第2章 失踪 7
いつも読んでくださってありがとうございます。
今回は、区切りの関係で、少し長めになっています。
そして、次回から、新章に入ります。
先ぶれの兵士が謁見の間に向かうと、すでにアーチャーの指示によって、会場が設えられていた。玉座に向かい合う様に同じ高さに置かれた上質の椅子は、アリアのための物だ。
「あまり時間は取れないぞ。すぐにアーチャーを呼べ」
「陛下、すでにこちらでお待ちしております。」
不満げに声を荒げながら入室してきた国王は、一瞬たじろいだ。自分の座る玉座の向いに置かれた椅子に座る人物は、まぎれもなく王族だ。しかも、纏っているオーラが違う。
「そなたがワシの祖先だと言う者か。」
「名前も名乗らず、挨拶もなく、ここの国王は、そんなに品行を無くした存在になったのか。いたずらに税を増やし、国民の生活を苦しめ、貴族たちと夜な夜な夜会をしているそうだな。」
「な、なんだと!」
ぐっと睨みを利かせた国王だったが、目の前の人物の冷たい視線に言いよどむ。
「お前の瞳を見れば分かる。随分と王家の血が澱んでしまったようだな。魔力もほとんど感じられない。貴族の悪だくみを見抜けぬどころか、小銭を握らされて操られるとは、情けない。アーチャーからの進言は耳に入らなかったのか。」
すっと椅子から立ち上がったアリアは、国王の前まで進み出ると、その額に向かって指を弾くふりをした。ぺチンっと小さな音がして、国王が慌てて額を抑えている。
「まったく。その程度の事も防げないほど魔力を失ってしまったのか。これでは王族とは言えないな。では、王族の者をこちらに」
「承知」
アーチャーが扉を開けると、すぐに側室やその子供たちが入ってきた。国王には王妃以外に3人の側室がいる。三番目の側室アンネットの双子の子ども・ローリーとホリーも一緒だ。
それを見ていたアリアは、最初に王妃の息子である第一王子のアレックスに対峙した。銀髪に美しいサファイアの瞳。アリアは頷いて声を掛ける。
「おまえが第一王子か。良い目をしているな。魔力もちゃんと持っているようだ。」
そう言いながら、第二王子のハリーを一目見て、すっと素通りすると、第三王子のローリーの前で足を止めた。
「うむ。兄をしっかり支えるのだぞ」
「ちょっとお待ちになって! うちの弟・ハリーを無視するとはどういうことかしら。この王家において、ただ一人、エメラルドの瞳を持っているのよ!きっとこの子が一番魔力を持っていると思うわ」
一人の姫が、声をあげた。腰に手を当てて、あごも上がり気味だ。
「キャロライン、失礼よ。」
諫めたのは側室マリーンだ。第二王子ハリーと第一王女キャロラインの母親だ。扇子越しの口元が歪んでいるのが見て取れる。
「本当に失礼だな。親子そろって困ったものだ。その男子には王家の血が繋がっていない。つまり王位継承権がないのだ。」
「なんだと!?」
黙っていられなかったのは、国王だ。二人の母親である側室マリーンにじっと疑いの視線を送るが、マリーンの目はふらふらと定まらない。
「その自慢のエメラルドの瞳とやらに、見覚えはないのか?」
「…」
そこにいた王族の全員に見覚えがあった。有力貴族のキャンベル侯爵だ。追い打ちをかけるように、アリアはアーチャーに今回の事の次第を説明させた。
「なんだと!キャンベル侯爵がそんなことを!」
口ではそう言いながら、どこかに心当たりがあるのか、こぶしを握り締めるばかりで何も言えない国王を、王妃が残念そうに見つめていた。
「王妃よ。そなた、名は?」
「ミモザと申します」
「今日の夜会で、アレックスが王太子になったと発表するがいい。そうして、すぐさま国王としての教育を進めるのだ。このままでは、この国はあっという間に他国に乗っ取られてしまう。国王、それで良いな。」
「そ、そんな!突然やって来て、好き勝手言うとは失礼な!」
国王がどなっていると、謁見の間の扉がノックされた。
「アーチャー首相、キャンベル侯爵様とボートレック侯爵様、並びに、アスター伯爵様とゴードン伯爵様をお連れしました。」
