第2章 失踪 3
ベッドに入っても、なかなか眠れない。ルカは、再び便箋を取り出し、ろうそくの炎にそれを透かして見た。
「あ!」
微かにすけて見えるところがあることに気が付いて、改めて光にかざす。
「シンパイ スルナ カコヲ セイサン スル イッシュウカン タッテモ カエラナイトキハ キシ アーチャーヲ タヨレ」
ベッドの端に座り込んだまま思いを巡らせる。過去を清算? 先ほどの祖父の話から、相手は貴族だろう。ルカは、寝間着のままテイラー家の図書室に行って、貴族名鑑を引っ張り出した。 最近の物に、アーチャーがあるかどうか、まずは確認しなければならない。
夢中でページをめくっていると、カチャっと扉が開いて、驚いた顔のイアンが立っていた。
「どうしたんだ、こんな夜中に。」
「ごめんなさい。寝付けなくて、あの便箋を見ていたら、隠し文字が見えて。だから…」
「で、貴族名鑑なんぞ引っ張り出して、誰を探しているんだ。ワシで良かったら、教えてやるぞ。」
呆れた様子のイアンだが、アリアに関することなら相談に乗る。
「師匠は、自分の意志でどこかに行ったみたいなんです。過去を清算するって書いてありました。それで、1週間経っても帰って来なかったら、騎士アーチャーを頼れって」
「あー、アーチャーなら、お前もよく知っているだろう?」
「え?…アーチャー…まさか、アーチャー首相のこと?」
イアンは眉尻を下げて言う。
「アリア様にとっては、騎士のアーチャーだろうが、すでに何年もの時が経っている。アーチャーは、昔、侯爵家だったが、先代の王女が嫁いで、公爵になったのだ。それに伴って、アーチャー家の当主が今の首相というわけだ。ルカ、もしも首相に会いに行くことになったら、うちの別邸を使うといい。王都に宿があった方が何かと便利だろう。向こうの執事にも声を掛けておく。」
「何から何まで、ありがとうございます。」
翌朝、イアンに準備してもらった馬車に乗って、自宅に戻ってきたルカは、自宅には帰らず、そのままアリアの家を訪ねてみた。日が傾いて、辺りは薄暗くなってきた。ルカはパチッと指を鳴らして明かりを灯すと、改めてアリアの家の中を捜索した。室内は前のまま誰にも触られてはいないようだった。
ルカは、飲みかけの紅茶の入ったカップを流しに持って行き、ポットと一緒にきれいに洗って食器棚に片付ける。すると、その食器棚の隅に、見覚えのある小さなガラス瓶が目に留まった。
「あれ?これって…」
そうっと手を伸ばすと、瓶の中の花がふわっと光を放った。そう、これは、ジョーとソリターリオに登った時に見つけたスズランだ。ルカが一人で行った時より茎が長くて花も大き目だ。どうやらジョーを取り戻した時、一緒に回収していたようだ。ルカはそれを手に取ると、ぽつりとつぶやく。
「これだけじゃ、願いはかなえてもらえないよな。」
「なんだ、これの使い方も知らないのか?」
急に花から声が響いて、ルカは驚いて瓶を落としそうになった。
「その声は、師匠?」
「ああ、そうだ。祝いの席をふいにして悪かった。ちょっとヘマをして、拘束されているんだ。悪いがアーチャーに連絡を取ってくれないか」
ルカはふっと苦笑いした。
「師匠、アーチャーさんって、今は騎士じゃなくて首相なんですよ」
「おお、そうか。奴の子孫も頑張っているんだな。ははは」
「笑い事じゃないですよ。どうやって、一市民が首相に会うんですか!」
ルカが突っかかるように言うと、一瞬静かになったが、すぐに、声が戻ってきた。
「この1年、お前は何を学んできたんだ?ちゃんと頭を使って考えろ。おっと、見回りが来る、後でな」
「師匠? 師匠―!」
その後は、どんなに呼びかけても返事は返ってこなかった。
室内は再びしんと静まった。学んできたこと。ルカはこの一年に身に着けた魔法を思い浮かべる。風を起こし、光の玉を出し、食事ぐらいなら出せる。あとは、小動物なら、変化できるようになった。まだ瞬間移動などは出来ないけど。
「そうか!」
