第4章 不穏 3
「あの、お茶会の最中に大変失礼いたします。」
「やっと来たか。ホリー、こっちだ。ローリーの隣に座りなさい。ジョー殿は初めてでしたね。彼女は私の弟ローリーの双子の妹ホリーです。」
ホリーは美しい淑女の礼をして、微かに頬を染めながらローリーの隣の席に落ち着いた。
「ふふ、ホリーったら、いつもの元気はどうしたの?」
「ローリー、やめてよ。恥ずかしいでしょ!」
「アリア様、今回の騒動で王族の女性たちが無事だったのは、ホリーのお陰なんです。」
ローリーは、彼女の機転がどれほど素晴らしく、他の王族を安心させていたのかを、誇らしげに紹介する。アリアもまた、満足げにそれを聞いていたのだった。その姿をぼんやり見ていたルカを、ジョーが肘でつついてくる。
「ルカ、きれいな人だね。」
「ああ、そうだね。たった4年しか経っていないのに、きれいになられて驚いているよ」
そんな囁き声が、ホリーの耳に入ると、一気に真っ赤になってしまった。
しばらく談笑した後、アレックスが思い出したように言い出した。
「アリア様、先日の隣国との交渉の件で、少し込み入ったお話がしたいのだが、私の執務室までおいでいただけないだろうか。」
その言葉にアリアが立ち上がると、アーチャーもジョーに声を掛けた。
「そうだ。ジョー殿はまだ、4年前の騒動の風見鶏の塔をご覧になったことがなかったですよね。一度ご覧になりませんか?ご案内します。」
「ああ、それなら、僕も確認したかったんだ。一緒に行こう。ホリー、悪いけど、ルカ殿を南側のバラ園にお連れして待っていてくれ。すぐに戻るから。では、ルカ殿、失礼します。」
ローリーがそっと席を立つと、それぞれがさっさと引き上げていく中、状況が読めないルカは、一人驚いていた。
「あ、あの。マンチェスター子爵令息様。ご案内させていただきます。」
「王女様、僕はただの魔術師です。そのように敬語を使っていただくのは恐れ多いです。皆さんの様に、ルカっと呼んでください。」
ホリーは再び顔を真っ赤にして呼びかける。
「で、では。ル、ルカ様。」
「ええ、伺いましょう。この季節はどんなバラが咲いているのでしょうね」
ルカは内心焦っていた。自分だって、あの風見鶏の塔がどうなっているのか見てみたいのに、まるで二人をバラ園に行かせるために工作しているようにさえ思える。
ホリーに連れられてやってきた南のバラ園は、素晴らしい庭園だった。辺り一面に深紅やピンク、黄色や色の混ざったものなど多種多様なバラが咲き誇っていたのだ。その花の香りもほのかに風に乗って、その場にいる者を夢心地にしてくれる。
「これは凄いな・・・。」
「この先には噴水もあるんですよ。こっちです。」
水を得た魚の様にキラキラした笑顔でルカを案内するホリーは、あの4年前の姿を彷彿とさせる。おもわず、ルカはふふっと笑った。
「あの、私、何かおかしかったですか?」
急に不安げに首をかしげるホリーに、ルカは首を振った。
「さっきの貴賓室に入って来られた時は、あまりに美しい女性に成長されていて、驚きました。あの愛らしい王女様が、大人の女性になられたんだと、なんだか遠い存在に成られたように感じて…。あ、いえ。もちろん王女様に対してアリア様の弟子ごときが失礼ですね。申し訳ございません。でも、このバラ園を案内してくださる姿に、あの頃のお元気で素直な面影が見て取れて、つい嬉しくなってしまって…。」
ホリーは思わず俯いてしまった。
「あの頃は、まだ9歳の子どもでしたので。随分失礼な態度をお見せしてしまいました。ですが、あの時、ルカ様から『あなたこそが、幸運の女神様です』と言われて、それを自分の目標にしようと誓ったのです。だけど、いったい自分に何ができるのか分からなくて。」
ホリーは、まっすぐにバラ園を見回しながら、しみじみとつぶやいた。
「アーチャー首相に相談したのです。すると、私たち王族は、国民に支えられて生きているのだから、ただ自分の思い通りに暮らしているだけではいけないんだと教えてもらいました。まだまだ勉強中ですが、困っている国民を手助けできるような、そんな施設を作れないかと、学んでいるところです。」
「王女様、素晴らしいお考えです!ああ、僕も負けていられませんね。実は、いつかアーチャー首相を手助けできるような存在になりたいと考えています。」
「まぁ!では、いつの日か王宮に来られるのですね。」
ホリーの顔がぱっと明るくなって、ルカは思わずしどろもどろになった。
「おーい、ルカ。やっと見つけた。」
風見鶏の塔から、ジョーが戻ってきた。
