第3章 スカーレットの婚約 1
新章に入りました。ルカ君、17歳になりました!
アリアと出会い、修行をするようになって4年の月日が流れた。ルカは17歳になっていた。この4年の間に、背丈は少し伸びたが、はやり長身のジョーには追い付けそうにもない。その親友ジョーは、ルカと一緒にハイスクールに通いながら、魔術の修行に励んでいる。
そう、今は、魔術という言葉が主流になっているのだ
「じゃあ、また明日。」
アリアの魔術鍛錬場を出て帰路についていた二人は、分かれ道で挨拶する。それぞれ魔術の練習メニューは違うが、気合が入っているのが分かる。達成感を感じながら自宅に帰ると、母エミリアが興奮した様子でスカーレットと手紙を覗き込んでいた。
「何かあったの?」
出迎えた執事カーシンに尋ねると、スカーレットに縁談が舞い込んできたという。
「へぇ、姉さんはこのまま独身で通すのかと思ってたよ。」
「スカーレット様は、先日の王家主催のコンクールで優勝されて以来、今、社交界では注目の的になっていますから、縁談の一つや二つは当たり前ではないでしょうか。」
「ふぅん。そうなのか…。」
貴族令嬢としては、20歳はやや行き遅れ気味と言えよう。しかし、幼いころからずっとバイオリン一筋で努力してきた彼女は、恋愛など邪魔だと割り切っていたのだ。両親もそれを汲んで、婚姻については黙認していたようだ。
「それで、お相手はどんな人?」
「それが、先日のコンテストで準優勝されたフィリップ・コールマン様だそうです。何でも、ご本人からお嬢様に会いたいとのお手紙だそうで…。コールマン様は伯爵家の嫡男に当たられますので、悪い話ではないのですが、何しろ貴族同志の婚姻となれば、ご両親の了解も必要でしょうし、いずれにしろ、旦那様のお帰りを待つべきかと。」
複雑な表情のカーシンを見ていると、先日のコンクールでの楽屋のピリピリした空気を思い出し、ルカは顔をしかめた。
夕食の時間になり、家族が顔を合わせると、やっと戻ってきた当主ダニエルが、皆に宣言した。
「この度、コールマン伯爵から縁談の話が合ってね。まぁ、スカーレットの気持ち次第だが、嫌でなかったら、このお話、受けてもいいんじゃないかと思っている。スカーレット、どうだい?」
「私も貴族の家に育った身ですから、お父様が勧めてくださるなら、お受けしますわ。」
その言葉に大きく頷くダニエルだったが、そっと唇を噛むスカーレットの横顔から、決して喜んでいるわけではないと、気づいてしまったルカだった。
ルカは、斜め向かいに座る兄アランの表情を伺った。当のアランは、冷静に事の成り行きを見聞きしているようで、特別心配している風でもない。ルカは、仕方なく黙って食事に集中することにした。
それから数日後、スカーレットに、いよいよ二度目の手紙が届いた。
「お母さま、フィリップ様からお茶会の招待状が来たわ!」
「まぁ、そうなの。では、ドレスを選ばないといけないわ。アンナ!手伝ってちょうだい」
浮足立つ親娘を見送って、ルカはため息をついた。
「どうした、ルカ?」
「兄上…」
「自慢の姉が取られるのが心配か?」
アランがからかうような瞳で見ていた。ルカは、慌てて弁解する。
「い、いえ。そういうことでは。」
「ふふ、私だって、自慢の妹が他の男に取られるのは気に食わない。だが、貴族令嬢として生きていくためには、家同志のつながりは避けられないからな。それに…」
そう言いかけて、アランは母と共にドレス選びに興じているスカーレットに目をやって、ふっと優しい表情になる。
「見ろよ。今までバイオリンにしか興味がなかったあいつが、令嬢らしいことに興味を持っている。そういう部分も忘れないでいてほしいと、私は思っている。」
「兄上は、ジュリアさんと婚約が決まった時、どう思っていたの?まったく知らない女性だったんでしょう?」
意外な質問に、アランはちょっと考えて、笑顔になって答えた。