「ご苦労。中に入ってもらいなさい」
扉が開くと、ここぞとばかりにふんぞり返った貴族たちがどんな褒美をもらえるのかと嬉しそうに入ってきた。そして、キャンベルの瞳を見た途端、国王はその胸倉に食らいついた。
「おのれ、キャンベル!」
いきなり食らいつかれたキャンベルは、エメラルドの瞳を見開いて驚いた。アリアはそんな二人の事など気にする様子もなく、くるりと指先で輪を書いて水晶玉を出すと、周りに見せた。水晶の中には青い小鳥が見え、男たちが話し込んでいるのが映し出され、謁見の間はにわかに騒がしくなった。
「ば、ばかな!」
「これは何かの間違いだ!」
「キャンベル侯爵、どうしてくれるんです。あなたの言う通りしただけなのに、私まで巻き添えだ!」
アリアは深いため息をついて踵を返す。
「さて、それでは帰るぞ、ルカ。」
「はい」
「アーチャー、後の事は任せた。私は自宅に帰る。必要があれば、例の物で呼び出すがいい」
「アリア様、ありがとうございました。」
アーチャーが頭を下げても、アリアは振り向きもしない。
「あ、あの!」
幼い女の子の声がして、ルカが振り向くと、困ったように眉尻を下げるホリーがいた。
「その水色の瞳、つややかな黒髪。もしかして、あなたが幸運の青い鳥だったの?」
ルカは、ふっと目を細めて騎士のように跪いた。
「姫様のお目に留まれたこと、光栄に存じます。僕はしがない子爵の次男。もうお目に掛かれることも叶いませんが、僕はあの時、あなたの優しさに救われました。きっと、あなたこそが、幸運の女神様です。」
頬を染める幼い王女を残し、ルカは颯爽と王宮を出て、アリアの魔法によってテイラー家の別邸へと戻ってきた。
呼び鈴がなって、玄関の扉を開けると、ルカと麗しい女性が立っていて、ギルバートはひどく驚いていた。
「ルカ様、おかえりなさいませ。あ、あの…」
「ただいま帰りました。紹介しますね。こちら、僕の師匠のグレース・アリア様です。」
「あ、あ、アリア様!!偉大なる魔法使いのアリア様ですか?!」
ギルバートは慌てて跪き、声を震わせてあいさつした。
「イアン・A・テイラー伯爵に仕えております、ギルバート・ミゼルと申します。こちらの別宅を管理させていただいております。父スチュアート・ミゼルは、領地でイアン様の執事をいたしております」
「そうか。そう固くなるな。私の子孫が世話になっているのだな。」
「と、とんでもございません。こちらがお世話になるばかりです。」
あたふたするギルバートの傍で、ぎゅるるるっとなんとも緊張感のない音が聞こえてきた。
「あ、ごめんなさい。夕食を食べそこなって、もうお腹がぺこぺこなんです」
「ふふ、ルカは育ち盛りだからな。ギルバート、夕食を頼む。今夜はここに泊まって、明日には帰ることにしよう。」
夕食を摂りながら、ルカは、以前から気になっていたことを問いただした。
「師匠。突然いなくなった時って、何があったんですか?手紙だって、普通に書けばよかったのに…。」
「ああ、あの時は普通に王都に出向く準備をしていたんだ。あの手紙は、ルカにどこまで観察力があるか、試してやろうと思ってな。ところが、急に家の外で子供の泣き声がして、慌てて様子を見に行ったら、ゴードンの使用人に後ろから殴られたんだ。まったく卑怯な奴だ!」
「それで家の鍵が開いたままだったんですね。」
「そのくせ娘を助けてほしいなどと、うそくさい芝居を見せられてな。あの塔に囚われているというのだ。まぁ、娘はともかく、あの塔がどうなっているのか興味があったからな、様子を見に行ったんだ。」
「そしてまんまと捕まったんですね。」
「・・・ルカ、最近言う様になったな。」
満面の笑みを浮かべるルカをしり目に、アリアは不満げに眉をしかめて、それでも黙々と夕食を楽しんだ。
翌朝、王都では、王族に何か起こったらしいという噂が流れていたが、アリアは全く関心を示さず、さっさと王都を後にした。
秋の澄んだ風が吹き渡る頃、ルカたちは、すっかり日常を取り戻していた。その日も井戸で水を汲み、床を磨いたり、窓を拭いたりと、学校が終わっても、ルカは忙しく働いていた。
