第6章 異変 1
あの日から、私を取り巻く環境は大きく変わってしまった。少女のように可憐な風貌のあの大魔法使いアリア様が、母上に国王の代替わりを言い渡したからだ。
それまでの私は、ただ普通に剣の技を磨き、勉強に集中していればよかった。確かに父上のやり方には賛同できかねたが、自分の代に変わったら、何とかなるだろうと思っていたのだ。
それがどうだ。強い後ろ盾だと思っていた父上は更迭され、表向きは王座を息子に譲って、悠々自適な御隠居ぐらしとなっているが、つまりは離島での幽閉だ。厳重に周囲を警護され、下心のある貴族が近寄る隙も無い。
しかし、これで良かったのだと、最近は思う様になってきた。貴族の1/3ほどは、キャンベルやゴードンの息がかかっていて力を失ったが、誠実な貴族たちが、支えてくれるようになった。しかも、アリア様や、アーチャー首相がまだ力の弱い私のサポートをしてくれることになったのだ。そんな折、母上から縁談の話が持ち上がった。
「陛下、そろそろ身を固められてはいかがですか? 長らく友好関係が続いている隣国サンタリアの王女様とのお話が上がっているのですよ。」
母上は、嬉しそうに絵姿を差し出した。結婚など考えたこともなかったのだが、その絵姿を
見て、遠い記憶を思い出した。そう、まだ幼った頃、私はこの王女と遊んだ記憶があったのだ。
芝生の上の転げまわり、虫取りに興じて、確か木登りを教えてくれたのも彼女だった。
我が王族の中にも、妹たちがいるので、若い女性がどういうものかは、分かっているつもりでいたが、彼女は規格外だ。まぁ、ホリーは少し彼女に似ているようだが。
久しぶりに彼女にあった時、ジュリアは笑顔を張り付けてはいるが、どうにも覇気がないというか、悲し気な顔をしていた。
「アレックス陛下。ご立派になられて、その、驚いております。私のような粗忽物があなた様のお相手に相応しいとは思えなくて…。申し訳ございません。」
「どうしてそう思う?粗忽物などと、思ったことは一度もないぞ。」
ジュリアは、少しためらっていたようだが、ぽつりとつぶやいた。
「日ごろから、教育係のベガ侯爵夫人から、落ち着きがないと注意をされていたのです。今回、アレックス陛下との縁談が上がった時も、ベガ侯爵夫人にはサンタリアの国に恥をかかさぬようにと強く言い渡されて、私の経歴に傷がつく前に、辞退した方がいいと勧められました。」
「ベガ侯爵夫人か…。気にするな。私たちは、子どものころ、いっしょに遊んだ仲ではないか。」
ジュリアはとても気にしていたが、決して落ち着きがないわけでも、下品なわけでもなかった。好奇心が旺盛で、いろんなものに興味を示し、それを学んでいく知的な女性だった。会話がどんどん弾んで、時間がすぐに過ぎ去ってしまう。
ふと、いたずら心が頭をもたげて、私はこんな提案をしてみたのだ。
「ジュリア、そんなにベガ夫人が反対するのなら、ベガ夫人の前では、私に相手にされていないようなふりをしておけばいい。そして、最後に驚かせてやろう。」
ジュリアは目を見開いて驚いていたが、私の提案に乗ってくれた。手紙のやりとりは鳩便を使って、直接彼女の部屋の窓に届けるようにした。サンタリアの国王へは、国王同志のやり取りとして、他の者には、内容を改められないように蝋封するように心掛けた。
サンタリアに自然災害が起こった折は、アリア様の活躍のお陰で、サンタリアの国民のコートミスティへの好感度はうなぎのぼりだった。そして、そのタイミングで、サンタリアの国王は、国民にジュリアの婚姻が決まったと発表したのだ。
まったく、彼の国王の機転には頭が下がる。彼はすでに、ベガ夫人の背後にいる何かに気付いていたのだ。
