2にちめ①
「ハァ……ハァ……」
「――!」
翌朝目が覚めると、ガキが汗だくでぐったりしていた。
「オ、オイ!?」
慌てて額に手を当てると、物凄い熱だった。
チッ! 俺は病気になんかなったことねーから、薬とかは持ってねーぞ……。
「大丈夫か? オイ」
「う……うぅ……」
俺の声も聞こえてねーのか、ガキは虚ろな目で何もない空間を見つめている。
クソがッ!
俺はガキをそっと抱きながら家を出て、西の森へと向かった――。
「オイ、ババア! いるんだろ! 開けてくれ!」
森の奥にある小さな掘っ立て小屋の扉を、ガンガンと叩く。
「うるさいねぇ。誰だいこんな朝っぱらから」
程なく腰の曲がったヨボヨボのババアが出て来た。
この森を古くから根城にしている魔女のババアだ。
「ああ、オーガかい。珍しいねアンタが訪ねて来るなんて。……ん? その娘は……」
「凄い熱なんだ! 何とかしてくんねーか!」
「……入んな」
「オ、オウ」
狭い扉をくぐり中に入ると、相変わらず小難しそうな本やら臭い薬草やらで辺り一面ごった返していた。
よくこんなところで生活できるな……。
「そこに寝かせな」
「……」
ババアに顎で示された小さなベッドにガキをそっと下ろす。
「どれどれ」
ババアはよくわからない器具をガキの身体に何箇所か当て、ふむふむと頷く。
「うん、ただの風邪だね。このくらいの歳の子どもはしょっちゅう熱を出すものなのさ。今薬を飲ませるから、後は1日寝てれば治るよ」
「ホントか!? あ、ありがとよ……。礼に今度、アブソリュートヘルフレイムドラゴンの肉を持って来るからよ」
「それは重畳。……だがオーガ、この娘、いったいアンタとどういう関係なんだい?」
「そ、それは……」
薬の用意をしているババアの背中に、俺は昨日の出来事を掻い摘んで話した。
「なるほどね、大体事情はわかったよ。――それで、アンタはどうするつもりなんだい?」
「は?」
どうする、とは?
「この娘はまだ幼い。とても1人じゃ生きてはいけないだろう。この娘が生きていくためには、『親』が必要だ」
「――!」
「アンタにその親になる覚悟はあるのかい?」
「……」
俺が、人間の親に?
そんなこと、考えもしなかった……。
「覚悟もないクセに一時的な同情で優しくして、それで挙句の果てに捨てられたら、この娘はこの世のものとは思えないくらい絶望するだろうね」
「っ! じゃ、じゃあ、俺にどうしろってんだよ! あのままガキを見捨てて帰ってればよかったってのかよ!」
「そうだよ」
「――!」
「と、いうのは冗談だ」
「オイ!?」
ババアこの野郎!?
「だが、覚悟がないのに中途半端に優しくするべきじゃないというのは本心だよ。――アンタだって、それくらいはわかるだろう?」
「……ああ」
悔しいけどな。
「だったらいいさ。もうアタシから言うことは何もないよ。精々子育て頑張るんだね」
「……」
いつの間にか、俺がこのガキの面倒を見ることが確定しちまってるんだが?
チッ、まあ、乗り掛かった舟だ。
今更こいつを捨てるのも寝覚めが悪ぃし、やれるだけやってみるか。
「ところで、この娘の名前は何というんだい?」
「は? 名前?」
そういえば、そんなこと気にもしなかったな……。
「やれやれ、それでもこの娘の親かい。まあ、アタシらは名前に無頓着な生き物だから無理もないけどね。だが、人間にとって名前というのはとても大事なものなんだ。この娘が元気になったら、ちゃんと名前を訊いてあげるんだよ」
「……ああ、わかったよ」
名前、か……。
「よろしい。そんじゃ新米パパへアタシからプレゼントだ。ホレ」
「?」
ババアは俺に、一冊のノートとペンを手渡してきた。
ノートの中身はまっさらで、何も書かれていなかった。
何だこりゃ?
「それに今日からアンタは、日記をつけな」
「に、日記だぁ!?」
「ああ、子育てってのは未知との遭遇の連続だからね。そんな時子育ての記録を逐一つけておけば、それがヒントになって乗り越えられることもままあるのさ」
「……ババアは子育ての経験はあるのかよ」
「ふふ、さて、どうだろうね」
ババアは不敵に微笑んだ。
フン、まあいいけどよ。
ババアの家でガキを夕方まで寝かし、ガキの顔色が大分良くなってきたところで辞去した。
家に帰って来た俺は、スヤスヤと穏やかな寝息を立てているガキを眺めながら、日記に昨日から今日にかけての出来事を自分なりに書き記した。