第2章 失踪 4
しばらくすると、ニーナが夕食の用意が出来たと呼びに来た。案内されるまま、食卓に着くと、広いテーブルに一人分の料理が並んでいった。
「そっか。ここにはおじい様もいらっしゃらないから、一人ってことなんですね。」
「ええ、もちろんです。」
「食事をしながらでいいので、王都の様子を聞かせてもらえないですか?」
ルカは、目の前に並べられたごちそうを食べながら、現在の国王の家族や、貴族たちの力関係、王都で流行っている物などについて説明を聞いた。
この国、コートミスティの国王アイザック・コートミスティには、王妃以外にも3人の側室がいること。国王の子どもは現在男子が3人、女子が4人いること。そして、残念ながらアイザックは、浪費家であることが語られた。
また、アーチャー公爵家は、古くは近衛兵として王家に仕えていたが、王女と婚姻を結んだことで、公爵家となり、今は、首相を務める家柄となっていると語られた。
ギルバートの口ぶりから、彼がアーチャーには信頼を置いているが、王家には懐疑的だという事が分かる。ルカは静かにそれを聞いていたが、ふと疑問に思ったことを口にした。
「ギルバートさん、師匠とアーチャー家にはどんなつながりがあったんでしょう。ご存知ないですか?」
「あの、先ほどからおっしゃっている師匠とは、どなたの事でしょう」
やや戸惑ったように尋ねるギルバートに、ルカは平然と答える。
「アリア様ですよ。遠い昔、ドラゴンからこの国を救ってくれた類まれな魔法使いです。」
「え? で、では、アリア様が復活されたというのは本当の事だったんですか? それで、ルカ様が師匠とお呼びになるという事は…」
「はい、僕はアリア様の弟子になりました。」
両手で口を押えるようにして、瞠目するギルバートは、慌てた様子で、ルカの前に跪いた。
「か、数々のご無礼、申し訳ありませんでした。まさか、本当にテイラー伯爵家の秘密を継承される方が現れたとは信じられず、坊ちゃんのお遊びかと。」
「おじい様からは何も連絡がなかったのですか? ふぅ。おじい様もお人が悪い。では、改めて、アリア様とアーチャー家のつながり、何かご存知ないでしょうか?」
「これも、何かのご縁かもしれません。従来、下級貴族の私どもの知ることではないのですが、友人が王宮内で文官をしておりまして、彼は王家の歴史に詳しく、酒が入った折にぽろりとこぼしたことがありました。」
ギルバートは立ち上がって身なりを整えると、真摯な態度で語りだした。
「アリア様が王女として暮らしていらした頃、王女様専属の護衛としてついていたのがアーチャー家でした。当時、国王であったアリア様の兄上は、暴君と呼ばれるような政治をなさっていました。アリア様たちご兄弟は、それを見かねて何度も止めようとしていたようですが、国王は聞き入れるどころか、歯向かう者には、容赦のない人物でした。あの頃、王家の人々はその高貴な血筋から、魔力が多いと言われていましたが、のちの文献をみますと、アリア様の兄上にはそれほどの魔力が無かったようです。国王に狙われるご兄弟を懸命に守り続けたのがアーチャー家の人々です。残念ながら、アリア様の弟君は亡くなってしまわれましたが、犯人は分からないままうやむやに終りました。その後、アリア様は、身の危険を感じて姉姫様が嫁がれた隣国に亡命されたと聞いております。
アーチャー様は、その後も国に残り、その行く末を見守っていたようです。その2代後の姫様が、アーチャー家の当時の嫡男と恋仲になられて、婚姻が結ばれたとのことです。それをもって、アーチャー家は侯爵から公爵へと格上げされました。その頃には、王室の浪費問題も随分落ち着いていたようなのです。しかし、今のアイザック陛下に代替わりしてからは、どうも雲行きが怪しくて。」
「アーチャー家はどうしているんです?」
眉間にしわを深めて、ギルバートは続ける。
「今の首相のディラン・アーチャー様は、アイザック陛下とご学友で、なんでも言い合える間柄だと聞き及んでおりますが、どんなにディラン様が注意しても、アイザック陛下の豪遊振りは治らないようです。まったく…、来年からは税の取り立てを増やすとまで言われていて、しわ寄せは国民にばかりやってきます。」
じっとギルバートの話を聞いていたルカは、ギルバートを見つめて問いかけた。
「明日、王宮の傍まで案内してもらえませんか?」
翌朝、ギルバートが馬車を用意していると、ルカがやってきた。
「おはようございます。ギルバートさん。」
「おはようございます。もう、出かけられますか?」
