激突!
「キイェアアアアア!!」
「たぁりゃああああ!!」
2人は空中で激突し、超接近戦を繰り広げる。
目にも止まらぬ速度で放たれる鋭い突きや重い蹴りが、絶え間ない応酬を生む。
ビシッバシッビシビシビシッバシバシバシ!!
ガガッガッ! ドォン! ドォン! ドォン!
打撃が当たる打擲音、肉体をぶつけ合う衝突音で空気が弾ける。
島中に響き渡る音は到底、人間サイズをしたものが殴り合っているとは思えないほど凄まじい。
殴り合うたび大気が震え、風圧で水面がへこみ、海が荒く波打つ。
戦いが周辺の自然、すべてを激震させているのだ。
「な、なんという凄絶な戦闘だ。この戦いに比べたら、世界トップクラスの武闘家が行う試合など幼児のケンカに等しい。しかし、なぜ殴り合いなのだ。公爵家は聖なる武器を多数所有しているし、魔女ならば魔法を主に戦うのではないのか」
「賢者としてさまざまな武術を研究し、あらゆる魔法を体得した身から申し上げますと、武器や攻撃魔法とは扱う者の手足の延長に過ぎないのです。なので生半可な攻撃を加えるより、魔力や闘気を全力で込めた拳や蹴りを直接打ち込むほうが最大効率でダメージを与える手段になるのですじゃ」
「では、なぜ鎧や盾を使わん」
「あの打撃の前にはどんな防具も無意味。そのため攻撃と同じように魔力や闘気でダメージを軽減しながら、体で受け止めているのです」
そう説明されても王子には、舞踏会に出るようなドレス姿の令嬢が空中で殴り合う、なんとも奇異な光景を納得するのは難しかった。
それは誰でもそうであろう。
これは常識で理解できる範疇を超えた、超人同士の戦いなのだから。
「ぬああ!」
フリージアがボディアッパーで体をくの字に折ったキャロットの頭に、両手を握り合わせたハンマーパンチを叩き込む。
「あぐっ!」
直撃した彼女はそのまま岩山を割って地面に叩きつけられた。
もうもうと土煙が上がるなか、追い打ちとばかりにフリージアが急速落下してキャロットを踏みつけた。
かに見えたが、
「!?」
彼女はその蹴り足を両手でキャッチしており、
「たあありゃああ!」
「おおおああっ!」
ジャイアントスイングの要領で振り回し、フリージアを放り投げて隣の岩山を砕いた。
「タトス、1つ聞きたい。なぜ生身で岩山を突き破って、キャロットはなんともないのだ」
「強靭な肉体を持っていますゆえ」
「いや、強靭って」
「王族のご公務は大層体力のいる激務、妃には打ってつけでございましょう。それに元気なお世継ぎを産むには、体が丈夫に超したことはございません」
「丈夫にもほどがあるだろう。しかし強靭とはいうが……以前、小さな段差につまずいて弱々しく倒れかかってきたことがあったぞ。抱き止めて、か弱く、なんと可愛らしいと思ったものだが。あれはもしや、演技か」
「ただ、お慕いする王子と触れあいを求めていただけかと。どうか、あざとい女などとは言ってあげないでくださいませ」
「いや、そ、そうは言ってないけど」
バキィ! ゴッ!
「ぐううっ!」
ワンツーパンチにミドルキックの連続技をまともに受け、キャロットは1度距離を取った。
「ホッホッ、なかなかのパワーですね。戦闘能力値は37、8万といったところでしょうか。ちょっぴり驚きましたよ。まあ、私には及びませんが。では、お次はスピード勝負といきましょうか」
シャインッ
おぼろげな残像だけ残して、フリージアが消えた。
透明化魔法やワープなどではない。人の目では追えない速度で移動を始めたのだ。
だがキャロットの瞳はその動きを捉えている。
シャインッ
倣うようにキャロットも姿を消した。
ドゴォンッ!
数瞬して、姿を現したフリージアが振り抜いた拳をキャロットが防御する。
シャインッ
再び両者が消えた。
次の瞬間、
ドォン!
100メートル以上離れたところでキャロットの膝蹴りをフリージアがブロックした。
ドォン! ドォン! ドォン!
