第4章 不穏 5
キリが悪くて、ちょっと長めです。汗
男は、肩の力を抜いたようにふっと笑みを浮かべた。
「あんたに騙されていたのが良く分かった。王女は聡明な方だ。俺は、罪を償ったら、王女のお役に立てることをすると決めた。張りぼての偽王子の報酬なんぞ、受け取りたくもない!」
「な!おのれー!」
恨み言をいいながら引きずり出されるハリーを見送って、男は改めて、アーチャーの前に膝を折って謝罪した。
「おまえには、事実関係の解明の協力してもらうことになる。罪を償うのは、その後だな。」
男が護衛に連れ出されると、アーチャーは側近たちを引き連れてその場を後にした。
「ああ、ホリー王女。侍女のベルにこちらに来るように申し伝えます。まぁ、ゆっくり来るようにとは、言っておきますが。ルカ、王女様は大変怖い想いをされたのだ。しばらく傍についてくれ。」
えっ?と振り向くルカに、にんまりと笑顔を見せたアーチャーは、さっさと出て行った。ホリーに視線を戻すと、まだかすかにふるえているのが分かった。気丈にふるまっていても、無理をしているのは一目瞭然だ。ルカは思わずホリーの背中をさすっていた。
「大丈夫ですか?どこもお怪我はありませんか?」
それには答えずに、ホリーはじっとルカを見つめていたが、じわっと瞳が潤ってきて、しまいにはぽろぽろと涙がこぼれだした。
「王女さま! どうされました?」
「ご、ごめんなさい。やっと助かったんだと実感がわいてきて。あの時、ルカ様のお姿が見えたとき、心の底から安心したのです。ああ、もう大丈夫なんだって。でも、怖かった」
突然ホリーにわっと抱きつかれ、ルカは驚いて頭の中が真っ白になった。それでも、この薄い肩を引きはがすことはできなかった。聡明で勝気なこの王女は、生まれた瞬間から王女として育てられたけれど、それでも、突然攫われ、どんなにか心細かっただろう。ルカはそっと華奢な背中に手を回して、ホリーが泣き止むまで抱きしめていた。
静かにドアがノックされ、侍女が紅茶の用意を持って現れた。ノックの音で、ホリーはそっと体を離すと、恥ずかしそうに俯いたまま、ルカにソファを勧めた。
侍女が紅茶を配って隣の部屋に移動すると、困ったようにホリーがつぶやく。
「みっともないところをお見せしてしまって、お恥ずかしいですわ。とても王族のすることではありませんわよね。」
「そんなことはありません。王族でも、貴族でも、平民でも、怖い想いをしたら、動揺するものでしょう。それを押し殺して毅然とした態度を取ることは、尊敬に値しますが、怖かったーと本音を吐きだせる対象も、人には必要だと思います。」
「ルカ様はお優しいのね。」
ホリーが、まだ涙に潤んだ瞳のまま、ふわっと笑みを浮かべると、若い魔術師の心臓がドクンと音を立てた。
しばらくすると、セオがルカを呼びにやってきた。
「失礼いたします。陛下とローリー殿下がお呼びです。」
「ああ、ありがとうございます。では、ホリー王女。僕はこれで、失礼します。」
王女から目が離せないまま、名残惜し気に席を立ったルカを、困ったように見送るホリーだった。
ルカが王宮にやってきたのには理由があった。先のハリーの急襲事件についての今後の作戦会議をする予定だったのだ。ところが、会議が始まる前に、物事が進展して、あっという間に犯人捕縛となったのだ。
「ボートレック領からの連絡で、すでにアイザック元王とボートレックも身柄を確保したということです。」
「ご苦労。では、ハリーを含めたこの3人には、離島への島流しを言い渡す」
アレックスの判決は絶対であった。ルカは末席でじっと話を聞いていたが、そっと手をあげて発言許可をもらった。
「あの、ミモザ元王妃には温情をお願いしたいです。事件にかかわっておらず、他の王族への気配りや王族としての心構えを次世代に説いてこられたお方です。」
その発言に、傍にいたローリーが眉尻を下げて頷いた。
「大丈夫だ。ミモザ元王妃には、今後も王族の教育係として残っていただく。では、今回の会議はここまでだ。みな、ご苦労だった」
アレックスが部屋を出ると、ローリーがすぐさまルカに飛びついた。
「ルカ殿、ありがとうございます。僕が言いたかったことを、きちんと言葉にしてくださって、ほっとしました。」
「いや、以前殿下がお話くださったことを思い出して、素晴らしい方だなぁと思っていたので…。」
「ルカ殿、今後とも我々と懇意にしてくださいね。またホリーがお茶会にお呼びすると思います。その節は、どうかお気軽にお越しください。」
王女の名前が出た途端、ルカの頬にさっと赤みが差した。当の本人は気づかれまいと下を向くが、ローリーの自分への対応が、なんとなく親し気になった気がして、どうにもいたたまれない。
「ありがとうございます。では、僕はこれで失礼いたします。」
今回はアレックスの指示で会議に参加していたので、行きも帰りも王宮の馬車を使っていた。ぼんやりと窓の外を眺めているが、頭の中は今日の出来事でいっぱいになっていた。
やんちゃで気丈な幼い王女は、あっという間に美しい淑女に成長していた。王女なら、もっと気高く、釣れない態度を取られても仕方ないものを、あんな顔を見せられてしまっては…。ルカは自分でも気が付かないうちに、はぁっと深いため息をついていた。
自宅に帰りつくと、門の前にフィリップが待ち構えていた。
「君がルカ君か?俺はフィリップ・コールマンだ。君の姉さんの…」
「ええ、知っています。」
自分でも驚くほど、きつい言葉でフィリップの話を遮ってしまって、ルカはハッとした。それでも、フィリップは気を悪くすることなく、話を続ける。
