第2章 失踪 6
ルカはすぐさま青い小鳥に姿を変えると、おとなしく籠に戻った。すると、入れ替わるようにとびらがノックされ、そっとホリーが顔をのぞかせた。
「ああ、殿下。今、お呼びしようと思っていたところです。残念ですが、この小鳥はやはり長くは生きられないでしょう。せめて、自由に空を飛べるように、放してあげてはいかがですか?」
「ええ?小鳥さん、やっぱり病気なの?せっかく見つけた青い鳥だったのに。」
「姫様、命を大切にすることは、王族の責務ですぞ」
恨めしそうにアーチャーを見つめていたホリーだったが、一人前の王族として扱ってもらえたのが響いたのか、きゅっと口を真一文字に結んで頷いた。
「そうね。王族の責務だわ。小鳥さん、ごめんね。どうぞ、自由に飛び立ってちょうだい」
ホリーが鳥かごをあけ、そっと手を伸ばすと、ルカはその幼い手にちょんと乗った。そのままそうっと籠から腕を出すと、つんつんと腕を登り、ホリーの肩に留って、「ありがとう」っと声を掛け、開け放たれた窓から飛び出していった。
「小鳥さん、バイバイ。」
「ホリー殿下、さすがです。小鳥もお礼を言っていたようですね。さぁ、そろそろ午後のお勉強の時間です。マーキュリー女史がおまちですよ」
アーチャーが部屋を出たころ、ルカは、懸命にテイラー家の別邸を目指していた。持ってきたカバンの中に、アリアが取り返したスズランの瓶がはいっているのだ。
テイラー家の別邸に辿り着いたのは、お昼を回った頃だった。突然一人で帰ってきたルカに、ギルバートは驚きを隠せない。しかし、今のルカはそれどころではなかった。慣れない変化を長時間かけて、くたくたの状態だった。しかもランチも食べていない。
「坊ちゃん、すぐに昼食を準備いたします。お召し上がりください」
「うん、ありがとう。お願い、食事が終わったら、少し休みます。夕方までに起きなければ起こしてください」
ニーナが大急ぎで作ってくれたリゾットを食べると、倒れこむようにベッドに沈んだ。
夕方になって、ギルバートがルカを起こしに来た。
「ルカ様、そろそろ夕刻になります。起きてください。」
「ああ、ありがとうございます。では、少し出かけてきます。」
ルカは目覚ましに冷たい水で顔を洗うと、すぐさまスズランの小瓶を首にかけ、呪文と共に、小鳥に姿を変えた。傍で見ていたギルバードがひゅうっと口笛を鳴らす。そして、まどから空高く飛び立つ姿を見送った。
アーチャーが中庭に来ると、すでにルカは餌場で喉を潤していた。さりげなくその青い小鳥を肩に乗せると、そのまま執務室に戻る。定時を過ぎた執務室は、秘書官たちも帰宅して落ち着いた状態だった。アーチャーはそっと鍵を閉めると、肩に乗っていたルカに声を掛けた。
「もう、大丈夫だ。」
「お気遣いありがとうございます。それで、師匠の閉じ込められている場所になにか心当たりはありますか?」
「そのことだが、この王宮の北側に細長い塔がある。そこは、王族や上級貴族が罪を犯した時に幽閉するための塔なのだが、一番上の部屋は昔、魔法使いが作ったと言われているんだ。いったん扉を閉めてしまうと、よほど強く魔力を持っていないと開けられない仕組みだ。あれから私もアーチャー家で伝えられている伝承の本に目を通したのだが、どうやら、ご先祖がそれを開ける手助けをしたようだ。部屋全体に魔力を注ぐと、黄金の鳥が現れる。それを弓矢で打ち抜けというものだった。ただ、その塔に本当にアリア様がいらっしゃるかどうかだ。」
「あ、それなら!」
ルカは胸にかけていた小瓶を差し出した。そして、その中のスズランに向かって声を掛ける。
「師匠。師匠。聞こえますか。ルカです。今、王宮に来ています。アーチャーさんと一緒です。」
「ルカ、アーチャーに会えたのか。よくやった。アーチャーなら、私の囚われている場所を知っているだろう。ルカと力を合わせて扉を開けてほしい」
「アリア様!私は現アーチャー公爵家領主、ディラン・アーチャーです。今から塔に向かいます。しばし、お待ちください」
「アーチャーか。ルカを頼むぞ」
「承知! では、そろそろ向かおう。」
「はい!」
