第4章 不穏 1
「殿下、騎士団一同、配備につきました。おっしゃるとおり、移動はいつも通りの様子で、武器は文官が台車で運びました。」
「ありがとう。今は、アレックス兄さまやアーチャーが留守だから、こちらが何もできないと思われている。だけど、ここに残っているみんなは、日ごろから厳しい鍛錬を続けている者ばかりだ。しっかりと日ごろの努力の成果を発揮してくれ。」
「「はっ!!」」
13歳になったばかりの第三王子ローリーは、側近セオからの連絡を受け、すぐさま臨戦態勢に入っていた。元第二王子のハリーが王族でないと発覚した後の4年。ローリーは人が変わったように戦術や政治について学んでいたのだ。
それぞれ母親の違う兄弟たちと交流することは少なかったが、それでも第一王子だったアレックスには、剣術を教えてもらったり、チェスなどで戦術についても教えてもらった。しかし、元第二王子のハリーと姉のキャロライン、その母マリーンは、王宮を追放される前から他の側室とも距離を取っていて、双子を見れば、蔑みの言葉を掛けるばかりだったのだ。
王妃ミモザは側室たちと積極的にお茶会などを催していたが、マリーンが来ることはなかったと聞く。
『ということは、ハリー兄上はあの仕掛けを知らないってことか。』
ローリーは、まだ幼かったころに、母から王族だけに伝わる隠し通路やとある仕掛けについて教わっていた。王族として血を繋げていく義務を果たすため、時には自分の命を最優先にしなければならないのだと。
「セオ、南側の通路は工事中を装っておいてくれ。さっきの報告によると、西中央の門から入るようだ。そのまま正面から突っ込んでくるつもりだろうけど、横道に反れないよう、さりげなく置物などで封鎖してくれ。それから、念のため侍女たちに頼んで、母上たちや姉さまたちをお茶会に招待してくれ。場所は貴賓室だ。」
「お茶会、ですか?」
「そうだ。ハリー兄様なら、奥の間の作りは熟知している。そんなところにとどめておけないだろ。それに、王宮内に内通者がいるかもしれない。あくまでもいつものお茶会を装ってくれ。」
「承知しました。」
「ハリー兄様のご一行には、西の広間に入っていただこう。外から鍵をかけて、全員が入ったら合図してくれ」
ドアがノックされ、ローリーの双子のホリーが侍女と共にやってきた。
「ローリー、なにか企んでるでしょ?」
「・・・」
「大丈夫よ。他の人は誰も気づいてないわ。私を誰だと思っているの。あなたの考えていることなんて、お見通しよ。」
「ふう。じゃあ、ホリー。君がお茶会の主催者になってくれ。」
驚くホリーに、ローリーは簡単に事情を話した。怯えてしまうかと思われたホリーは、にやりと笑って言い放つ。
「あら、ちょうど良かったわ! 今日、巷で話題のスイーツが手に入ったからあなたにも差し上げようと思っていたの。じゃあ、急なお話だけど、身内だけのお茶会だからって理由にして、集まってもらえばいいわね。ベル、すぐにお手紙を書きましょう。急ぐわよ。」
「それでこそ、僕の相棒だ」
侍女を伴って颯爽と退室するホリーを見送って、ローリーは誇らしげに言う。
「ホリー殿下は現状をご存知なんでしょうか?…それにしても、頼もしいお方ですね。」
「あいつはなんでもお見通しだ。さて、ハリー兄様はどう出てくるかな。」
にやりと笑うローリーの事もまた、頼もしく思うセオだった。
その頃、アリアとアーチャーは同時に連絡を受け取っていた。アリアがスズランでルカの連絡を受けると、ほぼ同時にローリーの鳩便がアーチャーの元にやってきた。
「何かあったのか?」
表情を引き締めるアレックスに、二人は大丈夫だと返した。
