359にちめ①
「お父さん、ホーンラビット取ってきたよ!」
「おお、やるなニナ」
全身泥だらけで帰って来たニナは、左右の手にそれぞれ2匹ずつもホーンラビットをぶら下げていた。
最近はホーンラビット程度なら、俺よりも上手く捕まえられるようになっていた。
ふふ、子どもの成長ってもんは、本当に早いんだな。
「お父さん、お母さん、私、今日も頑張ったよ!」
ニナは庭にある、両親の墓にホーンラビットを見せつけている。
「よし、少し早いが夕飯にするか。今日は褒美に好きなもの作ってやるよ。何が食いたい?」
「やったー! じゃあ私、ホットケーキが食べたい!」
「ホットケーキィ? 夕飯なのにか?」
「うん! 私、お父さんの作ったホットケーキだーい好き!」
「……へっ、しょうがねえなぁ。ちょっと待ってろ」
鼻歌交じりにボウルを取り出し、そこに小麦粉と膨らし粉と砂糖を入れ、卵を片手でパカッと割って投入。
牛乳を少し入れたらヘラで満遍なく搔き混ぜ、フライパンに移し替えてから弱火でじっくり焼く。
表面にプクプクと穴が開いてきたら片面が焼けてきた合図だ。
俺はフライパンの取っ手を持ち、ホットケーキを空中で――。
「ほいっと」
「イエイ! ナイスキャッチ!」
裏返してフライパンに着地させた。
後は少し焼けば出来上がりだ。
焼きたてホヤホヤのホットケーキを皿に乗せ、たっぷりのバターとハチミツをかけてから、ナイフとフォークと共にニナの前に置いた。
「ホラ、熱いからゆっくり食えよ」
「わーい! いっただきまーす! あーん!」
大きく切ったホットケーキを、パクリと頬張るニナ。
「んん~、美味しい~」
「ハハハ、そうかそうか」
蕩けるような笑顔のニナを見ていたら、心の奥がポワンと暖かくなった気がした。
――嗚呼、今ならわかる。
これが幸せってやつなんだな。
これといった何の目標もなかった俺に、今明確な目標が出来た。
それは、ニナの花嫁姿を見ることだ――。
その日まで、何があっても死なねーぞ、俺は。
「オーガ! いるかい、オーガ!?」
「「――!」」
その時だった。
魔女のババアの声が、玄関の向こうから聞こえてきた。
ババアがこの家に来るなんて珍しいな?
「どうしたんだよババア、そんなに慌てて」
扉を開けると、ハアハアと息を切らせたババアが神妙な顔で佇んでいた。
「あっ、おばあちゃんだ!」
「おおニナ、少し見ない間にまた随分大きくなったねえ。ちょっとアタシは父ちゃんと大事な話があるから、1人でお留守番できるね」
「う、うん」
ババアは目線だけで、「こっちに来い」と言ってきた。
何なんだいったい?
「で、何だよ大事な話って?」
家から少し離れたところにある桜の樹の下で、ババアと向かい合う。
ちょうど桜は満開だ。
そういえばニナと初めて会ったのも、まさに今ぐらいの時期だったな。
「……アタシが人間たちともパイプを持ってるのは、アンタも知ってるね?」
「え? ああ、そりゃあな」
ババアはたまに山を下りて、自家製の薬やらを街で人間に売って生計を立ててるらしい。
「今日街でお得意さんから聞いたんだが――王国軍がアンタとニナを討伐するために、今夜この山に攻めてくるらしい」
「――!!」
そ、そんな……。
「ちょっと待てよ!? 俺のことならまだしも、何で王国軍はニナの存在まで知ってんだ!?」
「そりゃ1年近くもアンタと一緒にこの山で住んでんだ。オーガが人間の女の子を育ててるって情報の一つや二つ、王国の耳に入っててもおかしくはないだろ」
「……! で、でも、だからって何でニナのことまで討伐対象になってんだよ。それに俺だって、人間を襲ったことなんて一度もねーのによ」
ニナの両親を殺した山賊のことだけは殺したが、あれはノーカンだろう。
「そんなこたぁ連中にとっちゃどうでもいいのさ。大事なのは自分たちにとって脅威になる可能性があるってことさ。不穏分子は徹底的に排除するってのが、人間のやり方だからね」
「……」
クソがッ……!
「今ならまだ間に合う。ニナを連れて、この山からお逃げ」
「……いや、それはダメだ」
「は? 何でだよ」
「連中が俺たちを討伐対象に指定した以上、ここを逃げても一生連中は付き纏ってくるだろう」
「そ、そりゃあ……。でも、じゃあどうするってんだい」
「……俺が何とかする。――だからババア、今夜はニナを預かっててくんねーか」
「――! アンタ……」
俺の考えを察したのか、ババアは唇を震えさせた。
「……アンタはニナの父親だろ? アンタが死んだら、ニナは二度も父親を失うことになるんだよ」
「なあに、おれも死ぬつもりはサラサラねーよ。今さっきニナの花嫁姿を見るっていう、確固たる目標が出来たばっかだからな」
「……」
いろいろと言いたいことがありそうな顔をしていたババアだったが、最後は溜め息を一つ零してから、「わかったよ」とボソッと呟いた。
「じゃあお父さん、行ってくるねー!」
「オウ、ちゃんとババアの言うこと聞くんだぞー。……ババア、ニナのこと、頼むな」
「ああ、任せな……」
ババアに連れられてブンブン手を振りながら離れて行くニナを、俺は姿が見えなくなるまで見つめていた。
久しぶりのババアの家へのお泊まりに、ニナは異様にテンションが上がっていた。
ハハ、ちっとばかり妬けちまうな。
「さて、と」
1人になった家で、俺は日記に今日の分を書き記した。
そしてその日記を、誰にも見つからないように戸棚の奥へと隠した。
「これでよし」
さあて、狩りの時間だ――。




