52にちめ②
「オイ、ババア!! いるか、ババア!!」
魔女のババアの家の扉をガンガンと叩く。
「何だようるさいねぇ。そんな大声出さなくても聞こえるよ」
ババアが眉間に皺を寄せながら、鬱陶しそうに扉を開けた。
「ババア、ニナは来てないか!?」
「ニナ? いや、ここにゃ来てないよ」
「そうか……」
クソッ、いったいどこに行っちまったってんだよ……。
「何だい、大方喧嘩でもしたんだろ?」
「……!」
まさにその通りなので、何も言えず目を逸らす。
「事情を説明してごらんよ。ニナが心配なんだろ?」
「……ババア」
俺はたどたどしくも、昼間の出来事をババアに話した。
「なるほどね、そりゃアンタが悪いよ」
「何でだよ!? 俺はニナのためを思って――」
「その考えが傲慢だって言ってるんだよ。本当にニナのためを思ってるんだったら、もっとやり方ってもんがあったはずだよ」
「――!」
やり方……?
「まあ、これに関しちゃアンタだけじゃない、人間の親だって間違えがちなことなんだけどね。『お前のためを思って』なんて言って子どもの人生を縛りつけるのは、よくある話さ。何が子どもにとって最適な人生なのかなんて、誰にもわかりゃしないってのにさ」
「……! で、でも、俺は……ニナを……」
「うん、アンタの言いたいこともわかるよ。確かに山で生きてくためには、狩りの技術は欠かせないものだろう。でも、いくら何でも初日から厳しすぎだよ。ニナはまだか弱い女の子なんだよ? アンタみたいな一流のハンターと同じことが、いきなりできるわけないじゃないか」
「……あ」
言われてみれば……。
クソッ、何でそんな当たり前のことにも気付けなかったんだ俺は……!
「ふふ、まあ、そのことはニナに会ったら謝ればいいさ。さあ、今のアンタならわかるはずだよ、ニナが今、どこにいるのかね」
「……」
ニナが、いる場所……。
落ち込んだニナが、1人で行きそうな場所……。
――あっ!
「思いついたみたいだね。ホラ、もうお迎えの時間だよ。行っておやり」
「……ありがとよ、ババア」
「構わないさ。精々頑張んな」
「ああ、行ってくる」
多分いるとしたらあそこしかねえ――。
どうか無事でいてくれよ、ニナ――。
「うええええん、助けてぇ!!」
「ブオオオオオオ!!」
「――!」
目的地の近辺まで来たその時、唐突にニナの悲鳴と豚みたいな鳴き声が聞こえてきた。
やっぱりここだったか!
俺は夜目が効くから、目を凝らせばこの暗さでも遠くまで見渡せる。
声のしたほうにジッと視線を向けると、今まさにニナがオークに襲われそうになっていた。
――クッ!
俺は近場に落ちていた、リンゴくらいの大きさの岩を握り締め、振りかぶる。
「――俺の娘に、汚い手で触るんじゃねええええええッッ!!!!」
「ブボゴォ!?」
「っ!!?」
俺の投げた岩は、オークの脳天を貫通した。
ウシ! 流石俺、ナイスコントロールだ。
「ニナ! 大丈夫かッ!」
急いで駆け寄り、泣き顔のニナに声を掛ける。
「う、うん……」
フウ、よかった、どうやらどこも怪我はねえようだな。
ニナは俺と初めて出会ったこの場所で、俺が簡易的に作った両親の墓石にしがみついて震えていた。
俺はしゃがみ込んで、ニナに目線を合わせる。
「ニナ、昼間はすまなかった。俺の教え方が悪かったよ」
「ううん! 私のほうこそ、イジワルなんて言ってゴメンなさい――お父さん」
「――!!」
ニナ……!!
こんな俺のことを、お父さんと呼んでくれるのか……!
くそぅ! 雨も降ってねえのに、視界が歪みやがるぜ……!
「ねえお父さん、私、頑張ったんだよ」
「え? ――!」
ニナは1匹のシメたホーンラビットを差し出してきた。
ニナアアアアアアアア!!!
「うんうん! よくやったな、ニナッ!」
「えへへへー」
俺はニナの頭を、いつまでもいつまでも撫でた。
――この日俺たちは、やっと親子になれたのかもしれない。