第4章 不穏 4
「王女様! ホリー王女様?!」
鼻先がツンとつめたくなる。これはイヤな予感だ。思い当たる場所を走り回ってみたが、ホリーを見つけることはできなかった。ベルは、すぐさまローリーの部屋に向かった。
「ホリーがいない?どういうことだ!」
「先ほどまで、刺繍をなさっていたのですが、気分転換に中庭でお茶をとおっしゃって。私がお茶の準備をしている間に、妙な物音がいたしまして、気になってお庭にでますと、すでに王女様のお姿はなく…。」
「分かった。セオ、首相に中庭に来るよう伝えてくれ。僕も向かおう」
そういうと、すぐさま部屋を飛び出した。
中庭は、小鳥たちが集まる噴水のすぐそばに小さな東屋がある。ここは子供のころからの双子のお気に入りの場所だった。そのイスが転げ落ちている。ローリーは眉をしかめ、憤っていた。そこにアーチャーがセオと共にやってきた。
「殿下、王女様が行方不明とは、どういうことでしょうか?」
「これを見てくれ」
東屋の周りを確認しながら、ベルから再度事情を聞いた。
「手際が良いな。これは素人の仕事じゃない。」
「先ほど、下働きの者に確認しましたところ、この時間は業者用の門が開いた状態で、出入りが自由にできるそうです。」
「とりあえず、今からでもすぐに門を閉めよ。一人ずつ素性を確認してから出入りさせてくれ。荷物の中身のチェックも厳格にな!」
アーチャーに言われて、セオはすぐさま行動に移した。
「殿下、陛下のご意見を伺いましょう。ベルだったか、おまえは王女が戻られた時、いつもどおりに暮らせるよう、仕事に戻ってくれ。」
「承知しました」
アーチャーは歩きながらローリーに調査の進捗状況について話して聞かせた。先日の突然の襲撃以来、その財力がどこにあるのか、アレックスとアーチャーが探っていたのだ。そして、どうやら前王アイザックが持ち出した宝飾品を換金したらしいということが分かってきたのだ。
一部の貴族の間で、こそこそと取引されている王家に伝わる宝飾品があると、噂が出始めていたのだ。
「つまり、前王がハリー兄上の後ろ盾になっているってこと?」
「そのようですね。陛下は、それが分かって以来、王宮に置いてあった小型の宝飾品を回収し、持ち出しにくい大型の物だけを置くように指示されました。」
「ああ、なんとなく、王宮内の雰囲気が変わったと感じていたのは、そういうことだったんだ。」「まだ、前王を指示する者も、この王宮の中には残っていると思われます。先日のハリー殿の足取りから、ボートレックが匿っていることは突き止められました。」
じっと聞いていたローリーは、眉をしかめる。
「じゃあ、ホリーの行方不明もハリー兄上がかかわってるってことかな?」
自分勝手で、驚くほど常識のないハリーに攫われたとなると、事態はより深刻だ。ローリーの思考を読んだのか、アーチャーはそっと頷いて、「急ぎましょう」と、アレックスの執務室のドアを叩いた。
一方その頃、ホリーは王族の住まう最奥の部屋に監禁されていた。薬を吸わされて意識を失ったまま、後ろ手に括られてベッドに寝かされていたのだ。
「殿下、予定していた業者の門が閉鎖されてしまいました。」
「どういうことだ。あの門は、午前中はノーチェックで出入りできるはずだろ。」
「どうやら、王女誘拐に気付かれたらしく、チェックも厳しくなっています。今のままでは、出られそうにありませんね。」
不満げに手際が悪いと責めるハリーに、実行犯の男はため息を押し殺した。誘拐したら、早々に現場から離れるのが鉄則なのに、自分の用事が終わるころ、迎えに来いなどと言われて、手間取ってしまったのだ。
「まったく、使えないなぁ。おい、何か飲み物を持ってこい。」