一定の範囲内で瞬間移動を繰り返すように、パッと現れては攻撃を加え、消えてはまた別の場所でやり返す。
瞬きに要するほどの時間の中で、彼女らは幾度となく交戦を繰り返し、破裂音を響かせる。
常人では視認さえできない超スピードの攻防が、この空域を縦横無尽に駆け抜けていく。
「あの2人は、あんなにも早く動けるのか」
「魔力や闘気を速度に振り分けることで、俊敏性や瞬発力を高めているのです」
王子たちは魔法を通しているため、彼女らの動きをかろうじて見ることができた。
「キャロットは私を見つけると嬉しそうに、スカートの裾を持って、それはそれはおっとりとした足取りで駆け寄ってきたものだが」
「少しでもたおやかである姿をお見せしたい乙女心、察してあげてくださいませ」
「う、うん。ちょっとギャップを感じただけだ」
「フンッ!」
フリージアは腕組みをし、ドロップキックと似たモーションからの連続蹴りでキャロットを蹴り飛ばす。
「ああ、うっ!」
「スピードも私のほうが上ですか。ではエネルギーの操作ではどうでしょう」
フリージアは口角を歪ませながら、人差し指を立てる。
破壊のエネルギーに変換された魔力が指先に集束し、握り拳大の紫色の球体、魔法光弾となる。
「行きますよ、受けてみなさい」
ポーヒー!
魔法光弾特有の高い発射音をさせて、光弾が放たれた。
胸元に迫り来るそれをキャロットは手刀で払い落とすと、すぐさま、
「ハアッ!」
相手と同じ要領で作った闘気光弾を投げ返す。
「ふっ、キィエエ!」
今度はフリージアがそれを回し蹴りで蹴り飛ばすと、落下していった光弾が眼下の岩山の1つを爆発させて打ち砕いた。
ほぼ同じタイミングで上がった巨大な水柱は、着水したフリージアの光弾によるもの。
1発の威力が上級攻撃魔法のそれと等しいのは、誰の目にも明らかだ。
2人は決闘するガンマンのように、真っ向から対峙すると、
「はあああ、ヒャヒャヒャヒャーッ!」
「ハアァーッ!」
フリージアは揃えて伸ばした2本指から、キャロットは突き出した両の掌から、光弾を矢継ぎ早に放つ。
数十を超えるエネルギーの塊が次々と相殺され、2人のちょうど中間に激しい爆炎の壁が作り出される。
「な、なんという破壊力のぶつかりあいだ!? たしかにここで戦われたら、城どころか王都が灰になってしまうところだった……!」
「キャロットはあの力を維持するため、普段からエネルギーを溜め込んでいたのです」
「あのような力を、一体どのように」
「それは、1度の食事で毎回30人前を食べ、エネルギーに換えるという竜戦士ならではの方法で」
「キャロットそんなに大飯食らい、いや健啖なのか。今までそんな姿、みじんも見せなかった。私と会うときはいつも、ケーキを3口ほど食べて、もうお腹いっぱいだと」
「それは恐らく少食を装う演技。年頃の乙女の心中、どうかお察しください」
「う、うむ。食事の量を追及してはデリカシーに欠けるしな」
でも、どんな様子で食事しているのだろう。
テーブルいっぱいに並べられた皿を次々に空にし、巨大な骨付き肉をムシャムシャとたいらげ、鉢のような大きな器になみなみと注がれたスープをガブガブと飲み干し──。
いや、良くない想像だ。そんなはずはない。
仮にそんなだったら、将来王家のエンゲル係数が、食費が大変なことになってしまうぞ。
いかん、余計なことは考えるな。
今はただキャロットの善戦だけを祈るのだ。
王子は今現在の現実だけを見ることに徹した。
ふむ、とフリージアは顎に手をやると、
「パワー、スピード、エネルギーの使い方。どれをとっても私のほうが上のようですね」
かすり傷程度のフリージアに比べ、キャロットは明らかにダメージが蓄積していた。
何度も攻撃を受けたが、逆に彼女がクリーンヒットさせた回数は片手で数えられる。
「この程度で私を倒そうなどとは、とんだお馬鹿さんもいたものですね。……はあ、私も舐められたものだ」
そう言うと、フリージアの目はみるみる冷酷な色を帯びていく。
「ドラゴンさえ素手で屠ると云われた伝説の竜戦士も、この程度とはな。わざわざ警戒した私が馬鹿だった。このフリージアの邪魔をした代償として、お前はいたぶり尽くして殺してやる」
令嬢めいた慇懃な態度は消え失せ、つくろっていた化けの皮が剥がれ落ちた。
嗜虐心に満ちた、残忍な本性が剥き出しになる。
「ゆくぞ、魔女の恐ろしさを教えてやるっ!」