第5章 本領 6
謁見の間が一瞬にして凍り付いたように感じた。なりたての貴族をちらっと見て考えたアレックスは、ルカとアーチャーを残し、人払いをしてルカに向き直った。
「急なことですまない。ちょっと知恵を貸してくれ。 私の成婚式の邪魔をすると、手紙が届いたそうだ。」
「なんということを!」
冷静に言うアレックスとは対照的に、アーチャーは瞑目する。新人伯爵は、この若き王が何かに気付いていると察して問いただした。
「陛下、心当たりがおありなんですね。」
「ふむ、おまえには隠し事が出来ないか。嫁いでくるジュリアは隣国サンタリアの王女だ。サンタリアでは、歓迎されていたが、国王からは秘密裏に同盟を結んでほしいといわれていてな。」
「どうして同盟が秘密裏に行われないといけないのです?」
アレックスは、じっとルカを見つめていたが、アーチャーに目配せして了解を取ると、覚悟を決めたように話し出した。
「これは、極秘の話だ。おまえには、これから何かとこのような話が行くと思うので、今のうちに伝えておこう。我がコートミスティの西隣のサンタリア王国の北側にある東西に細長い国、イーダを知っているか。我が国の北西部の一部も隣接しているが、その国が、どうやらサンタリアを狙っているようなのだ。」
生まれてこの方、戦争など経験のなかったルカにとっては青天の霹靂だった。コートミスティは、豊な漁場を持ち、広い農地にも恵まれた国だ。先王までの政治で身分差はあるが、だれもが何不自由ない暮らしをしている。
隣国サンタリアは、海には面していないが、広大な草原を持ち、酪農、農業が盛んな国だ。コートミスティとの交易も盛んで、国民性もおだやか。わざわざ今頃同盟を結ばずとも、良好な関係を保っている。では、イーダは、どうだ。
「イーダという国は、山岳地帯にあると記憶していますが、国政に問題でもあるのでしょうか?」
「あの国は、工業が盛んな国でな。技術的には素晴らしいものを持っていると聞く。しかし、国民性がな。好戦的で油断できないのだ。私とジュリアとの結婚は、そのまま同盟を結んだと捉えられたのだろう。」
「それで成婚式の邪魔を? 話し合うという考えは…」
言いかけたルカは、アレックスとアーチャーの疲れた表情で口を閉ざした。
「技術的には大きく差をつけられているだけに、何を仕掛けてくるかさっぱり分からん。何か、先読みできるような魔法はないだろうか。」
サファイアの瞳がルカをじっと見つめている。何か、思い当たったはずなのに、思い出せない。先の事が分かる魔法。それは今まで聞いたことがなかった。風を操るジョーや水や氷の魔法を得意とするロベールではできないだろう。その時、ふと浮かんだ顔があった。
「あ!フィリップさんなら…!」
「フィリップ?どのような人物だ。」
「先日結婚した義兄です。ランダムに予知ができるようで、先日は、結婚式場の裏の岩が崩れそうだと言って、僕を連れて現場に行きました。だけど、どこまで的確に発動するのかは、分かりません。本人からも、時々未来の情景が見えるとしか聞いていないのです。」
「アーチャー、すぐにフィリップをここへ。」
「はっ!」
ルカが止める間もなく、アーチャーは退室してしまった。
「どうした?」
「あの、フィリップさんは、僕の姉と2日前に結婚式を挙げたばかりで、今は、旅行に出かけています。コールマン伯爵領の別宅に行くと言っていました。」
「おお、そうか。それならすぐに連絡が付くだろう。おい、君。アーチャーに伝えてくれ」
「ああ、そうじゃなくて!新婚旅行のお邪魔になるかと…」
ギロリと鋭く睨まれて、ルカは声が小さくなる。
「これは国家に係る事件だ。諦めろ。」
その翌日には、フィリップは王宮にやってきた。まさかハネムーンの最中に、呼び出されるとは思わなかっただろう。同じく呼び出されたルカは、首相の執務室のソファに座りながら、申し訳ない気持ちでちらりとフィリップの様子を伺った。
「すみません。僕がうっかり口を滑らせたばっかりに。」