「私の弟子が王宮に向かっている。」
「それに、陛下の一番弟子のお方が何やら戦略的に動いている様ですよ」
「一番弟子…? ローリーか!」
「はい、どうぞ、ご覧ください。」
アーチャーが差し出した手紙にさっと目を通すと、一瞬眉をひそめるアレックスだったが、読み終わる頃には、大きく頷いていた。
「頼もしいなぁ。しかし、事後処理は奴には難しいだろう。こちらの予定はほぼ終了している。アーチャーだけでも先に手助けに向かってくれ。」
「承知!」
アレックスの婚姻が決まり、今回は隣国の国民に王女の夫になるアレックスが顔見世をするのが目的だった。その一連の行事も終わり、あとは、こちらの国王に挨拶をして帰国する予定だったのだ。
「アリア殿。あなたの優秀な弟子にはまだまだ遠いですが、私の弟子もがんばってますよ。」
「そのようだな。じっくり育ててやれよ」
アレックスにとって、腹違いの兄弟は守るべき存在だった。そのように母であるミモザ王妃からも言われ続けていた。そのせいか、兄弟や仲間のような感覚はなく、庇護するべき存在としか考えていなかったのだ。
ところが、4年前のあの日を境に心境は一転した。後ろ盾だと思っていた父は、まるであてにならない存在だと分かり、国の行く末という重責が自分の肩にのしかかったのだ。
突然、王太子に指名してきたアリアを恨めしく思ったこともあったが、そんなアレックスを臣下として支えると小さなこぶしを振り上げて訴える双子の姿があったのだ。
「ふふふ。あの時の二人の顔を思い出すと、今でも笑顔がこみあげてくる。」
「あの双子か?」
「はい。当時まだ9歳だった二人が、歯を食いしばって真剣な面持ちで告げたのです。自分たちが兄さんを支えると。力を合わせて素晴らしい国を作りましょうと。嬉しかったなぁ。母の子どもは私一人だったから、やっと信頼できる仲間ができたと思いました。」
アリアは満足げに頷くと、隣国の国王の元へとアレックスを促した。
ルカとジョーは小鳥の姿に変化して、王宮の中庭に降り立っていた。王宮の中からは、軍靴のいかつい足音が数多く響いている。
「遅かったか」
「ジョー、もうしばらく飛べそうかい?ローリー殿下の部屋まで行ってみたいんだ。」
「ルカは殿下の居場所が分かるのか?」
「ああ、前に一度来たことがあるんだ。」
大きく上昇してローリーの部屋を見定めると、そのまま窓には向かわず、大きな木の枝に留って様子をみることにした。
「おい、ルカ。助けに行くんじゃないのか?」
「ああ、行くよ。だけど、まずはどんな様子か確認しなくちゃ…あ!!」
ルカが声をあげるのと同時に、どどどっと床が抜けるような大きな音が王宮内に響いて、土埃が舞い上がった。
「やっぱり、何か仕掛けがあったんだ。師匠を助けに来たときもそうだった。この城は、もう長い時間ここに建っている。魔法使いが使うような仕掛けがまだ残っているんだ。」
「だけど、俺たちはなにもしていないじゃないか。」
ジョーがそう言いかけたとき、中庭から、ぴゅうっと口笛が聞こえた。アーチャーだ。ルカはジョーに目配せして、すぐさま人型になって中庭に下りた。
「お久しぶりです。アーチャーさん。陛下とご一緒ではなかったのですか?」
「やぁ、久しぶりだな。ああ、連絡を受けて、先に馬を走らせた。お、また大きくなったんじゃないか?」
「いえ、4年でたったの3cmですよ。あ、こちらは、僕の親友のジョー・スタンレイです。師匠の元で一緒に修行しています。」
「はじめまして。」
ジョーは慌てて手を差し出した。その手にしっかりと答えて、「よろしく」と微笑むと、すぐに話題はさっきの轟音に流れた。
「アーチャーさん、さっきのあの音は?」
