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ルカとジョーと秘密のスズラン  作者: しんた☆
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第1章 解呪と覚醒 2

 スズランの事などすっかり忘れていたある日、サイモンがまた、絵本を読んでくれとせがんできた。このところ、オスカーの体調が不安定で、母親のエマが遠い街の病院にオスカーを連れて行ったまま、帰っていないのだ。


「兄ちゃん、オスカーは大丈夫だよな。あいつは俺たちの弟だから、病気なんかに絶対負けないよな」

「大丈夫だ! 大きい病院はここから遠いから、日帰りは無理なんだ。母さんがいない間、俺たちが家を守らなくちゃいけない。サイモンも、頑張ってくれよ」

「おー!」


 強がりだと分かっていても、それ以上の慰めはかけられない。途中で眠ってしまったサイモンをベッドに寝かせると、擦り切れてページが外れそうな絵本をそっと棚に片付けた。


 それから2日が過ぎた朝、エマはオスカーを置いて一人で帰ってきた。街の病院で入院が決まったのだ。


「ジョー、サイモンと父さんをお願いね。サイモン、二人のお手伝い、よろしくね。オスカーの手術が終わって落ち着いたら、戻ってくるからね」

「エマ、オスカーを頼んだぞ。金の事は、…なんとかする。」


 両親は頷き合って、玄関を出た。オスカーの着替えや日用品をカバンに詰めて出かけるエマを、父デレクが馬車路まで見送るという。


「母ちゃん…」

「サイモン」


 今にも母に縋り付きそうなサイモンを、ジョーが抑えた。


「どうしたんだい、サイモン?」

「う…、家の事は俺と兄ちゃんに任せてくれ。その代り、オスカーを頼んだぞ!」

「サイモン…、頼もしいじゃないか。頼んだよ。オスカーの事は任しときな!」


 母の言葉に頷きながら、サイモンはジョーのシャツの裾をぎゅっと握りしめて見送った。



スタンレイ家が男3人の暮らしに少し慣れてきたころ、久しぶりに、ルカがジョーを訪ねてきた。学校では話をしたりもしていたが、休みの日に訪ねてくるのは、本当に久しぶりだ。


「サイモン、後でおやつの時間に食べよう!」

「やったー!ビスケットだ!」

「その代り、ちょっとジョーの事、貸してくれる?」

「いいぜ!」


 小躍りしながらキッチンに向かうサイモンを見送って、ルカはジョーと向き合った。


「ジョー、随分待たせたけど、そろそろスズランの朝露を取りに行こうと思うんだ。」

「ルカ、もうあきらめたのかと思っていたよ。もしかして…」


 ジョーは改めてルカの姿を確かめた。以前とはなんとなく雰囲気が違っている。ふっくらしている頬はそのままだが、目つきが鋭くなって、動きも機敏な感じだ。


「へへ、ジョーのお荷物にはなりたくないからね。体を鍛えていたんだ。まだまだ途中だけど、どこまで行けるか挑戦してみたいんだ。これ、長老様からもらったガラスのケース。コルクで詰めておけるんだよ」

「じゃあ、来週の休みに行ってみようか。」

「え?いいの? ダメ元で誘ってみたんだ。ジョーの家、今大変なんだろ?」


 その時、キッチンからがたんと音がして、サイモンが入ってきた。


「大丈夫だ。父ちゃんの事は俺に任せとけ。兄ちゃんのことはルカちゃんに預けてやる!」

「サイモン! ありがとう。じゃあ、頼んだぞ」


 週末、二人はさっそくソリターリオの山を目指した。登山道を経由して、伯爵家の屋敷を見下ろすところまでは、木々が生い茂る獣道だ。途中で、マンチェスター家の侍女アンナが作ってくれたサンドウィッチを食べ、再び山頂を目指す。突然、鹿が飛び出したり、キツネに出くわしたりしたが、事なきを得た。二人は黙々と進んでいく。太陽が西に傾くと、山陰は急にひんやりとした空気に覆われた。そして、二人は危機に遭遇した。


「ルカ、振り向かずに聞いてくれ。後ろから、何かがつけてきている。1匹じゃない。どうやら群れみたいだ」

「え?」


 二人は食料と簡易テントは持って来ていたものの、獣と戦う道具は持ち合わせていなかった。改めて耳を澄ませてみると、グルルルと微かなうなり声も聞こえている。これは、まずいことになった。