「はぁ?」
「その辺の侍女に言えば、持ってくるだろう」
「殿下、そんなことをしたら、ここに隠れていることがバレバレです!」
「ちっ!なんだよ。こんなことなら、来るんじゃなかったなぁ、まったく。この部屋にあった宝飾品を小遣い代わりに持って行こうと思っていたのに、全部片づけやがって!おまえ、これからどうするか、考えておけよ!」
あー、疲れたとソファに横になると、ハリーはあっという間に高いびきをかきだした。
「なんて人だ。アレックス王が貴族たちとの夜会に明け暮れているから、悪政を正すんだと言っていたのに。」
実行犯の男は、呆れた様に呟いた。
「貴方、だまされたのね。」
ベッドから、静かな声が聞こえて、男は驚いた。
「きっと、一般国民には、正しい情報が届いていないのね。私たちの父アイザックこそが、夜会ばかりして税金を湯水のように使っていた張本人なのよ。アレックス兄さまは、平民のための診療所や身寄りのない子供のための施設を作るべく、動いているわ。」
男が戸惑っている様子を見て、ホリーがゆっくりと体を起こして言う。
「あのね。王宮にある宝飾品は、税金で買ったものではないの。他国との交流の中で贈られた物や、国民から何かの記念にと上納してもらった物よ。そういうものを小遣いのために手放すなんて、あまりにも浅慮だと思わない?」
男はホリーを凝視して問う。
「あ、あなたは、どなたですか?」
「私は、ホリーです。ローリー王弟の双子の妹よ。」
「え…?あの、わがままばかり言う迷惑な王女? あ、し、失礼しました。」
ホリーはさみし気に目を伏せてため息をついた。
「そうね。一時期はそんな風に言われていたし、子どもだったとはいえ、そう言われても仕方がない行動をしていたわ。だけど、人は学んで成長するものでしょ?だまされたあなたの行動も、正して行けば、またやり直せると思うわ。」
男は目の前の王女の大人びた言葉に、返す言葉が見つからない。うろたえていると、窓辺に小鳥が止まっていることに気が付いた。
「あ…。」
「まぁ!ルカ様!」
王女の頬がぱっとバラ色に染まったのを見て、男は面食らっていた。しかし、小鳥はそのままどこかに飛び去ってしまい、王女は優し気なまなざしでそれを見送っているだけだった。
しばらくすると、静かにドアがノックされた。その音に、飛び起きたハリーはすぐさまナイフを手にホリーを荒っぽく引っ張りだして身構えた。
「なぜ、こんなところにいらっしゃるのですか? ハリー元王子?」
アーチャーは、すでに弓矢を手に持っている。臨戦態勢が整っているということだ。ハリーはホリーののど元に剣を突きつけると、玉座を明け渡せと迫る。
「ハリー元王子、すでにボートレック領にはわが軍が出向いています。この意味、分かりますか?」
一瞬たじろいだハリーだったが、ここまでくれば、もう後には引けなかった。
「こいつが死んでもいいのか?弓矢を捨てろ!おい!おまえ、アーチャーから弓矢を奪い取れ!」
男は困惑した様子だったが、仕方なくアーチャーから弓矢を奪った。その時、ピーピーと鋭い鳴き声と共に、青い小鳥が部屋に飛び込んできて、ハリーの周りを飛び回った。ハリーは鬱陶しそうに小鳥を追い払おうと剣を振り上げた。その時、ガキーンっと鋭い音を立てて、その剣が部屋の隅に吹っ飛んでいった。
「えっ!」
ハリーが驚いてアーチャーを振り返ると、一緒に来ていたはずの男が、アーチャーに弓矢を返していたのが分かった。それと同時に、青い小鳥はルカに姿を変え、ホリーを救い出していたのだ。
「観念しろ。」
その言葉を合図に、護衛達がハリーを縛り上げ、引き立てた。
「な、なぜだ!報酬は入らないのか?」