「心配するな。ここに来るのを迷っていたら、スカーレットにさっさと行きなさいと叱られたんだ。あなたには才能があるのだから、しっかり生かさないとダメだってさ。」
しょぼくれるルカの肩に手を置いて、フィリップはまんざらでもなさそうだった。
「新婚旅行中に呼び出されるなんて、あいつがどれだけ機嫌を損ねるかとぞっとしてたんだ。だけど、まさか応援してるなんて、言われるとは思わなくてな。なんか…、ちょっと惚れ直したな。」
そんなやりとりをしていると、アーチャーが入ってきた。
「コールマン殿。急に呼び立ててすまなかった。それで、陛下から預かっている手紙はこれなんだが、これで何か分かるだろうか。」
慌てて立ち上がり、挨拶をするフィリップに、アーチャーは早速手紙を差し出した。
「首相。私には未来が見えることはありますが、必ず見えるわけではないのです。その辺り、ご了承ください。では、失礼します。」
フィリップがそっと問題の手紙を手に取ると、すぐさま「うわぁ!!」と声をあげてしりもちをついてしまった。そのまま、口に手を当て、眉をひそめた彼を、アーチャーはじっと凝視していた。
「何か見えたのか?」
そっと手を差し伸べて、フィリップを椅子に座らせると、自分も席に着いて尋ねた。
「ええ、まず、栗色の髪を三つ編みにした侍女が、何かを食事に混ぜ込んで、正装した人々が苦しそうに倒れていくのが見えました。それとは別に、半透明な石がはめ込まれた真っ白な壁を何者かがぶち壊しているのが見えました。なんてことだ。めちゃくちゃだ…」
黙って聞いていたアーチャーは、半透明な石と白い壁が、大聖堂の誓いの塔であるとすぐに気が付いた。今回のアレックスの成婚式では、王宮内にある大聖堂の誓いの塔での挙式と、その隣にある広大なバラ園でのガーデンパーティー。その後、衣裳を着替えて、夜の舞踏会が予定されていたのだ。
「フィリップ殿、その白い壁の石は、どのような模様になっていた?」
「山々を模したような形でしたね」
「そうか、つまり、大聖堂の北側からやってくるということか。分かった。ありがとう。貴殿には、後程お礼の品を送らせてもらおう。とりあえず、こちらを、細君に。」
アーチャーがベルを鳴らすと、護衛が美しいバラの花束を運んできた。これは、南のバラ園に咲いていた物だろう。色とりどりで高貴な香りが漂っている。
フィリップは王宮が準備した馬車に乗って、再びスカーレットの元に帰っていった。
「ルカ、よくぞ見つけて来たな。」
「え?師匠?どちらに?」
壁に描かれた蔦の模様から、するりと出てきたアリアが微笑んでいう。
「あやつは我々の探していた人物だ。しかし、コールマンと名乗っていたな。」
「アリア様、すでに長い年月がすぎております。どちらかの親戚筋ではないでしょうか?」
現れたアリアに驚きもせず、アーチャーが答える。
「ああ、そうです。ヴァンサンという文官の先輩がいて、その人のいとこにあたるそうです。ヴァンサン先輩もフィリップさんに魔力があるのではと、尋ねられたことがありました。」
ルカの言葉に納得したように頷くと、遠くを見るように呟いた。
「そうか、ヴァンサンの血を継いでいたのか。それにしては…。」
言葉を濁すアリアをちらりと見ていたルカだったが、それ以上を問うことはできなかった。アーチャーからの大きな課題が出されたからだ。
「さて、えらいことになったな、ルカ。魔術の鍛錬と政治学、そこに領地経営まで加わるとはな。あのゴードン伯爵領は、リゾート地として栄えていた。美しい砂浜もあるが、山もある。確か奴は山には興味を示さなかったが、おまえはその魅力を知っているんだろ?」
「ソリターリオのことですか?…少し考えさせてください。」
ソリターリオの事を考えるとき、ルカの脳裏にはあのオオカミたちの姿が一番に思い出される。山の守り神として敬われてきた彼らに認めてもらえるようなやり方でなければ、許されない気がしていたのだ。




