第6章 異変 2
文官が大会議室に集められ、軍部から詳細が伝えられるのを待っていると、ローリーの側近セオがルカを呼びに来た。
「ルカ様。緊急で、こちらに。」
顔を伏せ、辺りの者に隠れるようにフードをかぶったセオは、そそくさとルカを連れて王宮の奥へと案内する。
「申し訳ありません。実は、先日作っていただいた例の(・)大聖堂の外側の壁が爆破される事案が発生しました。 その件で、陛下がルカ様の意見を聞きたいと。どうも内部に内通者がいるかもしれないとのことです」
「内通者だって? 分かりました。では、すぐに陛下の元に向かいましょう。」
セオが大きな扉の前で、護衛に声を掛けると、すぐに中に通してもらえた。
「ああ、ルカ。来てくれたか。一日早いが、ほぼ先日の予告通りだ。大聖堂の北側の壁に爆弾が仕掛けられていた。まぁ、偽の壁にしっかり騙されてくれたので、問題ないが。ただ、こんなものが落ちていた。」
アレックスが差し出したのは、爆弾の破片で、ご丁寧に隣国の名前が入っていた。
「サンタリカ製の爆弾ってことですか?…ん?サンタリアって、こんな綴りなんですね。」
「え?」
ルカが何気なく言った言葉に、改めて破片を見ると、確かにサンタリアの綴りが間違っている。
「ルカ、でかした!そういうことか!おい、アーチャーを呼べ!すぐに作戦会議だ。ルカも参加してくれ。」
アレックスは、楽し気に近衛兵に指示を飛ばすと、にやりと笑った。しかし、ルカの表情はさえなかった。
アーチャーがやってくると、早速会議が始まった。セオが話していた通り、大聖堂の北側の壁を防御するように作っていた偽の壁は見事に壊されていた。しかし、そこに至るまでの王城敷地内への侵入経路が分からなかったのだ。
「あの時間帯、開門しているのは、資材や食料を搬入する裏門と、来賓を招く正門ぐらいだ。正門は言わずと知れた門兵が身分証のチェックを行う。となると、裏門ということになるが…。」
解せぬという顔で、アーチャーが報告する。
「しかも、壁を壊した機材がどこにも見当たらないのだ。あれだけの轟音がなったのだ。護衛たちがすぐに現場に駆け付けたのは間違いない。ところが、そこには大きな重機や大砲などがなかったのだ。」
「まさか、人が撃つ銃などで、あの壁を壊したとは考えられませんよね。」
アレックスが言うと、思わずルカも声をあげた。
「ところが、そのまさかってことがあったかもしれないのです。片手で撃てる拳銃とまではいきませんが、ロケットランチャーなるものが、北の国には存在します。今年の初め、隣国サンタリアと北の国イーダの国境での小競り合いの際に使われたと聞いています。肩に乗せて砲撃するそうですが、業者の荷物に紛れることも可能な大きさだそうです。」
アーチャーの発言に、その場の気温がスンっと下がった。北の山岳地帯にあるイーダという国は、工業が盛んな国。武器の開発にも力を入れているのだろう。
「まったく、質が悪いな。今後の対応はアレックスにゆだねるとして、とりあえず明日の成婚式ぐらいは、我々魔術師でなんとかしよう。」
どこからか現れたアリアが、ルカの肩を叩いて言う。その言葉で会議はお開きとなった。成婚式は明日なのだ。のんびりする時間はない。ルカは、アリアと何やら話し合い、アーチャーは侍女頭との打ち合わせに向かった。
南のバラ園では、ホリーがせっせとバラの花を摘んでいた。天気も良く、青い空に淡いピンクや赤、白、いろとりどりのバラが映える。若き国王の婚姻にぴったりの素晴らしい一日の始まりだ。
「はぁ、いい香り。新しい王妃様は気に入ってくれるかしら。」
アレックスに紹介された時、ジュリアと少し言葉を交わしたホリーだった。姉たちのように対等に話をする自信はなかったが、ジュリアは気さくでホリーにも明るい笑顔を向けてくれた。ホリーは、それが嬉しくて、王宮自慢のバラを使ったジャムをプレゼントしようと考えたのだ。
優雅な香りが辺り一面を満たしている。ホリーはつい夢見心地になるのだった。
「今日はルカ様もお見えになるわ。少しでもお話する機会があるといいのだけど。」
バラの垣根にしゃがみ込んで、ふとルカのことを思い出すと、もうそれだけで幸せな気持ちになれる。その時、ふいにザックザックと侍女にしては荒っぽい足音が聞こえてきた。
「ちっ!どうして私がバラ園に配属なのよ! 厨房の人出が足りないんじゃなかったの?バラは棘があるから嫌いなのに!こんなところにいては、お役目も果たせないわ」
ホリーがそっとバラの枝の隙間から覗いてみると、見知らぬ侍女服を着た女性が、バラをザクザク切っている。
「ここにいらしたのね、ホリー王女!もう!お式の準備がありますのに!」
「あら、ベル。今日の記念にジュリア様にバラのジャムを作って差し上げようと思って摘んでいたのよ。」
「ホリー様!」
ベルは腰に手を当ててぎゅっと睨んでいる。もちろん、そんな姿は日常茶飯事なので、ホリーは何とも思っていないが。
「とにかくこちらは急いでおります。早くお部屋にお戻りください。」
「あ、もう。ベルったら。このバラでバラジャムを作るのよ。厨房へ…」
「はいはい。分かりました。それは後程私が厨房へお持ちしますから。」
ベルはホリーの腕を掴むと、さっさと部屋に連れ戻し、そこには摘んだばかりのバラの花が籠ごと残されたままになってしまった。
一方、バラを摘みながらそのやり取りを聞いていた侍女は、栗色の三つ編みをぷいっと後ろに跳ね上げて、ホリーの残したバラの籠に目をやった。
「厨房に入れないなら、ここに仕込むしかないわね。ジュリア王女にプレゼントするならお誂え向きだわ。」
侍女はポケットから小瓶を出して、その中身を集められたバラの花に振りかけると、何食わぬ顔でバラの束を抱えて王城に戻っていった。
ホリーの部屋では、バラの湯あみ、マッサージ、そしてコルセットの着用と、侍女たち総出で準備が整えられる。鏡に映った自分の姿に、ほうっと見惚れてしまい、急にはずかしくなった。
「王女様、大変お似合いですよ。ルカ様もきっと見とれてしまわれますわ。」
「え?」
急に顔が熱くなって、侍女たちの笑顔が痛い。その時、ドアがノックされ、ローリーがやってきた。
「準備は出来たか?あ…」
言葉が途切れ、侍女たちが振り向くと、コホンと咳払いをして、ローリーは改めてホリーに声を掛ける。
「随分美しく整えてもらったんだな。やはりエスコートはルカ殿に頼むべきだったか」
「も、もう!ローリーの意地悪!」
口をとがらせても、その美しさは隠せない。ローリーはほんの少し、寂しさを覚えるのだった。
「さぁ、行こう」
ローリーにエスコートされて、ホリーは会場へと出かけて行った。




