第6章 異変 3
ホリーが成婚式の会場へと出かけていくと、ベルはほっと安堵の息を吐いた。ホリーが幼いころからずっとそばに仕えていたベルにとって、今日のホリーは最高に美しいと周りに自慢して歩きたいほどの出来だったのだ。
成婚式が始まると同時に、厨房は殺気立つ。会場では優雅に給仕をするコックやフロア係も、厨房の中はてんやわんや。ベルもさっそくフロア係の手伝いに回っていた。
「あら?そういえば、何か王女様に頼まれていたような…。いえいえ、今は成婚式の方が大事よね。」
ベルは自分に頷いて、手を止めずに料理を配ったり、飲み物を提供したりと働いていたが、ふと窓の外を見ると、白い物がひらひらと舞っている。目を凝らしてみると、それはお祝いの紙吹雪だった。
同じころ、黙々と王宮の窓から文官たちが紙吹雪を散らせていた。紙吹雪は風に乗って、街中に広がっていく。青い空、緑の輝く庭園にも紙吹雪が舞っていた。
「パトリック、どうかしたのか?お前の担当の窓はまだ紙吹雪が出ていないみたいだが」
シュバイツァーがパトリックの部屋まで様子を見に来た。
「すみません。少し寒気がして…」
「おいおい、風でも引いたか?これが終わったら、文官のみんなにもごちそうが振舞われるんだぞ。紙吹雪は俺が変わってやるから、体調が落ち着きそうなら、集合場所に来てくれ」
布団をかぶったまま、「はい」とだけ返事をしたパトリックは、窓の外を舞い散る紙吹雪をじっと睨んでいた。
大聖堂では、牧師を前に、国王の正装に身を包んだアレックスが、花嫁の到着を待っていた。すっかり国王としての身の振り方が板についてきたアレックスだったが、今日だけは、なんとも落ち着かない様子で、初々しい一面をのぞかせた。
厳かに奏でられる音楽と共に、ジュリアがサンタリア国王にエスコートされながらやってくる。しっかりもので、国王の右腕とまで言われていたジュリアだが、純白のドレスに身を包み、長いベールを垂らして、静々と歩みを進める姿は、柔らかなビロードに乗せられた宝石のような美しさだった。
父の腕を離れ、自分の差し出す掌にそっとその手をゆだねる新婦の姿に思わず見惚れるアレックスを、参列する誰もが祝福していた。
「お兄様、幸せそう。」
そう呟いたホリーは、すでにアレックスから他の誰かを探す様に目を移していた。それを見ていたローリーが、ゴホンと咳払いする。
「ルカ殿はあちらの席だよ。ほら、アリア様の隣。」
その言葉に思わずその姿を確かめると、普段は見ないような正装に身を包んだルカが、温かなまなざしをアレックスに送っているのが見えた。ルカは、ふと何かに気付いたようにホリーに視線を送り、目が合った瞬間、目を見開いてみるみる顔を赤くした。
「気づいてもらえたようで、よかったな。」
いつもなら突っ込みたいところだが、今日ばかりはそっと頷くホリーだった。もう一度ルカに視線を戻すと、慌てた様子で目をそらす姿があった。
挙式が終わると、会場はバラ園に移された。貴族たちは順番に新しい国王夫妻にあいさつをして、そのまま気ままに立食パーティーへと進んでいく。貴族令嬢たちにとっては、結婚相手を見つける戦場だ。あっという間に囲まれたルカだった。迫りくる着飾った令嬢たちの香水の匂いに頭がくらくらする。なんとか、仕事があるからと抜け出して、王城の中に逃げ込むと、後ろから声を掛けられた。
「すごい人気ですね。」
「ローリー殿下。いやぁ、貴族女性ってあんなに迫力があるんですね。怖かったぁ」
「その様子では、食事もままならなかったでしょう。こっちの控室に来れば落ち着いて食事ができますよ」
女性の恐ろしさにびくついているルカを楽し気に見ながら、ローリーが食事に誘ったので、ルカすぐさまそれに飛びついた。
「女性陣はこの後すぐ夜の舞踏会の衣装に着替えるので、我々は、ゆっくりしましょう。」
王宮を奥へと進んでいると、何やら慌ただしい様子のアーチャーと出会った。
「何かあったのですか?」
「ああ、大したことじゃない。例の栗色の三つ編みをうっかり捕縛しなかったというんでな。だが、バラ園を担当させて厨房には入れていないから大丈夫だ。」
すでに見つかって取り調べに向かうところだというので、ローリーとルカは食事に向かった。控室には、立食パーティーで出されているすべての料理が揃っていた。
「あれ?なんだかスィーツがいつもと違うね。」
「申し訳ございません。スィーツ担当がちょっとしたアクシデントで休みまして…」
ローリーが近くの配膳係に尋ねると、そんな答えが返ってきた。確かにいつもは完璧な美しいデザートが並ぶのだが、今日は少しいびつだった。
「何かあったんですが?」
「その、ホリー王女様に頼まれていたバラジャムを作ろうと花びらを触った途端、ひどく荒れてしまったようで。王女様はなんともなかったようで、それは良かったのですが」
ルカも気になって尋ねたが、どうしてバラの花びらを触って肌が荒れたりするのか、理解に苦しむ。気になりながらも、食事を済ませると、ローリーが真剣な面持ちでルカに話しかけてきた。
「ルカ殿、折り入ってお願いがあるのですが。」
恥ずかしそうというか申し訳なさそうというか、普段と違うローリーの表情に首をかしげていると、ぽろりと言葉がこぼれた。
「この後の舞踏会で、ホリーのエスコートとダンスのお相手をお願いしたいのです。あいつ、普段はズケズケと何でも言うくせに、肝心なところで意気地がなくて…。」
「王女様のお相手が、僕なんかでよろしいのでしょうか?」
「実は、公爵家から縁談のお話が出ているのですが、あんなお転婆はうちぐらいしか対応できないだろうなんて言われたものだから、さすがにかわいそうで。」
むっとした表情になったのは、ルカも同じだった。ホリーが幸せになるのなら、貴族の結婚などそんなものだと分かっているつもりだが、結婚前から見下げた言い方をされているのは納得できない。
「分かりました。僕で良ければ喜んで!」
いったん自分の部屋に戻ったルカは、焦っていた。勢いづいてエスコートを了解したものの一体どうやったらいいのかさっぱり分からない。
「らしくないね、そんなにうろうろして。どうしたの?」
体調が悪いとベッドにいたパトリックが声を掛けてきた。
「夜の部で、ホリー王女様のエスコートを頼まれたんだ。適当にOKしたものの、どうしていいんだか、分からなくて。」
「フフフ。ルカはなんでもできる人だと思ってたけど、そんな風に焦ることもあるんだね。」
「なに言ってるんだ。なんでも出来る人なんていないよ。ていうか、どうしたらいいと思う?」
パトリックは、優雅にエスコートするコツをトクトクと教える。
「パット、君が王子様に見えて来たよ。」
「ば、バカなこと言ってるんじゃないよ!あー、また熱が上がりそうだ。おやすみ!」
「ははは。ありがとう。」




