エピローグ
「ふぅ、一丁上がり、と」
くまなく雑巾がけを終えた私は、最後に改めて長年世話になったこの家の中を見回す。
この家では本当にいろんなことがあった。
数え切れないほどの辛いこともあったけれど、それでもやっぱり今は感謝の気持ちしかない。
それもこれも、全部あの人のお陰……。
私はボストンバッグを開け、一番上に仕舞ってある物を見て、目を細めた。
ふふ。
「ニナ、そろそろ時間かい?」
「あっ、おばあちゃん!」
おばあちゃんが見送りに来てくれた。
おばあちゃんもこの10年で更に腰が曲がっちゃったけど、まだまだ元気だ。
「おばあちゃぁん!!」
おばあちゃんにギュッと抱きつく。
「おやおや、いつまで経ってもニナは甘えん坊だねえ」
「えへへへー」
だっておばあちゃんが大好きなんだもん!
それに私、正真正銘おばあちゃんの孫になるんだし――。
「おや、ちょうどお迎えが来たみたいだよ」
「あっ、ホントだ!」
空を見上げると、アブソリュートヘルフレイムドラゴンが大きな翼をはためかせながら私たちの目の前に着地した。
アブソリュートヘルフレイムドラゴンの背から、背の高い黒髪の男性がふわりと降り立った。
私の婚約者のエディだ。
「やあニナ。もう準備は終わってる?」
「うん、今さっき終わったとこ」
「エディ、ニナを泣かせたら、このアタシが容赦しないからね」
「ハハ、もちろんですよおばあ様」
そう、エディはおばあちゃんの実の孫でもあるのだ。
「じゃあ、行こうか、ニナ」
「うん! ――行ってきます、お父さん、お母さん」
私は庭にある、2人のお父さんと、1人のお母さんのお墓に手を合わせた。
「さあニナ、乗って」
「はぁい」
エディの手を借りて、2人でアブソリュートヘルフレイムドラゴンの背に乗る。
「よし、飛べ、アブソリュートヘルフレイムドラゴン」
「グガアアアアアアアア」
ふわっと身体が浮き上がり、どんどんと地面との距離が離れていく。
ニコニコしながら手を振っているおばあちゃんに、私もブンブン手を振り返した。
「怖くないかい、ニナ?」
「うん! とっても快適よ!」
エディが結界を張ってくれてるから、風も全然感じないし。
「よいしょ」
私はおもむろにボストンバッグを開け、一番上に仕舞ってある日記を取り出した。
もう数え切れないほど読み返したそれは、すっかりボロボロだ。
「それが、例の君の宝物?」
「うん、これのお陰で、私は今日まで生きてこれたの」
「そうか。本当にいいお父さんだったんだね」
「ええ、私の自慢のお父さんよ」
1ページ目をめくると、そこには汚い字でこう書いてあった。
1にちめ
きょうかえりみちににんげんのがきをひろった
がきははらがへってたんであぶそりゅうとへるふれいむどらごんのにくをくわせてやった
がきはにくをうまそうにくっていた
でもおやがしんだばかりなのでしくしくとないていた
でもくいおわったらすぐにねた
しかたないのでおれはがきといっしょにねた
2にちめ
あさおきたらがきがすごいねつをだしていた
まじょのばばあのところにつれていったらただのかぜだといわれた
にんげんのがきはよくねつをだすものらしい
ばばあのくすりをのませたらゆうがたにはだいぶよくなったのでいえにかえった
(ついき)
がきのなまえはになというらしい
いいなまえだとほめたらよろこんでいた
にながほっとけーきをたべたいというのでばばあのめものとおりにつくったらこげた
でもになはこげたほっとけーきをとってもおいしいとおせじをいっていた
おやとしてなさけない
「ふふ」
情けなくなんかないよ。
短い間だったけど、あなたは私に一生分の愛情を注いでくれた。
私はあなたから貰った愛を、死ぬまで誇りに思います。
続いてパラパラとページをめくり、とあるページで目を止める。
52にちめ
きょうはになにかりをおしえた
でもどれだけおしえてもになはかりがうまくできなかったのでおれはおこったらになはなきながらどこかにいってしまった
そのうちかえってくるだろうとおもっていえでまっていてもになはかえってこなかった
しんぱいになったのでさがしにいったけどになはみつからなかった
まじょのばばあのところにいったらおれがわるいといわれた
こどものことをおやがしばるのはだめだといわれた
たしかにそのとおりだ
こんごはきをつけないと
になはりょうしんのはかのところにいるとおもったのでいったらにながいた
でもおーくにおそわれそうになっていたのでいわでおーくをたおした
そうしたらになはおれのことをおとうさんとよんでくれた
しかもほーんらびっとをひとりでかれていた
おれはになのあたまをなんどもなでた
「あはは」
あったなあこんなことも。
この日以来、狩りの教え方が露骨に優しくなったから、私のほうから逆に「もっと厳しくしてもいいよ!」って言ったんだっけ。
そのままページをめくり続け、文字が書かれている最後のページに辿り着いた。
このページだけは、涙で文字がぐしゃぐしゃに歪んでいて特に読みづらい。
今回もこのページを開いた瞬間、雨も降っていないのにポタリと大粒の水の塊が文字を滲ませた。
「う……うぅ……お父さん……お父さああああん……」
「……ニナ」
エディは私のことを、後ろからギュッと抱きしめてくれた。
359にちめ
まずいことになった
おうこくぐんがおれとになをとうばつするためにせめてくるらしい
おれはまだしもになはなにもわるいことはしてないのにころそうとするなんてにんげんはつくづくかってないきものだ
でもになのことだけはおれがいのちにかえてもまもってみせる
おれはになのおやだからな
むすめのことはしんでもまもるのがおやのやくめだ
だからおれがぜったいまもってやるからあんしんしろよにな
おれのむすめになってくれてほんとうにありがとな
おまえのおかげでおれはすごくしあわせだった
あいしてるぜにな
2022年11月15日にマッグガーデン様より発売の、『悪役令嬢にハッピーエンドの祝福を!アンソロジーコミック②』に拙作、『コミュ症悪役令嬢は婚約破棄されても言い返せない』が収録されております。
もしよろしければそちらもご高覧ください。⬇⬇(ページ下部のバナーから作品にとべます)




