陣取っている。
「私の弟子は、色恋沙汰にはとんと縁がなくてな。そろそろ考えてもいい頃なんだが。」
「師匠。からかわないでください。僕が誰と結婚するかは、僕自身が決めます!」
そう言った途端、シンッと場が静まった。我に返ったルカが見たのは、視線を下げるホリーの姿だった。しまった、誤解されてしまう。そう思った時、アーチャーがやってきて、アレックスに耳打ちする。
アレックスの表情がきっと引き締まったのを見て、何かが起こったことを感じたルカは、部屋を飛び出すアーチャーに続いて、自分も動きだした。
「ホリー、誤解しないで上げて。あの動き、どう見ても何かあったのを感じ取ったんだ。」
「分かってるわ。少しだけ、不安になっただけよ。」
ローリーの慰めは嬉しいけれど、素直に受け止めたくない。片意地を張ってでも、平気なふりで見送りたいのだ。しかし、そんなホリーの気持ちをルカが知ることはなかった。




