第4章 不穏 2
ハリーの事件を目の当たりにして、ルカとジョーは今まで以上に魔術の鍛錬に励むようになった。アリアは、そんな二人を頼もしく思うのだった。
その日、鍛錬を終えて、自宅に帰りついたルカは、すぐに父の執務室に来るように言われた。
「父上、お呼びでしょうか?」
室内には、すでに家族が揃っていた。その雰囲気から、なにかしら嬉しいことがあったのが分かる。
「ルカ、こちらに座りなさい。」
母エミリアが、嬉しそうにそういうと、ダニエルに視線を送った。
「よし、みんな揃ったな。では発表しよう。本日、スカーレットの婚約が正式に決まった。相手はフィリップ・コールマン殿だ。彼は、コールマン伯爵家の嫡男で、みなも知っているだろうが、スカーレットとは、バイオリンで切磋琢磨してきた仲だ。」
「おめでとう!スカーレット!」
「ありがとうございます。なんだか、恥ずかしいわ」
家族がわいわいと楽しそうにしている中、ルカの頭は理解できないままになった。
「うそ、うそだろ? フィリップさんは、本当に婚約するって言ったの?」
「どうした?姉さんが取られるとでも思ったのか?」
ダニエルがからかう様に言うが、ルカは真剣だった。
「確かに貴族どうしの結婚は家のつながりが大事だっていうけど、姉さんはそれでいいの?」
「どういう意味?」
家族の心配そうな顔が自分に向けられて、一瞬ためらったが、ルカは思い切って声をあげた。
「だって、前に姉さんを送り届けた後、ひどく機嫌悪そうにため息をついて帰っていくのを見たんだ!」
こぶしを握り締めて訴えるルカの肩にそっと手を乗せて、エミリアは静かに言う。
「ルカ、スカーレットを大事に思ってくれているのは嬉しいわ。だけど、スカーレット自身が決めることよ。確かに貴族同志のつながりは大事だけど、私たちは、本人の意思を無視した婚姻は望んでいないもの。」
その言葉に、ダニエルも深く頷いた。
「ルカ、心配してくれてありがとう。もう、あなたって、本当にかわいいわ!確かにあの人はぶっきらぼうで誤解されやすいけど、それが全てではないのよ。そうね。ルカも恋をしたら分かるわ。」
そんなことを言われて、はいそうですかと納得がいくわけもなかった。
「アイツ、姉上を傷つけたら許さないんだから…」
ブツブツと口をとがらせて言うルカを、家族は温かく迎え入れた。
次の日、学校帰りのジョーにスカーレットの話をすると、簡単に「おめでとう」と言われてしまった。
「いや、だって。あいつは絶対姉上の事を大事に思っているとは思えないんだ。」
「う~ん、そういう事は当人同士にしか分からないんじゃないか?恋は悪くないと思う。俺の初恋は、ルカたちに迷惑をかけて散々だったけど、でも、いつかあんな風に大切にしたいと思える人に出会えたらいいなって、思ってるんだ。」
「はぁ、僕には分からないよ。こっちを向いてくれない人を好きで居続けるなんて、辛いばっかりじゃないか。」
ふっとジョーは笑みを漏らした。
「ほんと、おかしいよなぁ。だけど、それでも相手が振り向いてくれたらいいのにって、思ってしまう。自分ではままならないものなんだ。」
モヤモヤした気持ちのまま、鍛錬場に到着すると、アリアが声を掛けてきた。
「二人とも、聞いてくれ。先日の事件の手助けをしてくれた二人に、ローリーからお茶会の招待状が届いている。今度の週末だ。ここに集まって一緒に王宮に向かおう」
「分かりました。」
週末、ルカはウエストコートにブリーチズ、コートを羽織ってロングブーツのいで立ちで、ジョーは、急なお誘いだったので、ルカの兄アランのお古のタキシードを着て、アリアと王宮に向かった。
「お待ちしておりました。アリア様、ルカ殿、ジョー殿。この度は皆さまの協力感謝します。もうすぐ、他の兄弟もやってきます。」
ローリーはにこやかに3人を出迎えると、それぞれに席を勧めた。そこは、先日の事件の時、女性たちを避難させていた貴賓室だ。大きな大理石のテーブルの上には、愛らしいケーキや焼き菓子が並んでいる。
侍女たちが紅茶を淹れて、配り始めると、仕事を抜け出してアーチャーもやってきた。
「もうすぐ、陛下もお見えになります」
「そうか。婚約も整ったし、そろそろこちらの王宮にお迎えするのだな。」
「ええ、半年後にはこちらにおいでになります。」
笑顔で頷くアリアに、ルカとジョーはもの言いたげだ。
「ああ、おまえたちにも教えてやろう。あのアレックスの婚姻が決まったんだ。王妃となられる方だからな。こちらの生活に慣れてもらうために、早めにこちらに越してくるんだ。ローリー、楽しみだな」
「ええ、兄様が幸せになるんですから、こんな嬉しいことはありません。」
「だそうだよ、ルカ。おまえとは大違いだな。」
急に話を振られて、ルカの耳が真っ赤になった。
「師匠、こんなところでうちの事情など出さないでください。」
ムッとするルカに、ローリーが声を掛けた。
「あの。ルカ殿は、以前、青い鳥になってこの王宮に来られましたよね?あれから、想い人もいなかったのですか?」
「うっ。僕には恋愛が分からないんです。大抵の女子は、背の低い僕をマスコットの様に扱う。そんな彼女たちを見て、守ってあげたいとか、そういう気持ちにはなりませんね。僕はハムスターや子猫ではないのに。」
一人ブツブツ文句を言うルカを、意外そうに見ていたローリーだった。
「そうか、ルカ殿は、恋愛対象を守ってあげたいと思っているのですね。」
そんな話をしていると、アレックスがやってきた。
「やぁ、先日は世話になったな。で、何の話をしていたんだ?」
「陛下、ルカ殿と恋愛について話していたのです。ルカ殿は、相手を守ってあげたいと。それは素敵な事だなぁと思って。」
「そうか。ルカ殿は、男らしいなぁ。私なんぞ、シャルロットに叱られてばかりだ。ああ、シャルロットというのは、私の婚約者なんだが。まったく違う人生を歩んできたんだ。持っている知識も違うし、習慣も違うだろう。それを補い合って、二人独自の暮らし方をしていこうと決めているんだ。そう思えたから、彼女との婚姻を決意したんだ。」
「陛下、惚気話になっております。」
後ろからアーチャーが苦笑いで声を掛けると、コホンと咳払いをして、アレックスは微笑んだ。
「ルカ殿。本来、女性というものは相当に強いのだ。気をつけろよ」
アレックスの言葉に、思わずのけぞったルカだった。そうか、このままでは、自分はペットとして飼いならされてしまうかもしれないのか。気を引き締めなければと。
その時、遠慮がちにノックが響き、一人の女性が入ってきた。




