第2章 失踪 5
「そっとしてね。傷つけないで!」
「捕まえました、姫様。今、鳥かごをお持ちします。」
「やったー!ねえねえ、見せて!」
ルカを捕まえた護衛は、そっと姫の前にルカの顔を見せる。屈託のないキラキラした瞳がルカを覗き込んでいる。
『まずい。このまま掴まったら、アーチャーと会えないじゃないか』
ルカが、なんとか逃れようとするのを、幼い姫が宥めた。
「怖くないわよ。今日からあなたはホリーのお友達になるの。仲良くしましょうね」
「姫様、鳥かごが参りました。」
後ろから護衛が声を掛けると、あっという間にルカは鳥かごに入れられてしまった。
王宮内に運ばれ、レースやフリルがいっぱいの愛らしい部屋に連れていかれると、後から、よく似た年頃の男の子がやってきた。
「ホリー!青い鳥を見つけたんだって?僕にも見せて!」
「ローリー!もう聞きつけてきたの?いいわよ。もう私をいじめないって約束するならね」
「約束するよ!」
あ、これは口から出まかせだな。ルカはそんなことを思いながら、すました顔で二人の様子を見ていた。
「ねえ、ホリー。餌をやったりしないの?」
「うーん、何を食べるのか、分からないわ。」
そう言いながら、二人にじーっと見つめられるのは、なかなかの苦行だ。しかも、このままでは、アーチャーに会うこともアリアを助けることもできないのだ。それを考えると、ルカの頭はじわじわと下がっていく。
「あれ? コトリさん、どうしたの?」
「元気がないね。無理に捕まえたからじゃないか?」
「そ、そんなことないわ!そうっとしてってお願いしたもの。私、マーキュリー女史を呼んでくるわ」
「じゃあ、僕も行く!」
子どもたちが走り去ると、ルカは脱出できないか、籠の入り口を細い足で引き上げてみた。しかし、小さな鍵がかかっていて、鳥の足では開けられそうにない。そのうち、足音が戻ってきた。
「まぁ、きれいな小鳥ですわね。なんという鳥でしょう。後で図鑑で調べてみましょうね。」
「ねえ、マーキュリー先生。この子、元気がないの。どうしたらいいのかしら」
「まぁ、このまま飼うおつもりですか?それはなりません。王女様にはお勉強がたくさん待っています。小鳥に構っている暇はありませんよ」
「ええー!もういいわ!お手間をかけてすみませんでした!」
「まぁ!なんですか、その言葉遣い!お昼ご飯を召し上がったら、午後から上品な言葉遣いのお勉強ですよ!」
そういうと、マーキュリー女史はさっさと部屋を出て行った。
「ねえ、ホリー。他の人に聞いてみる方がいいんじゃない? 僕、誰か教えてくれそうな人を探してくるよ。」
「じゃあ、私も探してみるわ。」
どうやら二人はそれぞれに分かれて行動するようだ。
「あー、さっきの先生。もう一息で放してくれそうだったのになぁ」
その時、壁に掛けてあった鳩時計がおどけた顔で12時を告げた。アーチャーが中庭にやってくる時間だ。参ったなぁ。ルカは窓の外に目をやって、途方に暮れていた。
廊下から足音がしてきて、大人が二人入ってきた。
「おや、姫様が言う通り、随分きれいな小鳥だな。」
「いや、しかし。王宮内に勝手に野生の鳥を入れるなど、よろしくないだろう。だいたい、あの姫はわがままが過ぎるんだよ。このまま籠から小鳥を放してやったらどうだろう。」
「いやいや、何をおっしゃっているのです。こんな美しい青い鳥、見たことがない。貴重な鳥かもしれませんよ。」
「はぁ。まあ、確かにきれいな鳥だが。それにしてもあの姫は、どうしてこうもおかしなことばかりに興味を持つんだろうね。これじゃあ、大昔のわがまま姫のアリア様の再来だよ」
「キャンベル侯爵様、誰かに聞かれたら大変ですぞ」
「ふふふ、子供部屋に間者などいまい。」
大人二人は、すでにルカの存在を忘れて、噂話に興じている。思わぬところでアリアの名前が聞こえ、ルカは背筋を伸ばした。
「そういえば、ゴードンの領地に魔女が復活したと聞いたが、どうなった?」
「その件ならご安心を。ゴードンがうわさを聞きつけて来たときに、ボートレック侯爵様と例の場所を準備しておりましたので、身柄の確保が終わっています。」
「では、例の開かずの間に入れることが出来たのか?本当にアリア様だったのか?」
「はい。娘が冤罪に巻き込まれて長いこと例の塔に入れられているので助けてほしいと、ゴードンからアリア様にこっそりと…」
「ゴードンには娘などおらんだろう?」
「ええ、もちろん。嘘も方便というやつです。あの塔に忍び込めるのは、魔法使いぐらいですから。」
「では、本当に魔法使いなのか。はぁ、今の時代に魔法使いなど、とても信じられんがなぁ」
「まぁ、念には念を入れております。また財政などで口を出されても困ります故」
「確かにな。アスター、陛下の耳には入れるなよ。小金を掴ませて遊んでもらえばいい。」