「君も聞いているだろうけど、俺は、君の姉さんのスカーレットと結婚することにした。彼女も納得してくれているし、それぞれの両親も祝福してくれているんだ。だけど、君がまだ納得していないと聞いて、君の考えを聞きたいと思ったんだ。」
すらっと背が高く、程よく鍛えていると思われる筋肉が服の上からでも分かる。明るい金髪を肩まで伸ばし、さらりと流している。バーガンディの瞳は、少しだけ吊り上がり、上品で知的な印象を与えていた。男性にしては肌が白いのは、バイオリンの練習に明け暮れているからだろう。
どこから見ても勝てそうにないと怯みそうになる気持ちを奮い立たせて、ルカは、応接室へと案内した。
紅茶を配り終わったアンナがそっと退室すると、フィリップはじっとルカの言葉を待っていた。
「僕には信じられなかったんです。あなたは今までずっと姉上のライバルだった。コンクールでも何度も控室ですれ違っていたけど、その度あなたは姉上を睨みつけていたでしょ?それなのに、どうして急に結婚することになるのか、僕にはまったく分からない。」
ルカの素直な訴えに、フィリップは一瞬きょとんとした顔になった。
「ん~、そうだなぁ。確かにコンクールの時は必死だったから、誰もかれもが敵に見えて、目つきも悪かったかもしれないな。」
ふうっと肩を落として、フィリップは紅茶を一口流し込んだ。
「俺の両親は音楽に精通していて、俺も3歳からバイオリンを習わされていたんだ。父は、コールマン音楽学校を作るのが夢なんだ。ちなみに妹はピアノで弟はフルートでそれぞれ何度かコンクールで優勝している。だから、スカーレットとの縁談は、我が家にとっては至極当然のことだった。だけど、俺だって、家の言いなりにライバルと結婚なんてって、思っていた時期もあったんだ。」
「あっ…。」
ルカは、ふてくされた顔で我が家から帰っていくフィリップの姿を思い出して納得した。
「俺の意志なんて関係なしに、話はどんどん進んでいくし、正直いい気分ではなかったさ。だけど、あいつのバイオリンの音色は、悔しくなるほど美しいんだ。そして、母の勧めで、二人でデュエットを弾いてみた時、身体の奥がゾクゾクするほど感動したんだ。2台のバイオリンが共鳴して、それと同時に、演奏している自分たちも共鳴するのを感じた。楽譜を見ているはずなのに、ちらっと相手を見ると、向こうもこっちを見ていて、何もかもがピタッと合致して、もう彼女でなくてはダメだと思ったんだ。」
「だから、毎朝バラを送っていたのですか?」
癪に障るが今のルカなら、その気持ち、分からないわけではなかった。フィリップは照れ臭そうに頷いた。
「どうやって気持ちを伝えたらいいのか、分からなくてな。執事が勧めてくれたんだ」
「どんなにきれいでも、棘のあるバラを送るなんて…」
ちょっとだけ意地悪な事を言ったと後悔した途端、フィリップが突然立ち上がってルカの腕を掴んだ。
「待ってくれ! 棘を外していなかったのか?!じゃあ、もしかして、スカーレットが怪我をしたのか?!あ~、なんてことだ!」
頭を抱えてその場に突っ伏したフィリップに、ただただ驚くルカだった。
「姉上じゃないですよ。興味本位に手を出した僕が、痛い目にあっただけです。」
「君が? そうか、痛かっただろ?もう大丈夫なのか?」
きついイメージだったフィリップが、ルカの手を握り締めて、大切そうにその手を撫でまわすので、思わずふふっと笑ってしまう。
「でも、不思議なんです。姉上は結婚には興味ないって言ってたし、将来は、貴族に限らず、多くの人に音楽を楽しんでもらいたいって言ってたのに。」
「ああ、それだったら心配ない。うちの両親は貴族の相手ばかりしているが、多くの人に音楽を楽しんでもらいたいという気持ちは持っている。それを彼女に伝えたから、結婚を承諾してくれたんだ。」
嬉しそうに話すフィリップを、ルカはすでに受け入れていた。そして、自分にもこんな気持ちになれる日が来るだろうかと考えた途端、ホリーの顔が浮かんでドクンと心臓が跳ね上がった。
「ところで、さっきは随分豪華な馬車に乗っていたけど、どこに行ってたんだい?」
「ああ、アーチャー首相から呼び出しがあって、王宮に出向きました。少し、その、政治的な話で口外できないのですが。」
フィリップは知的なバーガンディの瞳を目いっぱいに見開いてルカを凝視した。
「首相に呼び出されて王宮に?すごいことじゃないか!スカーレットからは、魔法が使えるから稀代の魔術師アリア様の弟子になったとは聞いていたけど、それ以外、何も聞かされていなかったよ。」
あまりの驚き様に、照れ臭くなったルカは、ぼそぼそとつぶやく。
「えっと、いろいろあって、たまたまちょっとした揉め事に遭遇してしまったんです。それで、関係者扱いされているだけです。」
小さなノックが聞こえて、二人がドアに目をやると、心配そうなスカーレットが顔を出した。
「スカーレット、心配ないよ。ルカ君はちゃんと分ってくれた。それにしても、君の弟君はすごい人物なんだな。一瞬、彼が首相になって活躍する姿が思い浮かんだよ。」
スカーレットは両手を口元に当てて、涙をあふれさせた。
「ああ、ルカ、ありがとう。フィリップもありがとう。」
「姉上、ご婚約、おめでとうございます。フィリップ殿、これからもどうぞよろしくお願いします。」
スカーレットは、小柄な弟をぎゅっと力いっぱい抱きしめた。
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