 せっかくここまでやってきたけど、獣と戦うほどの体力は残っていない。じわじわと近づいてくる獣は、どうやらオオカミのようだ。

 唇をかみしめていたルカは、ふっと思いついた。さっきのサンドウィッチと一緒に食べたフライドチキンの骨がある。それから後で食べようと思っていた蒸し鶏もケースに入ったままだ。

 ルカは背中のリュックをそっと前に回すと、蒸し鶏のケースを取り出した。


「ねえ、ジョー。僕が今から蒸し鶏をあいつらにぶちまけるから、そうしたら一気に村に向かって駆け下りよう!」

「わ、わかった!」

「いくよ。3・2・1・GO!」


 ルカは、ジョー越しに迫りくる何かに向かって、蒸し鶏をぶちまけた。目に飛び込んできたのは、想像通りのオオカミたちだ。それも数匹いるようだ。二人はそのまま脱兎のごとく走り下った。焦って足がもつれそうになる。小枝が腕をひっかいても、木の根に足を引っかけて転がっても、後ろを向かずに走り続けた。心臓が口から飛び出しそうになっても、足を止めることはできない。


 そして、伯爵家の屋敷の傍まで来ると、そっと後ろを確かめた。


「ルカ、大丈夫か?」

「うん、僕は大丈夫だよ。ジョーは? あ、腕から血が流れてる!急いで手当しなくちゃ!」

「ルカこそ、上着がボロボロじゃないか。さっきひっかかって転んだからだな」

「坊ちゃん?ルカ坊ちゃん!!どうしたんですか、その恰好は?!」


 二人が振り向くと、マンチェスター家の執事、カーシンが芽を見開いてこちらを見ていた。


「えっと、あの。僕、今日は山登りをしていて…」


 カーシンはふっと緊張を解いて、二人を自分の馬車に乗せた。


「旦那様には内緒なんですね。 アンナに手当をしてもらいましょう。君は、ジョー・スタンレイ君だね。腕の痛みはどうだ?」

「いえ、そんな深い傷じゃないみたいです」

「うむ。ばい菌が入っては大変だから、手当は受けてくれ。それで、坊ちゃん。どこに向かっていたのですか?先週も随分泥だらけで帰っていましたが、今日の傷は別物ですね。」


 戒めるような口調だが、決して怒鳴ることのないこの執事は、ルカの信頼する人物だ。歳はまだ30歳を過ぎたあたり。商会に勤務していたところ、社長でルカの父でもあるダニエルが、執事として館に来るように抜擢したのだ。ルカは、迷った挙句、カーシンには、本当の事を告げることにした。




「はぁ?! そんな軽装でソリターリオを目指していたのですか?冗談じゃない!!今までどれだけの人が遭難してきたと思っているのです!」


 あまりの呆れように毒気を抜かれた二人は、ぽかんとした顔で、この生真面目で物静かだったはずの執事を見つめた。


「坊ちゃん。本当にあの山を目指すのですか?」

「うん、どうしても登りたいんだ」

「はぁ~、そうですか。…では、傷の手当てが終わったら、私の部屋にご案内しましょう」


 マンチェスター子爵家の屋敷に到着すると、カーシンはそっと二人を業者用の搬入口から連れて入った。そして、半強制的にアンナに治療を施され、二人そろって浴槽に放り込まれた。

 さっぱりして出てきた二人を、カーシンは自分の部屋へと案内した。屋敷の隣の従業員用の建物に、カーシンの部屋はあった。


「こちらへ。」


 カーシンに促されて部屋に入った二人は、思わず歓声を上げた。いたるところに整然と並べられた登山用の用具の数々。テントや寝袋もすべて複数枚ある。


「何かあった時に、ご主人様を少しでも快適な状態でお守りできるように準備しています。」

「すごい…。」

「ルカ坊ちゃん。本気であの山に登るのなら、こちらの一式をお二人にお貸ししますよ。ただし、これから私の登山の心得をしっかりと学んでもらいます。」


 そうして、ダニエルが帰宅する少し前まで、みっちりと山登りについての講座が行われた。


「いいですね。先ほども言いましたが、過信は禁物です。常に余力を残した状態でいること。天候に敏感であること。そして、どんな危機的状態にあっても、諦めないこと。」

「はい、分かりました。」


 真剣な表情で答える二人に、カーシンはほっと胸をなでおろした。ソリターリオの山は、登山初心者には厳しい山、できることなら、自分が一緒に登ってやりたいとカーシンは考えていたのだ。


