第5章 本領 5
半年が過ぎ、スカーレットの結婚式が迫っていた。ルカは数日の休暇をもらい、実家に帰ってきた。挙式を直前に控えたその日、フォリップが突然やって来て、ルカに相談があるという。
「ルカ、いっしょに来てくれ。」
「急にどうしたのです?」
眉をしかめ、困り果てた様子のフィリップは、ルカを自分たちが結婚式を挙げる要諦の教会に連れて来た。伯爵家の挙式だけあって、素晴らしい教会だ。周りには自然を残した状態で、小高い山の中腹辺りにある。教会の建物自体も立派だが、その背後に迫る大きな岩山が、一層荘厳な雰囲気を醸し出し、山全体が教会であるかのような様相だ。
「この岩が、くずれる。」
眉間のしわを深くして、フィリップがぽつりとつぶやいた。大岩が崩れたら、教会はひとたまりもないだろう。
「え? この岩が? いつ?」
「あまり日がない。おまえになんとかできるか?」
懇願するような瞳が、ルカを伺っている。頷いて大岩に向き合うと、ルカは手のひらに自分の魔力を集中させ、大岩とその周りの土壌をしっかりと密着させ固めてしまった。
その隣では、フィリップが目を閉じて、なにやら鑑定をしている。
「ああ、ありがとう。これで大丈夫みたいだ。」
「あの、その術って、未来が見えるだけですか?過去も見えたりするんですか?」
ふと思い立って聞いてみたが、フィリップもやったことがなかったのか、分からないというだけだった。
「コールマン家には魔法使いの血はないと思うから、俺は突然変異なのかもな。」
「あ、そういえば!」
ルカは、フィリップのいとこだというヴァンサンが訪ねてきたときのことを話してみた。
「アントがそんなことを?そうか。じゃあ、一度、母上にも確認してみないとな。」
「師匠も魔術が使える人物を探しているって言ってましたから、一度、会っていただけますか?」
「えっ!あのアリア様に? そうだなぁ。少し時間をくれないか?ルカも知っている通り、俺、しばらく忙しくなりそうだからさ。」
シャンパンゴールドのウェーブのかかった髪から、ちらりと赤くなった耳が見えた。
『そうか、そうだよね。姉上との結婚式は目の前だ。式の後はしばらく旅行に出て帰ってこないだろう。』
「では、師匠にはうまく話をしておきます。人生の一大事ですもんね。」
「ああ、頼む。俺一人のことじゃないからな。スカーレットをがっかりさせたくないんだ。」
最初の印象からはすっかり変わってしまったこの義兄を、まぶしそうに見つめるルカだった。
美しいオルガンの音色が響く教会を、父ダニエルがエスコートしながら美しい娘を連れて進んでいく。その先に待つのは、真っ白のタキシードに身を包んだフィリップだ。
父の腕に乗せていた手を、フィリップの差し出す掌に乗せ、はにかんだように微笑むスカーレットは、世界で一番幸せそうな笑顔を見せた。周りで見守っていた人々もほうっとため息を漏らす。そして、ダニエルは、だばーっと涙を流すのだった。
「あなた、お役目、ご苦労様でした。スカーレットがあんなに美しく育ったのは、あなたのお陰です。笑顔で見送ってあげましょう。」
エミリアに慰められながら、歯を食いしばって頷く父は、なんだか愛らしいとさえ思えた。
そのまま幸せな二人は、コールマン家の別荘まで出かけるという。たくさんの人に祝福されて、馬車は旅立っていった。
「お帰り。お姉さんの結婚式はどうだった?」
「なんか、すごかったよ。相手が伯爵家だって言うのもあるんだろうけど、大きな教会で、派手というより、厳かな感じだった。」
「お姉さんって、あのバイオリニストのスカーレットさんだろ?きれいだったろうなぁ。」
確かに、あの日の姉は美しかったと、ルカも思った。繊細なレースのヴェールをかぶった後ろ姿を思い出していると、不意に振り向いたその顔がホリーに変わっていて、ボッと顔が赤くなった。
「あれ、ルカ。顔が赤いよ。もしかして、誰かさんとの結婚を想像したりしてたんじゃないの?」
「え?い、いや。そういうんじゃないよ。」
パトリックはにやっと笑って、だけどふとさみし気な顔になった。
「いいよなぁ。ルカには自由に恋愛する権利がある。僕は、物心ついたときから婚約者が決まっていたから、羨ましいよ。」
「僕には、まだ分からないんだ。恋って、どういう気持ちなのか…」
「ふふ、気長に行けばいいさ」
パトリックの言葉にかぶせるように、ドアが乱暴にノックされ、シュバイツァーが入ってきた。
「おい、ルカ。おまえ何かやらかしたのか? 陛下からの呼び出しだぞ。」
「え? な、なにもしてないですよ?」
おろおろするルカの首元をつまんで、さっさと部屋を飛び出した。
「何もしていないわけがないだろう。謁見の間まで連れて来いとのことだ。」
途中からは、やっと解放されて、二人は急ぎ足で謁見の間に向かった。大きな扉の前まで来ると、アーチャーと出くわした。
「ああ、やっと来たか。シュバイツァー、ご苦労だった。後はこちらで引継ぐ。下がってくれ」
「はっ!」
シュバイツァーはルカの肩をポンと叩くと、頑張れよとでもいう様に目配せして帰っていった。いったい何をしたって言うんだろう。ルカはその間も頭の中でぐるぐる思考を巡らせていた。
「なんだ、そんな怖い顔をしなくても、罰を与えられるわけじゃないぞ」
「え?」
きょとんとするルカを見て、逆に驚くアーチャーだった。
「陛下、ルカ・マンチェスターを連れてきました。」
「入れ」
大きな扉がゆっくりと開くと、アレックスが笑顔で迎え入れてくれた。
「ルカ、表をあげよ。こちらに帰ってくるのを、待っていたぞ。主要貴族とも協議した結果、ルカ・マンチェスターに爵位を与えることとなった。プチソシェ伯爵とする。そなたは、今日からルカ・マンチェスター・プチソシェ伯爵と名乗るがよい。大魔法使いアリア様の解呪と、先日のハリーの事件解決に貢献した報償だ。領地はゴードン伯爵領跡地とする。」
「え、あの。しゃ、爵位ですか?!」
声をひっくり返して驚くルカを、アレックスの近衛兵がゴホンと咳払いで窘める。
「あ、有り難き幸せ。その名に恥じぬよう、国のため力を尽くします。…で、あのぉ。ゴードン伯爵はどうなったのですか?」
「先王を陥れた罪で、爵位返還、領地没収となった。ルカ、おまえには1年の猶予を与える。その間に領地経営について学んでもらう。自分が正しいと思うやり方で、領地を整えて見せよ。」
驚きすぎてぽかんとなるルカだったが、膝をつき、正式な礼をして、拝命した。
その時、近衛兵の一人が、一礼してアレックスの耳元で何かを告げた。
「なんだと?!」
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