「そうだな。私は、女性の気を引くより、ビジネスに夢中だったから、世の貴族令嬢の常識なんて分からないが、それを知る必要もないと思っている。一緒に困難を乗り越えて、協力して生きて行こうと思える相手だったらいいと、そう思っていたんだ。だから、彼女がお父上の仕事の手伝いをしていると知って、心強く思ったよ。
そういえば、ずいぶん前に、ルカがソリターリオを登った時、ジョー君と協力して達成しただろ?彼はルカにとって心強い存在だったんじゃないか?私の場合、彼女にはそれに近い感覚を持っている。」
「そうか…。」
アランの婚約者ジュリア・ヒューストンの家は、マンチェスター家の事業のビジネスパートナーだ。爵位も同じ子爵ということで、つり合いも取れている。
「他人事だと思っていたら、痛い目にあうぞ。ルカだって、婚約者がいてもおかしくない年齢だ。」
楽し気に言い放つアランに、ひぇっと悲鳴を上げた。
ルカには、昔から悩み事があった。その一つが、背が伸びないことだ。親友ジョーがすらっとした長身なのもあって、なおさら小さいイメージを持たれてしまう。ハイスクールでも、ルカは女子たちにマスコット的な扱いを受けることが多く、本人としては、納得できないでいたのだ。
実際、ハイスクールに入学して以来、ジョーは女性に随分モテている。すらっと背が高く、真面目で控えめな性格が人気らしい。今までのジョーの苦労を想えば、それは喜ばしいことではあるのだが。
「まぁ、僕は次男だし、貴族令嬢と婚約することはないでしょう。」
「そうだなぁ。しかし、アリア様の右腕と社交界では呼ばれているぞ。なかなかの優良物件だと思うがな。ふふ」
「や、やめてください。今の僕には、魔術の修行と政治学の勉強だけで手いっぱいです。」
鼻息荒く言い放つと、逃げるように自室に向かう弟を、楽し気に見送るアランだった。しかし、貴族の集う夜会などで、ルカが話題に上がることも多くなっているのは事実だ。ハイスクールでは常に上位の成績で、大魔術師アリア様のお墨付きだと言われている。魔術が扱える人間が極端に少なくなっている今の世において、貴族が自分の懐に抱えておきたい存在あることは間違いないのだ。
翌朝、ルカが朝食のテーブルに着くと、、すでにドレスアップしたスカーレットが、家族の前にやってきた。
「あの、どうかしら?」
「スカーレット!素敵だよ。知的で美しい君は、マンチェスター家の宝だ。他の男に見せるのは気に入らないが、楽しんでおいで。」
「あなた、いつまでも手元に置いておけるものではないのよ。ふふ、良く似合っているわ、スカーレット。」
両親は揃って目じりを下げた。事実、マンチェスター家独特の青みが勝った黒髪に、アメジストの瞳を持つスカーレットに、水色からロイヤルブルーと連なるグラデーションのドレスは良く似合っていた。
アンナが、フィリップの到着を待つ間にと、紅茶を淹れて声を掛けると、少し照れ臭そうな顔のスカーレットはその場を離れた。
「アランが結婚したら別館に移るというのに、スカーレットまで出て行ってしまったら、一度に随分寂しくなるな。」
「あなた、まだもう一人いるでしょ?」
両親が楽し気にルカを見るので、慌てて紅茶を飲んで焦りを隠すルカだった。
その日も学校が終わると、ルカはジョーとアリアの鍛錬場に出向いていた。思えば、この鍛錬場は、ただの岩山だった場所だ。本当にいつの間にこんなものを作ったのか。呆れながらも、アリアの魔力の大きさに慄くルカだ。自分もこんなことが出来るようになるのだろうか。
「ルカ!あぶない!」
「え?!」
ジョーの放った竜巻もどきに巻き込まれ、ルカは地面をゴロゴロと転がっていった。
「大丈夫か?」
「バカ者!鍛錬中に他の事を考えているからだ!」
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