第5章 本領 4
「いいだろう。相手になってやる。」
言うが早いか、すぐさまクナイが3本飛んでくる。アリアがすっと向きを変えると、その目の前を通って壁面に突き刺さった。アリアは、手をかざしてバリアを貼ると、ぽんっとシャボン玉のような透明な玉を高く放り上げた。
「何を下らん!」
ぼそりとこぼしてすぐさまクナイを飛ばし、それを叩き落す。そしてほぼ同時にバリアに向けても数本の手裏剣が刺さった。しかしその隙に、ロベールの足元には粘度の高い液体が広げられた。
「うぐっ!なんだこれは!」
一歩踏み込んだとたん、足を取られたロベールは苦悶の表情を見せる。
「トリモチというものだ。害虫を捕まえるのに使うらしい。」
「なんだと!」
ブルーグレイの瞳がすっと光を放つと、ロベールの足もとに広がっていたトリモチが一瞬で氷付き、それを素手でたたき割ってロベールはアリアに迫った。
「姑息なっ」
突き出された短剣を持つ手を軽々と握り締め、アリアがにやりと笑う。
「やはりそうか!おぬし、我が弟子の子孫だったのだな!ああ、確かにロキにそっくりだ。ふふ、その色素の薄さも、ぶっきらぼうな性格もな。」
「どういうことだ!」
小娘のような細腕に握られている腕は、びくともしない。納得がいかない部隊長は、何度も振りほどこうと試みるが、ふと、これは筋力の差ではないと気が付いた。諦めて力を抜くと、何でもないようにアリアは頷く。剣を治め、改めて向き合うロベールに、ルカとジョーも寄ってきた。
「サミュエル・ロベール。おぬしには、7つのほくろがあるのではないか?」
一瞬、眉をしかめた部隊長だが、すべてを知り尽くしたかのようなアリアに、ため息を落とした。
「いかにも」
「それが魔力を受け継いだ証拠だ。ロキは、おぬしの先祖の魔法使いは、氷魔術が得意だった。彼のドラゴンとの戦いでは、随分助けてくれた。今更だが、礼を言う」
「先祖のしたことなど、俺には関係ない。」
取り付く島もない物言いに、ルカとジョーはハラハラしていた。
「俺からも一つ確認したい。この魔力は、先祖から受け継がれた由緒正しい家系にのみ引き継がれていると聞いている。その力がどうして平民に宿っているのだ?」
氷のような冷たい視線は、もちろんジョーに向かっている。ルカは思わずこぶしを握り締めた。しかし、アリアは不快感をあらわにするわけでもなく、あっけらかんという。
「ロベール、その考えはあまりにも浅慮ではないか? 王族だ、貴族だと騒いでいるが、人間として、いったいどれほどの差があるというのだ。おまえは先の国王のやり様をその目でみていたのではないのか?」
氷のような冷たい瞳に屈辱の色がにじむ。臣下として忠誠を誓うには、あまりにも先王は怠惰であったのだ。
「魔力も地位も、誰が引き継ぐかではなく、その力をどう生かすかが重要であろう。おぬしは戦の最中、身分によって仕事を割り振っているのか?それぞれの能力を見極めて、部下を配置するのではないのか?」
その言葉に、何か思い当たることがあったのだろう。ロベールはふっと微かな笑みを見せた。
「ふん。当たり前のことを」
そっけなく言うロベールの後ろで、ジョーが「あっ!」と声をあげた。
「そうか!だから、部隊長は『氷の将軍』と言われてるんですね。やっぱり、ただ視線が冷たいだけじゃないんだ…」
「ジョー、その辺にしといた方がいいよ。」
ルカが苦笑いを浮かべて諫めた。少し穏やかになっていたブルーグレイの瞳が再び氷のビームで射抜きそうな色に変わっていたのだ。
それにしても、ずいぶんジョーは朗らかになったと、親友はこんな場面なのにも関わらず、ひそかに安堵していた。ただ真面目で、貧乏くじばかり引いていた自虐的な性格は、家庭環境から来るものだったのかもしれない。スタンレイ家の収入が安定してくると、次第に明るくなって、今では周りの武官たちと冗談を言い合えるまでになっていた。この明るさを失わせないためにも、ロベールからの敵対心は無くしておきたかった。
しかし、氷の将軍の返事は意外な物だった。
「ジョー・スタンレイ。そのあだ名で呼ばれていることは知っている。だが、今まで人前でこれをやったことはない。ここにいる3人から膨大な魔力を感じ取ったからこそ、発動したものだ。」
そう言いながら、自分の手のひらを見つめる部隊長は、実戦で魔法を使ったのがはじめてだったようだ。
「それに、こんな見た目だからな。色素が薄く、寒々しいのだろう。」
「いえ、そういう事ではないと思われます。部隊長は、規律をきちんと守り、俺たちにも厳しいけど、ご自分にも厳しい人です。いつも冷静でクール!情に流された間違った采配は絶対しない。だから、そう呼ばれているのだと思います。」
「ま、まったく!勝手なことを…。」
ぷいっと顔をそむけるロベールの耳が赤かったのは、ジョーの髪色が反射したせいではない。アリアは穏やかに微笑んでいたが、ふと表情を引き締めて言い放った。
「サミュエル・ロベール。通常勤務終了後、こちらの鍛錬場で魔術の鍛錬を許可する。これは、極秘任務につき、他言無用だ。
それから、念のために耳に入れておく。アレックス(・・・・・)は、今の時代にどのくらいいるか分からない魔術師を集め、その力を底上げしたいとのことだ。おぬしは立場上忙しいだろうが、隙を見てこちらに出向くと良い。ここは、結界が張ってある。魔力の無い者にはおいそれとは入れないのだ。この活動を知るのは、アレックスとアーチャー、それにここにいる者のみだ。こいつらの活動の報告がないのは当たり前だったのだ。」
「承知した。」
それ以来、ロベールは時々鍛錬場にやって来て、ルカやジョーと手合わせをするようになった。今までと比べると、ぐっと緊張感のある鍛錬で、時折怪我をすることもあった。そんな時は、ルカが治癒魔法を使って手当てする。遠慮のない実戦は、着実に彼らを強くしていった。
それと同時に、戦い方の癖が見え、連携した魔術も使えるようになった。軍としては冷徹な部隊長の顔を崩さないロベールだが、確実にジョーとの信頼関係は築かれていった。