アーチャーは、執務室の飾り棚の扉を開けると、二重構造になった壁を押し開けて、大きな弓矢を取り出した。
「まさか本当にこれを使う日がくるとはな」
あめ色に使い込まれた弓は、先祖から代々受け継がれたものだという。その感触を確かめるようになでるアーチャーは、すでに騎士の目つきだ。ルカは再び小鳥の姿になって、騎士の肩に留った。警備兵の交代のタイミングを見計らって、二人はこっそり北の塔に入り込む。ぐるぐると螺旋階段を上がっていくが、今はどの階にも人はいない。そして、いよいよ最後の階段を上がり切ると、重苦しい扉が行く手を阻んだ。
「ルカ、ここが例の場所だ。おまえに魔力があるなら、この扉にその力を注いでくれ。それによって、どこからか黄金の鳥が飛んでくるらしい」
「分かりました。」
姿を戻したルカは、一度目を閉じて気持ちを落ち着かせると、指輪からあふれるように出てくる力を掌に集めて扉に流し込んだ。アーチャーはそれを確かめると、窓の外を確かめた。しかし、外から鳥が飛んでくる様子はない。
「ルカ、先ほどのスズランを出してくれ」
「これです。」
ルカは、扉に注ぐ魔力を抑えることなく、胸にぶら下げたすずらんの小瓶を指さした。アーチャーはすぐにそれに飛びついて叫ぶ。
「アリア様。ご無事ですか? 先祖からの言い伝えの黄金の鳥がまだ見えないのですが、何かご存知ではないですか?」
「アーチャー、建物の外に出るんだ。黄金の鳥はすでに頭上にいる」
その言葉を聞くと、アーチャーはすぐに階段を駆け下り、外から塔を仰ぎ見た。すると、塔全体を青いオーラが取り囲んでうごめいていた。
「なんて魔力だ!」
オーラの影響か、夜風が妙に強くなっていた。魔力の強さに恐れを覚えながらも、アーチャーは弓を引く。てっぺんにあった風見鶏が、魔力の影響を受けて金色に光り輝いていたのだ。
『我が子孫よ。姫をお守りするのだ。我がアーチャー家の力をここに示せ。』
頭の中に響く声は、アリアと共に戦った先祖のものだろうか。心にあった恐れは消えた。
「黄金の鳥よ。今こそ、その扉を解放しろ!」
アーチャーの矢は、強い夜風などものともせず、きれいな弧を描いててっぺんにあった風見鶏を目指す。ガキーンっと重い金属の音がすると、風見鶏がコロコロと塔の屋根を転げ落ちた。すると、塔の内部でガラガラと何かが崩れ落ちる音が響いた。
「アリア様!ルカ!大丈夫か?」
土煙が舞う階段を駆け上って先ほどの扉の前まで行くと、ギギギっと錆びた扉の音が響き、アリアが姿を現した。
「アリア様!ご無事ですか」
「師匠!」
「二人とも、ご苦労であった。私は無事だ。さぁ、王宮に向かおう」
3人が塔の出口まで来ると、音に驚いた警備兵たちが集まっていた。
「脱走か!」
「どうやって出てきた!」
口々に騒ぎ、剣を構えるが、隣にアーチャーがいることに戸惑いを隠せない。アリアは涼しい顔だ。
「皆の者、ご苦労。私はこれから国王に面会する。」
「え、あの…。その髪と瞳の色は…!」
「アリア様だ。すぐに陛下に先ぶれを」
「はっ!」
アーチャーの指示で、兵の一人が先ぶれに走った。それを見送って、3人はゆっくりと王宮へと入っていった。
「南側の迎賓宮は、今日も陛下主催の夜会が予定されています。そろそろ貴族たちもやってくるでしょうが、王族にはまだ時間があります。謁見は可能かと」
「そうか、それは良かった」
一方、王宮最奥の国王の私室に、突然先ぶれの兵士がやってきて、国王は面食らっていた。
「陛下、アリア様が復活なさいました。今から陛下にお目通り願いたいとのことです。」
「なんだ? そんな名前の知り合いはいないぞ。もうすぐ夜会が始まるというのに、こんな時間に何をしておるのだ」
「あら、陛下。アリア様といえば、あの伝説の魔法使い様ですわよ。魔法使い様が復活されて、自然災害に見舞われた地域を復活させられたと、サロンでも一時、随分話題になっておりましたわ。陛下にとってはご先祖様ですわね。」
王妃の言葉に、自分が世間に疎いことがばれないかと、慌てて態度を改める。
「ふむ、仕方ない。会ってみるか。貴族たちを待たせているんだ。手早くしろ」
「はっ」