ルカは先ほど朝食を終えたばかりだ。しかし、ルカの手にはすでにカバンが握られ、イアンから譲り受けた指輪もしている。
ギルバートは、ルカを乗せると、馬車を走らせた。
「正面の門からは、身分証がなければ入れません。裏に回ってみましょう。」
ギルバートが正門を通り過ぎ、裏手にある広い公園の前に回ると、「もう、この辺で」と声がかかった。
「ギルバートさん、どうもありがとうございます。僕はこのまま王宮に忍び込みます。今日の内に帰ってこないかもしれませんが、気にしないでくださいね」
そういうと、馬車を降り、軽く手を振って歩き始めた。辺りは朝が早いせいか、他人の姿もない。ルカはそのまま呪文を唱えて小鳥になると、近くの木の枝に飛んでいった。
「あなた、どこの子?ここは私たちの縄張りよ!」
突然、鋭い言葉を掛けられて、ルカは慌てて場所を変える。隣の木に移って様子を見ていると、どうやら、先ほどの枝は小鳥たちの餌場だったようだ。赤い実があちらこちらで揺れていた。それにしても、まさか小鳥の言葉が分かるとは思わなかった。小動物に変化する術はアリアから教えられていたが、実際の小動物たちと関わることがなかったのだ。
王宮内部を観察するためには、全体像を把握しなければならない。ルカは、背の高い木のてっぺんまで行って、中の様子を伺った。王宮の外には、常時何人かの護衛が並び、建物の中では、侍女らしき女性たちが、忙しそうに行き来していた。その時、ふいに頭上に黒い影がかかって、ルカは慌てて小枝の陰に身を潜めた。
「危ない!」
すんでのところで、大きな爪から逃れたルカだったが、あまりにも突然の事で、理解が及ばない。恐怖に震える体を落ち着かせるように、木の幹に近い枝に体を預けた。
「あなた、何やってるの!あんな目立つところに居たら、タカに狙われるに決まってるわ!」
「ご、ごめんなさい。僕、今朝、鳥になったばかりで、よくわかってないんだ」
「何それ? 変な子。だけど、確かに見かけない子よね。」
小鳥たちは興味をひかれたのか何羽も寄ってきて、おしゃべりを始めた。
「その青い羽根、見たことないわ。」
「翼の先と尾羽の先だけ黒いのもかっこいいね」
「幸福を運ぶ青い鳥って、本当にいるんだねぇ」
「ねえ、君、どこから来たの?」
「えっと、海辺の村から来たんだ。僕、魔法使いの卵なんだよ。人間なんだ」
「えっ!」
それまでぎゅうぎゅうに寄り添って話を聞いていた小鳥たちが、一斉に距離を取った。
「ごめんね、驚かせて。君たちに危害を与えるつもりはないよ。それより、王宮の中の事を知りたいんだ。僕はどうしてもアーチャーさんと会いたいんだよ」
「あら、アーチャーを知ってるの?あの人はいい人よ。いつも中庭に私たちの好きな果物を置いてくれるんだもの。」
「知ってるかい。あの人は国の偉い人で、いつもきちんとした格好をしているけど、休みの日には、剣の鍛錬を欠かさないんだ。ご先祖様が騎士だったって、噂だよ。」
危害を与えられないと分かると、みな口々に話し出す。
「ねえ、アーチャーさんに声を掛けるとしたら、どこに行けばいいと思う?」
「それなら、お昼休みか夕方ね。お昼ごはんの後、中庭の噴水の横にある餌場にフルーツを持って来てくれるわ。前に弟が怪我をして、中庭に墜落したことがあったんだけど、その時、弟を見つけて手当てしてくれたのがアーチャーさんだったの。それから、すっかり私たちとお友達になってくれて。でも、エサを横取りするリスも来るから、気を付けてね。」
「そうか、ありがとう。」
ルカは、昼休みにアーチャーと会えそうなことに胸をなでおろした。そして、せっかくなので、王族の様子も見てみようと、王宮の庭まで偵察に向かった。
王宮は、外の景色を楽しめるように、複雑な形になっていた。小鳥たちの言う中庭は、噴水があるのですぐに分かった。そして、王宮の奥へと移動してみると、変わった形の細長い塔があり、てっぺんには風見鶏がくるくると回っていた。南側には、見事なバラ園を設えた庭があった。この広さなら、ガーデンパーティーに使うのかもしれない。庭に沿って、建てられているのは、貴族たちを迎えるための建物か。伯爵家の邸宅とは、まったく規模が違う。ルカはあちらこちらを見て回って疲れた羽根を、ミモザの枝につかまって休めることにした。
長らく変化しているのも、なかなか疲れるものだ。そろそろ公園に戻って人間に戻ろうかと考えていると、遠くから子供の声が聞こえてきた。
「早く来て!ほら、あそこにいるわ。お願い、すぐに捕まえて!」
何の騒ぎだろうかと人々の様子を見ていると、頭上から網にふわっと包み込まれた。




