第5 本領 2
仕事が始まると日々はあっという間に過ぎた。そんなある日、粛々と書類を作成しているところにアーチャーがやってきた。
「首、首相! なにか書類に不備でもありましたでしょうか?」
「いや、問題ない。今日はちょっとこいつを借りて行きたいんだ。」
慌てて対応するシュバイツァーを簡単にいなして、ルカを引っ張り出した首相に、その場にいた文官たちは騒然となった。
「ちょ、ちょっと、待ってください。まだ書類作成の途中なんです。」
「ん?じゃあ、君。この続きを頼めるかな?」
突然やってきた首相に驚きつつも、なんとか頷くパトリックに、ごめんねと言いつつ。ルカは首根っこを掴まれて連れ去られたのだった。
「おい、あいつ、もしかして…」
「はい、シュバイツァー長官。ルカはたぶん、魔術師の仕事で呼ばれたのでしょう」
「うわぁ、そうだったか。大魔術師の弟子って聞いてたから、てっきりもっと大柄のマッチョか貴族然としたいけ好かない男を想像していたんだが、そうか。あいつだったのか。」
それからの数週間、午前中は文官の仕事に従事して、午後からはアーチャーの元に向かう日々が続いた。夕食前には宿舎に戻るが、戻ってきたルカが随分くたびれているので、パトリックは心配になっていた。
「ねえ、ルカ。答えられる範囲で良いんだけど、君は一体どんな仕事をしているんだ?」
「う~ん、陛下の挙式の準備ってとこかな。師匠がやるはずだったのに、弟子にさせた方が、経験値があがるからって、僕に仕事を回してきたんだよ。ここに来る前は、毎日師匠の鍛錬場で鍛えていたけど、こちらでは文官の仕事をおぼえるだけで必死だったから、腕がなまってたんだろうね。なかなかうまくいかなくて、毎日冷や汗ものだよ」
ソファに身体を投げ出してぐったりしていると、誰かがドアをノックした。
「ちょっといいか?」
入ってきたのは、先輩文官のアントワーヌ・ヴァンサンだ。彼は銀髪に金の瞳、妖艶な雰囲気を醸し出しているが、仕事はそつなくこなす人物だ。どちらかと言えば、単独行動の多いヴァンサンが訪ねてきたことに、二人して驚いていた。
「あ、えっと。どうぞ。」
パトリックがすぐさまソファを勧めると、意外にも素直に、ありがとうと腰を下ろした。
「ルカ・マンチェスター、君にはお姉さんがいるだろ?」
「はい。」
「そのお姉さんの婚約者のフィリップ・コールマンに会ったことはあるかい?」
「ええ、何度か。」
ルカにはヴァンサンの意図が分からず、、なんとなくあやふやな返事になる。
「フィリップは、私のいとこにあたるんだが、彼を見ていて何か気づいたことはないか?」
「気づいたこと、ですか?」
前にフィリップにあったのは、いろいろ誤解が解けて打ち解けた時だった。
「なんだか、見た目の雰囲気と違って、気さくで感じのいい人だと思いました。だけどそれがなにか?」
「ああ、いや。それならいいんだ。ただ、もし何か感じるものがあったら、是非私にも教えてほしいんだ。ヴァンサン家として、確認したいことがあるものでね。」
じゃあ、と席を立つと、ヴァンサンはあっさり帰っていった。
その日、ルカは休暇を取って懐かしい我が家に戻っていた。
「ルカ、あなたはこちらのコートとウエストコートよ。早めに用意しておいて良かったわ。この刺繍、素敵でしょう?」
エミリアがアンナを連れてルカの部屋までやってくると、次々新調した服を広げて見せた。
「ああ、母上、ありがとうございます。僕の事はいいので、姉上の着付けに向かわれては?」
「ふふふ。あの子はすでにドレスアップが完了しているわ。後で見てきなさい。今日は商会の関係者も来ているんですもの。隙は見せられないわ。」
「奥様、そろそろご自身のお仕度を」
後ろでハラハラしていたアンナが声を掛けると、すっかり忘れいたのか、慌てて部屋を出て行った。ルカはさっさと自分で用意された服装を身に着けると、広間へとやってきた。
「ほほう。ルカもそれなりに見えるじゃないか。」
「父上、ありがとうございます。」