ジュリアとは意気投合していたから、婚姻になんの不満もない。それどころか、彼女が相棒になってくれるなら、こんなに心強いことはないのだ。しかし、これからが本番だ。もちろん、サンタリアの王も、ひそかに準備は進めているだろうが、同盟国である我が国としても、しっかり仕込みをしておく必要がある。
執務室のドアがノックされた、アーチャーか。さて、新たなる魔術師の見立てはどうだったか。
***
「失礼いたします。陛下、フィリップ・コールマンの見立てについてご報告いたします。」
アーチャーの表情から未来を見通せる力が本当にあったのだと悟ったアレックスは、差し出された書類を受け取りながら、すでに心配はなさそうだと感じていた。
「栗色の三つ編みの侍女につきましては、緊急の名の元、他の仕事に当たらせます。そして、大聖堂北側の壁に関しましては、ちょっとした細工を予定しています。陛下の成婚式の邪魔はさせません。」
「頼りにしている。」
ルカが部屋に帰ると、パトリックがなにやら小さな紙をせっせと折っていた。
「パット、なにしているんだい?」
「ああ、ルカ。おかえり。ねえ、どう思う? この紙を小さな花の様に折って、婚姻後のパレードの時、王城から吹雪の様に散らすんだそうだよ。だからってさぁ。僕らがそれを折るなんて。」
「まぁ、大量に散らすんだろうなぁ。僕も手伝うよ。」
「ああ、ルカ。悪いけど、君の分も別に届いているよ。先に自分のからやった方がいい。」
パトリックがロッカーから引きずり出してきた大きな袋を見て、ルカは絶句した。
ため息をつきながら、二人はせっせと紙を折り続ける。
「ねえ、ルカ。さっきは何の用事だったんだい?」
「ああ、義兄を紹介してくれって話だったから、来てもらってたんだ。そしたら師匠と鉢合わせて、そのまま修行の内容のことで、いろいろ言われちゃってさ」
「へぇ、厳しいんだな。一度でいいからその師匠にあってみたいなぁ。大魔法使いなんだろう?」
「残念だけど、それは無理かな。僕にも、いつどこにいるのかなんて、さっぱり分からないんだ」
パトリックは思わず手を止めてルカを凝視する。
「なんだそれ。じゃあ、どうやって連絡を取るんだ?」
「ああ、僕らにはちょっとした連絡方法があるんだ」
「ちょっとしたって?」
パトリックは興味津々でルカを見つめるが、こればかりは公に出来ない。
「ま、いろいろさ。なんせ相手は大魔法使いだからね。」
「ふ~ん」
その作業は、成婚式前日まで、昼夜を問わず続けられた。
成婚式を前日に控えたその日、ルカたち文官は、それぞれが折り上げた紙吹雪を袋に詰めて、王宮内のあちらこちらに配置に回っていた。
「いい天気だなぁ。この分だと、明日も素晴らしい式典になりそうだ。」
ルカが窓の外を見やって言うと、「無事に済むといいね」とパトリックはぼそりとつぶやいた。
「どうした?寝不足かい?」
「いやぁ、寝不足に肩こり、もう目もしょぼしょぼだよ。僕は成婚式が終わり次第、絶対休暇をもらう!」
「そっか。トイレで居眠りするぐらいには、寝不足だったよね。」
そんなパトリックと笑い合いながら、粛々と準備を進めていた時だった。
ドドドーンっと、足元が揺らぐような衝撃が走り、辺りは騒然となった。そして、すぐに、伝令が回ってくる。
「文官は大会議室に集合!何か事件が起こったらしい!急げ!」
「パット、急ごう!パット?」
ルカが声を掛けるが、パトリックは顔をこわばらせて固まってしまった。
「パット!しっかりしろ!とりあえず僕らは大会議室だ。行くよ!」
「あ、ああ。」
大会議室に向かって走り出したルカだったが、はたと立ち止まる。
「あ、しまった。忘れ物! パット、悪いけど先に行って。すぐに追いつくよ」
「ああ、分かった。」