「ルカ、それが終わったら、今日は瞬間移動の練習をするぞ」
「分かりました。」
ルカは、ウキウキした様子でバケツの水を片付けに外に出た。すると、ちょうど鳩が井戸の傍に降り立ったところだった。足には手紙をつけている。ルカは、すぐさま手紙を外してアリアに届けに行った。
「師匠、お手紙です。」
「手紙?」
そう言ったまま中身を読むと、にやりと笑ってルカに手紙を差し出した。
「ルカ、おまえ宛てだ。」
「え?失礼します。」
受け取って、ざっと中を読むと、まるでよそ事のように感心していた。
「師匠、あれから王宮内は大変だったみたいですね。」
「そのようだな。真面目な第一王子が王太子に決まったら、国王派の貴族たちがうるさくなるのは分かっていたことだ。これは早々に国王の代替わりがあるかもしれんな。ふふ、どこかの小鳥が迷い込んだぐらいで、なんとも脆弱な事だ。アーチャーも苦労が絶えないな。」
「え、僕のせいですか?」
「ふふ、おまえのお陰、だ。」
窓辺に羽ばたく音がして、再び鳩が止まっていた。またしても鳩便だった。今度はアリアが手紙をはずしてやると、細長く折られた手紙を広げた。
「アイツめ、私の秘蔵っ子を狙うとは、随分強気に出たな。」
「え、どういうことですか?」
渡された手紙を慌てて読んで、ルカは声上げて驚いた。
「ええ!僕に政治家になれってことですか?!」
「アーチャーがそういうのなら、間違いないだろう。ルカ、魔法使いと首相の両刀遣いは大変だぞ。今からしっかり学んでおけよ」
「そ、そこは、どちらかにしなさいって言ってほしいですよ」
嘆いていると、外で人の気配がした。
「ルカ、いるか?」
「ジョー!サイモン!どうしたの、その魚」
「このところ、魚がよく捕れるんだ。まるで海流が変わったみたいだって、父さんも言ってた。今日は、こっちにも差し入れを持ってきたんだ。」
「ほう、うまそうな魚だな。そうか、漁場が戻ってきたんだな」
アリアは、ニヤっと口角をあげる。
「師匠、また何かやりましたね。」
胡乱気な目でアリアを見る弟子は、微妙な顔でつぶやいた。アリアが目覚めてからのこの1年、本当にいろんなことに変化が及んでいる。そのほとんどがアリアがらみだ。
「何かだと? お前たちを苦しめたんだ。少しは償いの意志を見せてもらわないとな」
「ええ?どういうこと?」
横からサイモンが口を出す。
「つまりだ。あの人魚たちは自分たちの遊び場にするために、魚たちを追い払っていたんだ。だが、悪さが過ぎて、反省することになった。もうこちらの砂浜には二度と近寄れないようにしておいた。ふふ、あの憎たらしいテディスの鼻っ柱を折るのは痛快だったな。」
「じゃあ、これからはいっぱい魚が捕れるんだね!やったー!父ちゃんも喜ぶね、兄ちゃん」
「そうだな」
「ところでジョー、オスカーの体調はどうだ?」
「オスカーですか?アリア様のお口添えのお陰で、いい薬をもらうことができました。もうすっかり元気になっています。」
実は、アリアはオスカーの病気の治りが悪いことに気が付いて、街の病院に苦言を呈していたのだ。病院も貴族の息がかかっていて、平民に渡す薬は、不当に薄められたりしていたのだ。
「そうか。家の状態が落ち着いたら、ジョーも簡単な魔法ぐらいは使えるようになっておけ。私の歌が聞こえたおまえなら、ルカほどでなくても、きっと生活魔法ぐらいは出来るようになるはずだ。それに、おまえの親友は、こんなに体は小さいが、将来は魔法使いと首相を同時に努めるらしいから、おまえもしっかり勉強して、こいつの手助けをしてやってくれよ。」
それを聞いたジョーとサイモンは、一瞬、意味が分からないような顔になって、続いてブハハっと大笑いした。
「まったく、冗談じゃないよ」
ルカはそう言いながら、心の中では闘志をみなぎらせていた。いつか、本当にそうなれたら、自分の夢だった、平等な世の中も実現できるかもしれない。今は夢物語だけど、いつかきっと…。顔をあげると、そこには、信頼できる仲間の笑顔があった。