「ところで、坊ちゃん。どうして急にソリターリオの山に登ろうと思われたのですか?」

「それは…」

「魔女の声を聞いたんです。俺たち、魔女を助けたいんです」


 言いよどむルカの隣で、ジョーが告げた。その言葉に、じっと二人を見つめていた執事は、深いため息とともに静かに言う。


「そうでしたか。それなら、覚悟を決めてください。魔法使いの話は、私も祖母から聞かされたことがあります。選ばれた者にしか聞こえないと言われている、魔法使いの歌の話です。」


 二人は顔を見合わせて驚いた。そんな二人を置いて、カーシンは外にある倉庫から登山用の靴を持ってきた。


「ジョー君、履いてみてください。」


 驚くジョーが履いてみると、しっかりと足にフィットして歩きやすい。執事はその様子に頷くと、改めて二人に向き合った。


「いいですか。あの山は簡単に登れるものではありません。きちんとした装備ときちんとした登山計画が必要です。ルカ様にはすぐにも登山用の靴をご用意いたします。お二人のスケジュールは私も加わって立てさせていただきます。まずは怪我を治してください。いいですね。さて、ジョー君。馬車でお宅までお送りいたしましょう。」


 カーシンがジョーを送り届けるのを見送って、ルカは改めて自分のしようとしていることを思い返し、こぶしを握り締めた。


 それからしばらくは、学校から帰ったルカをカーシンが鍛え上げた。短時間でロープを固く結ぶこと、短剣を動く標的に確実に当てること、片腕で体重を支えること。


 どさっと派手な音を立ててルカが床に転がった。


「坊ちゃん。これが崖だったら、今頃命はありませんよ。しかも、一緒に登っているジョー君に危険がおよびます。」

「くっ…!もう一回!」


 ルカは、小柄であることが幸いして、随分長いこと自分の体を支えられるようになっていた。そんなある日、カーシンが学校に向かうルカに声を掛けた。


「坊ちゃん、もしジョー君のご都合がよろしければ、本日、こちらに寄っていただけるようお伝えください」

「分かった。」


 前回は、ジョーが怪我をしたので、サイモンにまで迷惑をかけたが、オスカーの体調も落ち着き、エマも家に帰っているという。今度こそ、スズランを見つけるんだ!ルカの胸は高鳴っていた。


 ルカがジョーを伴って帰宅するようになってからしばらくは、再びカーシンによる登山講座が行われた。そして、いよいよ改めてソリターリオに向かう日が来た。二人はやみくもに頂上をめざすのではなく、オオカミの出没する場所を避けて、遠回りのコースを選んだ。

 伯爵家を見下ろせる地点までは、あっという間だった。これは、鍛えておいた甲斐があったとルカは内心ご機嫌だった。岩肌を登り、日が暮れ始める頃には、早めにテントを張って食事を摂った。


「ねえ、ジョー。もし、魔法使いが願いをかなえてくれるとしたら、どうする?」

「そうだなぁ。やっぱり弟たちに好きなものを腹いっぱい食べさせてやりたいな。あと、親父の船の修理を頼みたい」

「ジョーは家族想いだね。サイモンやオスカーの喜ぶ顔が目に浮かぶよ。」

「ルカはどうしたいんだ?」

「僕? う~ん、そうだなぁ。まずは、岩になっている魔法使いを助けたいんだ。そして、あのきれいな歌声を、聞かせてほしいと思ってる」


 夢見ごこちなルカの言葉に「じゃあ、ワンマンライブだ」とジョーが笑っていた。そんな姿を見つめながら、ルカはそっと左肩をさすっていた。


 翌朝は、日の出とともに動きだす。頂上が近くなるにつれて、岩は鋭くとがっていた。リュックを引っかけたりしないよう、細心の注意が必要だ。黙々と進んでいたルカが、夜露に濡れた岩に足を取られて、突然ずるっと滑り落ちる。


「うわっ!」

「危ない!」


 寸でのところで、ジョーがルカのリュックを掴んで引き留める。ぎゅっと目を閉じていたルカがそっと目を開けると、自分の足元に陸地がないのを見て、気を失いそうになった。ぐいっと力強く引き寄せられたルカは、へなっと座り込んでしまった。


「やばかったな」

「本当だね。ありがとう、ジョー!」


 笑顔を見せているが、震えが止まらない。ジョーはわざと元気な声をあげた。


「山頂はすぐそこだぞ!気合いを入れていこう!」

「「過信しない!天気を見る!諦めない!」」


 声が揃って、笑い声がこぼれた。


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