「おまえには感謝しているよ。今日の結婚式に、大魔術師アリア様やアーチャー首相殿からお祝いの花が届けられている。こちらからも礼状は出すが、おまえからもよろしく伝えてくれ。王宮では、文官の仕事と一緒に首相の補佐もしているそうじゃないか。夜会などでも話題になっているそうだ。」
にやりと笑う父に嫌な予感しかしない次男だった。夜会で話題になっているという事は、縁談が来ているかもしれないということだ。
「ま、そちらは式が終わってからの話にしよう。では、馬車に向かおうか。」
アランの挙式は、商会関係者と親しい貴族が多く集まっていた。これは、花嫁ジュリアが仕事熱心だったことも影響している様だ。べたべたした雰囲気はないが、信頼し合っているのが見て取れる温かい挙式となった。その後、会場を移して、立食パーティーとなった。一通りの関係者と挨拶を済ませると、ルカはそっとベランダに出た。この会場は、自然を生かして作られていて、外は緑が豊かだ。小鳥が枝を渡り、美しい声を聞かせる。それをぼんやりとみていたルカは、ふと小鳥になって飛び立ちたい気分になった。
「ルカ、こんなところにいたの?もしかして、ここから誰かさんに会いに行きたい気分だった?」
「え、あ。いや、そういうことでは…。」
華やかなドレスをまとったスカーレットが、楽し気に歩み寄った。
「私には、誰かさんに会いたくなった様に見えたわ。どなたかは知らないけれど。お兄様のお式、素敵だったものねぇ。」
「次は姉上の番ですね。」
スカーレットは、ふっと優しい笑みを浮かべてルカを正面に見据えて言う。
「ルカ、もしあなたに好きな人がいるなら、早めに動いた方がいいわ。お父様からも言われているかもしれないけれど、社交界ではあなた評判がとてもいいの。誰もが大魔術師と関わりの深い、しかも首相の信頼も厚いそんな人物を自分の家族に取り入れたいと思っているわ。だけどそれは、ルカそのものを見ているとはとても思えないの。」
会場から人が出てくる気配がした。
「スカーレット、探したよ。」
「ああ、フィリップ!ごめんなさい。ルカが一人で考え事をしている物だから、心配になって。」
「ルカ、どうかしたのかい?俺で良かったら相談に乗るよ」
「えっと、いえ。大丈夫です。お二人を見ていたら、自分も頑張ろうと思えてくるので。」
恥ずかしそうな弟の言葉に、スカーレットとフィリップは目を合わせてほほ笑みあうのだった。
挙式の二日後には、今度はスカーレットがコールマン伯爵家に引っ越すことになった。
「スカーレット、何か困ったことがあったら、相談に乗るからね。」
「お兄様、ありがとうございます。でも、大丈夫ですわ。私の心配事は、新婚旅行にも行かずに、挙式からすぐお仕事をなさっている誰かさんたちのことぐらいですもの。ふふふ」
兄弟とこんな風にやり取りできるのも、しばらくおあずけになるだろう。スカーレットは馬車の用意ができるまで、お気に入りのソファに座ってくつろいでいた。
「姉上、いよいよですね。」
「ルカ、本当にね。あなたも王宮に行ってしまったから、なんだかお父様たちは寂しそうだったわ。時々は顔を見せてあげてね。お仕事はどう?順調?」
「ええ、仕事は問題ないですよ。あ、そういえば、先日文官の先輩に言われたのですが、コールマン殿は、何か特殊な技能などお持ちなんでしょうか?」
「それは、前に言ってた未来を予知できるってこと?それなら、たぶんあると思うわ。彼が言うのは、明日はあめだなとか、今年は野菜がよく捕れるだろうとかそういうことだけどね。だけど、私にとっては、彼は彼でしかないもの。それで充分だわ。」
その明るい表情に、心から安心して見送ることができたルカだった。
「とうとう行ってしまったわね。」
「スカーレット、すっかり大人らしくなって。あの子なら伯爵夫人としても十分にやっていけるさ。ところで、ルカ。次はおまえの婚姻についてなんだが。」
「ああ、父上、申し訳ありません。僕はこれからアリア様のところに行くことになっていて、お時間がとれません。また、休日には、こちらに顔を出します。では、失礼します」
この時ばかりは、さっさと小鳥に変身して、その場を離れた。