遠くから元気な足音が響いてきた。大人たちはすぐさま口を閉じ、子どもたちを出迎えた。
「姫様、走っては危ないですよ。」
「分かってるわ。それより、小鳥はどう?元気になった?」
「申し訳ございません。我々も手を尽くしましたが、どうにも…。ああ、そうだ。アーチャー首相に相談されてはいかがですか?今頃中庭で小鳥に餌を与えていらっしゃる時間でしょう。」
子どもたちはぱっと明るい表情になり、すぐさま飛び出していった。
「さて、帰りますか。今夜も陛下主催の夜会がありますからな。お嬢様もお越しなのでしょう?」「はは、あの子はアレックス王子に夢中だからなぁ。また新しいドレスをせがまれたよ。」
「ハリー王子だけでなく、もう一手打つわけですか。」
「ハリー(・・・)は第二王子だからな。これでアレックス王子を手に入れたら、キャンベル家も安泰だ」「さすがですね。では、参りましょう。それにしても、人騒がせな小鳥ですな。」
扉を締めながら、アスター伯爵はちらりとルカを見て呟いた。大人たちの足音が遠のくのを確認したから、ルカは大声で「チクショー!」と叫んだ。もちろん、現実にはピヨピョと聞こえているだけだったが。
再び足音が聞こえてきた時は、子どもたちの足音も穏やかだった。扉を開けて入ってきたのは、子どもたちと大人の男が一人。
「この子よ。私が見つけたの。でも、元気がないのよ。キャンベル様がアーチャー様に聞いてみたらいいって」
「はぁ。私は別に鳥の研究者ではないのですよ。どれ、見せてください」
そう言って、鳥かごに近づいた男を、ルカはまじまじと見入ってしまった。
『会えた!この人がアーチャーなんだ!』
アーチャーはルカの瞳の色を見た途端、何かに気が付いたようにわずかに目を見開いた。そうして、難しい顔を作ってホリーに告げた。
「姫様、残念ですが、この鳥はどうやら病気に罹っています。移ってはいけないので、ローリー王子のお部屋に避難してください。私が治せそうなら頑張ってみます。さあ、早く!」
「ええー、そうなの? きっと助けてあげてね」
ホリーがしぶしぶ部屋を出ると、鳥かごの扉を開けて、ルカを床に立たせた。
「おまえは何者だ? ただの小鳥ではないだろう?」
「ありがとうございます。助かりました。」
ルカは、すぐさま人型に戻って、ふうと大きく息をした。そして、アーチャーに向き直った。
「僕はルカ・マンチェスターと申します。マンチェスター子爵の次男で、グレース・アリア様の弟子です。」
「アリア…?!では、魔法使いが復活したというのは本当だったのか。ああ、そうか。それがアリア様だったのだな。」
「はい。」
アーチャーはルカの両肩をぐっと掴んで、食い入るように確かめると、嬉しそうに何度も頷いた。
「アリア様の事は、祖父から聞いている。視野が広く、公平な目をお持ちだったと。そして、強力な魔力をお持ちだったと。兄王様に迫害されていなければ、今頃この国はもっと良くなっていたはずだと」
「その、アリア様が、突然姿を消されたのです。過去を清算すると、1週間経っても帰らなかったら、アーチャーを頼れと、そんな書置きがありました。」
「なんだって!過去を清算?」
背が高く、程よく筋肉をまとった体は、ルカには理想の男性像だった。そんな男がルカに合わせて背中を丸めてじっと考え込んでいる姿は、なんだかおかしかった。
「どうした? なにかおかしいことでもあったか?」
「いえ、ごめんなさい。だって、アリア様がドラゴンと戦ってからもう何百年も経っているのに、おじい様のテイラー伯爵も、アーチャー首相も、まるで前から知ってるみたいに親身になってくださるから、嬉しくって。僕が小さいころから気にしていた肩の七つ星のほくろなんて、小さなことだったんだなぁって、思ったんです。」
「テイラー伯爵…、七つ星…?おお、そうであったか。なるほど、だからアリア様の弟子になれたのだな。」
「そうだ!大事なことを忘れていました。さきほど、小鳥になって鳥かごにいるとき、貴族の大人たちをホリー殿下が呼んでこられたのですが、殿下が席を外しているときに、おかしなことを話していたのです。」
ルカは、キャンベル侯爵やアスター伯爵の話を思い出せる限り正確に伝えた。すると、アーチャーはすっくと立ちあがり顔色を変えた。
「やはりあの一派が絡んでいたか。ではルカ、きっとそろそろホリー殿下がしびれを切らせてここに戻ってくる。いったん小鳥に戻って、鳥かごに収まってくれ。そして、私がホリー殿下を説得して、殿下自身の手でルカを放してくれるように説得する。そうして、いったん王宮の外に出ていてくれ。私の仕事が終わる夕刻ごろに、また中庭の餌場に来てほしいんだ。陽が落ちたころに開かずの塔に行ってみよう。」
「分かりました。」