ルカは、すぐさま自宅に戻ってカーシンに声を掛けた。そして、翌日には用意してもらった馬車に乗って、王都へと向かったのだ。
王都は、ルカの住む村とはまったく違う街並みだった。大きな邸宅が立ち並び、人々の服装も全然違う。村では誰かの結婚式にしか見かけないようなドレスアップした姿の人が当たり前のように行き来していたのだ。
到着した邸宅は、テイラー伯爵家の別宅で、イアンが王宮に出向く際に使っている館だ。カーシンから話が通っているのか、玄関先にはスチュアートによく似た若い男が待ち構えていた。
「ルカ様、お待ちしておりました。私は、こちらの管理を任されておりますギルバートと申します。」
「急なお願いを聞いてくださって、ありがとうございます。今日からしばらくお世話になります」
ルカは丁寧にあいさつするが、ギルバートの表情は硬い。
「では、お部屋にご案内します。」
すっと先を歩きだしたギルバートに続いて館に入ると、テイラー家の領地の邸宅とはまた趣の違う、豪華でしゃれた内装になっている。ルカは、前を歩くギルバートに尋ねてみた。
「テイラー家の領地の邸宅とは、随分趣が違うのですね」
「そうですね。領地では、農作業も多いですし、領民に開かれた邸宅にしておきたいというのが、伯爵さまのご意向なのです。ですが、王都では、他の貴族の方々との交流もありますので。」
話しながら、一つの扉の前に立ち止まったギルバートは、そっと道を譲るように扉を開けた。
「こちらがルカ様のお部屋でございます。」
「ありがとうございます。」
「ルカ様、大変出過ぎたことを申しますが、使用人にそのような言葉遣いはいかがなものかと」
ルカが振り返ると、冷たいまなざしが自分を射抜くように見つめていた。今までのルカなら、これだけで怯んでいただろう。
「いえ、僕は伯爵家の孫ではありますが、あなたと同じ、下級貴族の次男です。それに、ギルバートさんよりずっと年下の世間知らずです。特にここでは、王都ならではの常識を教えていただくことになるでしょう。師に対する態度に、何か問題でも?」
まだ幼さが残る風貌のルカをなめていたかもしれないと、この時ギルバートは思い知らされた。
「と、ところでルカ様。今後のご予定がお決まりでしたら、ご享受願えませんでしょうか。」
「ギルバートさんは、アーチャー首相がどこに住んでいらっしゃるか、ご存知ですか?」
「アーチャー首相ですか?それはもちろん、王宮の中でございますが」
「そうなんですね。ありがとうございます。」
そんなやりとりをしていると、侍女が紅茶を運んできた。
「失礼いたします。紅茶をお持ちしました。」
「ああ、ありがとう。」
「紹介しておきます。これは、侍女のニーナです。ルカ様がこちらにいらっしゃる間のお世話係をさせていただきます」
「よろしくね。ニーナ」
屈託のない笑顔に、ほっとした顔になったニーナを、ギルバートがきっと睨んだ。それに気が付くと、ニーナはそそくさと部屋を出て行った。
「ねえ、ギルバートさん。僕は一日も早く師匠を助けに行きたいんです。王宮ではどんなことが行われているのか、行事などでアーチャー首相が行動することがはっきりしている日はあるのか、その辺りを調べてもらうことができるでしょうか。」
「承知しました。すぐに調べてまいります。ですが、今日のところは、ゆっくりなさってください。もう少しで夕食のお時間です。用意が整いましたら、お呼びいたします」
ギルバートが退室すると、ルカは、ふうっと大きなため息をついた。窓から見える街並みは、日が暮れてきてもにぎわったままだ。王都では、各貴族がそれぞれ邸宅を構えて、夜会などの交流を楽しむのだと聞いている。ルカの家は、商会の事業が成功していて、王都にも商会の建物を持っている。しかし、ルカの父・ダニエルは、夜会には情報収集に向かうぐらいで、他の貴族のように財力を見せびらかしたり、豪遊することはない。だから、夜会の際は、商会の仕事場の小さな部屋に簡単に衣裳をそろえているだけなのだ。