「ああ、古の仕掛けだろうな。俺もあれからいろいろ調べ上げたんだが、王族を守るためになにがしかの仕掛けが王宮のいたるところにあるというところまではつきとめたんだが、それ以上は分からなかった。おそらく、王位継承権のある者だけに伝わっているんだろうな」
土煙が収まるのを待ちながら、アーチャーは二人を正門の方に導いた。崩れた床の一部が、まだパラパラと零れ落ちている中を、騎士たちがほこりを払いながら出てくるのが見えた。その中にローリーの姿を見つけてアーチャーは急いで駆け寄った。
「殿下!ご無事でしたか」
「アーチャー首相!戻って来てくれたんだな。ああ、良かった。見ての通りだ。王妃様から教えられた通り、王族を害するものを奈落に落とした。だけど、その後どうすればいいのかまでは、聞かされてなくて…」
砂だらけのローリーが眉尻を下げて言う。アーチャーは、背丈だけ伸びて、まだ幼さの残るローリーの肩をガシっと掴んで、その無事を喜んだ。
「あとはお任せください。それで、王妃様や他の王族の皆さまは?」
「ああ、貴賓室でホリーとお茶会をしてもらっている。あそこなら、砂をかぶることもないだろうし、騒動も聞こえづらいだろうからね。」
「殿下、失礼します。」
そういうと、ルカが手をかざして、ローリーの体から砂埃を吹き飛ばすと、一礼してジョーをともなって王宮に向かった。
「今のは、ルカか?」
「ええ、異変に気付いて駆けつけてくれました。」
「…」
王宮内の砂埃は、ルカによってあっという間に治まり、ロビーの隅に砂山となっていた。砂埃が治まってみると、2階と1階の床と飾り棚がきれいに抜け落ちて、地下にすっぽりと納まっていた。
そんな瓦礫の中からはうめき声があちらこちらから聞こえている。突然、ガラガラと床のかけらを振り払って、立ち上がった男がいた。
「くっそ。格下のおまえになぜこんなことが出来る?!おまえは一生俺の家臣として駒になっていればいいんだ!」
言うが早いか、男は垂れ下がった床材を辿ってよじ登り、ローリーに向けて剣を振りかざすが、アーチャーに簡単にはねのけられてしまった。
「アーチャー!!どうしてここにいる?兄上と隣国に行ったんじゃないのか?そんな、…話が違うじゃないか!チクショー!やってられるか!撤退だ!」
ほこりまみれで誰だったのかすら分からない状態の男は、部下たちをふりむきもせず、一目散に逃げだして行った。それを見送ったアーチャーが、冷静に部下に指示を出す。
「しばらく泳がせて、アジトを突き止めろ。」
「はっ!」
ルカは、瓦礫の山となった地下の様子を覗き見る。じわじわと残りの兵士が脱出してきた。中にはがれきの下敷きになって動かない者もいる。その時、ジョーに声を掛けた。
「ジョー、瓦礫を浮上させられるか?少しずつでいい。こっちで錬成して元に戻してみるよ」
「ああ、分かった。それにしても、すごい仕掛けだな。床の断面がきれいなところを見ると、最初から、落ちるように作られていたってことだよなぁ。」
「そうみたいだね。とりあえず、建物としての体裁を整えておこう。後は師匠にお願いするしかないよ」
「そうだな」
二人は黙々と瓦礫を再生させ始めた。瓦礫が減ってくると、下敷きになっていた兵士たちの姿が露わになる。足を引きずっている者、腕が上がらない者。半端な装備では、自分の体すら守れなかったのだろう。アーチャーの部下に捕縛され、ほっとしている者さえいた。
瓦礫はアリアが村を助けた時の様に一気に元通りにするには、まだまだ修行が必要だが、彼らも少しずつ力をつけて着実に修復している。そんな姿を頼もしく見つめるアーチャーだった。