「師匠はあの王宮の仕掛けを作り直すらしいから、もうしばらくここで待つようにだってさ。」
「スタンレイ様は、ルカ様とは親しくていらっしゃるのですね。」
「そ、そうですね。幼馴染です。」
「まぁ、そうなんですの?」
ジョーとホリーが話していると、なんともムズムズするルカだった。ジョーを見上げるホリーの瞳がキラキラと輝いて見えて、思わず目をそらしてしまう。
「お前たち、そろそろお暇しようか。では、ホリー、またな。」
「ええ、アリア様、ルカ様、スタンレイ様。ご機嫌よう」
*****
「話が違うじゃないか!アリアもアーチャーもいないって言うから、攻め込んだのに!お陰で2階の床から落とされて大けがだ。」
「まぁまぁ、ハリー様。今回は様子を見に行っただけですから。彼のお方も怒っていらっしゃいませんよ。」
「当たり前だ。ひどい目に遭ったのは俺の方だぞ!しかし、まさかローリーがあそこまで戦いなれているとはな。次の手を打たなければ…ボートレック、何か案はないのか?」
ボートレックはにやりと笑ってつぶやく。
「お任せを。」
ボートレックは4年前の騒動でキャンベルと一緒に汚職事件でとらえられていたが、キャンベルに無理強いさせられていたと言って、なんとか軽い刑で逃げおおせたのだ。
それにしても、とボートレックはあきれ果てていた。
『20歳を過ぎた大人が、13歳やそこらの小僧に撃退されるとは、なんとも嘆かわしい。アレックスが、アーチャーやアリアを連れて隣国に向かうと分かった時は、またとないチャンスだと思っていたのに。何もできないまま逃げ帰ってくるとは。』
郊外のボートレック領の屋敷に、なんとか問題の親子を匿ってみたが、文句ばかり言う二人には、心底呆れかえってしまった。アイザックが持ち出した宝飾品を換金することで、軍隊を賄ってはいるが、それもいつまでも続くものではない。
「次の作戦が失敗したら、潮時だな。」
ハリーが出て行った扉を見つめながら、ポートレックはぼそりと呟いた。
「ハリー、首尾はどうだ?」
「父上、ボートレックの内偵の甘さには呆れますよ。向こうにはアーチャーが残っていたみたいだ。ローリーには妙な仕掛けまでされて、こっちは怪我をしてしまったぐらいなんだ。」
仕掛けと聞いてもアイザックにはすぐには思い出せなかった。遠い昔、そんなものがあることはなんとなく聞いた覚えがあったが、平和な時代が続いたせいで、すっかり忘れ去っていたのだ。
「なんだ、ローリーにしてやられたのか。情けない奴だなぁ。さっさと玉座を奪い取ってこい。ワシはこんな場所にいつまでも居たくない。」
「はぁ、分かっていますよ。」
ハリーはため息をついて、自分の部屋に引き上げた。これ以上関わっても父から有益な情報は引き出せそうになかったのだ。
いつの間にあんな仕掛けをしていたのだ。それとも、あれは昔からある物なのか? 思いめぐらすハリーは、ふとローリーには双子の妹がいたことを思い出した。
「そうだ、あいつをぎゃふんと言わせるのにちょうどいいじゃないか。」
そう思った途端、ハリーはすぐに私設の軍の中でも潜入に長けた人間を呼び出して、計画を立てた。
「ぬぁ~、疲れた!」
「まぁ、ホリー王女様ったら、はしたないですわ。淑女がそんな声を出してはいけません。」
「もう、一人の時ぐらいいいじゃない。ベルは厳しすぎるわ。」
「いいえ、私がおります。王女様は近い将来きっとどこかの王族に嫁がれるのですよ。普段から正しく暮らしていただかなくてはなりません。」
ホリーは頬を一杯に膨らませて見せたが、ベルには通用しない。
「私は見ておりましたよ。アリア様御一行がお見えになった日、それはそれは素敵な淑女でいらっしゃいましたわね。」
途端にホリーの頬がしぼんで、うっすらと赤くなった。ホリーの部屋の窓から、中庭の噴水が良く見える。ふと、あの青い鳥がここに来たときを思い出した。
「ベル、少し外で気分転換がしたいわ。中庭の噴水横のテーブルに、お茶を持って来てくれる?」
「承知しました。」
ホリーは何でもない振りをして、そっと中庭へと向かった。彼女が座っていた椅子の横には、差しかけの刺繍が入ったハンカチが置かれていた。ベルがそっと覗いてはっとした。
「この家紋は…」
隣には貴族名鑑が開かれたままになっており、マンチェスター子爵家の家紋に栞が挟まれていた。それをみたベルは、ふっと優しい顔になって、頷いていた。
「王女様もお年頃になられたのね。」
外でざざざっと聞きなれない音が聞こえ、ふいに不安になったベルが中庭に出て見ると、ホリーの姿はなく、テーブルとセットの椅子が一つ倒れた状態になっていた。




