2にちめ②
「ん……んん……」
「おっ、目が覚めたか」
日記が書き終わったタイミングで、ちょうどガキが起き上がった。
「うん、熱も下がったみてえだな」
ガキの額に手を当てると、あんなに高かった熱がすっかり引いていた。
流石ババアの薬。
効き目抜群だな。
「……お腹空いた」
「ああ、朝から何も食べてねーもんな。何が食いたい?」
いくら何でも、病み上がりにアブソリュートヘルフレイムドラゴンの肉は重すぎるか?
「……ホットケーキが食べたい」
「ホットケーキ?」
何だそりゃ?
「お母さんがよく作ってくれたの……。お、お母さん……ひぐっ……」
「っ!」
またしてもガキの目に大粒の涙が浮かんだ。
ああもう、面倒クセーなッ!
「わーったよ! 作ってやるから、しばらく1人で大人しくしてろよ!」
「う、うん!」
俺はアブソリュートヘルフレイムドラゴンの肉の切身を携え、再度ババアの家へと向かった。
「ホットケーキの作り方を教えてほしい?」
「オ、オウ」
「カッカッカ。いいねえ、早速お父さんしてるじゃないか」
「……うるせえな」
「ふふ、まあこんなにいい肉をもらったんだ。今材料を用意してやるから待ってな」
「ああ、助かるぜ」
ババアは鼻歌交じりに、いくつかの食材と調理器具を集めてくれた。
「ホレ、このメモに作り方を書いておいたから、この通りにやれば美味しいホットケーキが出来るはずだよ」
「ああ、悪ぃな、恩に着るぜ」
「いやなに、困った時はお互い様さ。精々頑張んな」
「オウ」
ニマニマした気持ち悪ぃ笑みを向けてくるババアに背を向け、俺は家へと駆けた。
「待たせたな。今作ってやるからな」
「うん!」
ガキはキラキラした目で俺を見てくる。
……こりゃ、失敗はできねーな。
「えーと、何何」
メモを覗くと、わかりやすいように絵で説明されていた。
至れり尽くせりだなババア!
「ふむふむ、このボウルとかいうのに3つの粉を入れるのか」
メモの通りに粉を全部ブチ込む。
「で、卵を1つ割って入れる、と。……あ」
卵を手で割ろうとしたら、グシャリと潰れてしまった。
何て脆いんだ卵ってやつは!
普段食う時は殻ごと丸飲みしてるからなぁ……。
ま、まあ、胃に入れば一緒だろ。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「――!」
ガキが心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫だ大丈夫だ! こう見えて俺は、料理は得意なんだ!」
「ふーん」
くっ、思わず強がってしまった。
ホントは料理なんて肉を焼くくらいしかしたことないんだが……。
「えーと、で、牛乳を入れて混ぜて、後はこれを焼けば完成か。何だ、簡単じゃねーか」
これなら誰でもできそうだ。
俺は牛乳を注いでグチャグチャと手でかき混ぜ、ある程度混ざったらそれをフライパンとかいうババアから借りた丸い鉄の板の上に移し替えて、暖炉の火にかけた。
これでよし、と。
「ねえねえ、まだ? まだ?」
「もう少しで出来るから大人しく待ってろ」
「はぁーい。ホットケーキ、ホットケーキ、ホットケーキッキィ」
ガキは謎の歌を歌いながら、ヘンテコなダンスを始めた。
やれやれ。
――あ、そうだ。
「なあ、そういえばお前、名前は何ていうんだ?」
「名前? ――ニナだよ」
「ふうん」
こういう時は、「いい名前だな」とでも言ったほうがいいんかな?
「……お父さんが付けてくれたんだ」
「――!」
ニナの瞳に、またしても大粒の涙が浮かんだ。
ああもうッ!
「ニナか! 凄くいい名前じゃねーか! うんうん!」
「……ホント?」
「ああ本当だとも! これからは俺もお前のことはニナって呼ぶぜ! よろしくな、ニナ!」
「えへへー」
一転、ニナは満面の笑みになった。
まったく、世の中の親って存在を心から尊敬するぜ……。
「ねえねえ、おじちゃんの名前は何ていうの?」
「おじ……!?」
俺はまだ、そこまでの歳じゃねーんだが……。
まあいいか。
「特にこれといった名前はねーよ。強いて言うならオーガって呼ばれることが多いな」
別に名前なんかなくても困らねーし。
「ふーん、じゃあおじちゃんのことはオーガおじちゃんって呼ぶね」
「……好きにしろ」
「えへへー。ねえオーガおじちゃん」
「ん? 何だ?」
「ホットケーキ凄く焦げ臭いけど、大丈夫?」
「っ!?」
見ればフライパンから、ブスブスと黒い煙が上がっていた。
ぬおおおおおおお!?!?
「ス、スマン……」
黒焦げになったホットケーキを前に、ただただ謝ることしかできない俺。
作り直すにしても、ババアからもらった材料は使い切っちまったもんなぁ……。
「あー、うん、こ、このくらいなら多分食べられるよ。い、いただきまーす」
「オイ!?」
黒焦げの塊に、ジャリッと齧りつくニナ。
「う、うん、とっても美味しいよ。ありがとね、オーガおじちゃん」
「……」
いくら俺でも、ニナが明らかに無理をしているのはわかった。
クソッ、こんな年端もいかない子どもに気を遣われるなんて、情けねぇ……!
――この夜俺は、日記に苦々しい追記を書くことになった。