竜戦士令嬢 対 魔女令嬢
タイトルで色々お察しください。
ある意味パロディではあるけど、コメディではないかもしれない。
「キャロット・ドラグーン、お前との婚約を破棄する」
謁見の間にて、王子ゲオルグは艶やかなブルネットの長髪を持つ公爵令嬢に言い放った。
「私はこの可憐なフリージア嬢との間に真実の愛を見つけたのだ。彼女こそ私の妻に相応しい」
腰に青いサッシュを巻いたニンジン色のドレス姿のキャロットは、彼の冷徹な物言いに動じていない。
黒く大きな虹彩を持った瞳で、王子を、そしてフリージアを見据えている。
「ゲオルグ様、断言させていただきます。それは真実の愛ではありません。偽りの愛です」
「なに? 偽りとはなんだ、私たちは心から愛し合っている!」
「そう思わされているのです。あなたは良いように記憶を改変されています」
「記憶を? 何を言っている、気でも狂ったか」
「いいえ。失礼を承知で申し上げます。あなたは狂わされているのです。傍らに置いている、その女に」
パープルカラーのパフスリーブがついた白いドレスに紫の髪を縦ロールにした小柄な美少女、病的なまでに色白なフリージアはそっと王子の後ろに身を隠す。
「さっきから一体何を言っている!? 衛兵たち!」
そばに控える衛兵が差し向けられようとしたとき、
「ゲオルグ王子、あなた様は操られておられる!」
禿頭にローブの老人が部屋に入ってきた。
ドラグーン家と交流の深い賢者タトスだ。
「昨今の不吉な出来事や家臣が亡くなる不審な事故、そして国王様、王妃様が次々に病で倒れられたのも、すべてはフリージアの仕業! 使われた呪術などから、調べはついております!」
そう訴えた彼は、
「王子、皆のもの! さあ、目を覚ますのじゃ!」
一喝すると手にしていた杖からまばゆい白光を放った。
清浄なる回復魔法の光を浴びると、濁っていた王子の目が本来の輝きを取り戻す。
周りの衛兵たちも同様に、うつろな表情に活気が出た。
「うぅん……なんだ、重かった頭が晴れ渡るようだ。ああ、すまないキャロット、私は何か不思議な力で心にもないことを口走っていたようだ」
「ゲオルグ様、正気に戻られて良かった。さあ、その邪な女から早くお離れになってください。フリージアという女、人間ではありません」
「な、なんだと!?」
「彼女の正体は強力な魔力で王族を操り、過去いくつもの国を崩壊させてきた凶悪なる魔女令嬢。この国を支配し破滅へと導くため、ゲオルグ様に近づいて暗躍していたのです」
ほう、と紫のルージュが引かれた唇が動いた。
「……そこまで見破っていたとは。さすがは昔から王家を守護してきたドラグーン公爵家ですね」
フリージアは紫のマニキュアが塗られた指を口元に添えると、口角を上げ、嫌味な笑みを作る。
「このまま結婚し、国王と王妃を始末して即位させれば私は王妃となる。あとは王子を傀儡に、思うがままに国を動かせると思っていたのですが」
「そうはさせませんわ」
「そうはさせない? ではあなたに何ができるというのです? 王子を再び操るなど造作もないこと。それに騎士団も兵もすでに我が術中に落ち、今やこの国の軍事力は掌中にあります。もはや私の指示1つで、あなたの屋敷を襲撃させ、領民の皆さんに死と恐怖を撒き散らすことだって可能なのですよ?」
「ならば、そんなことをさせる前に私があなたを倒す」
「倒す? ホッホッホッ、ますます愚かな。この私をどう倒すというので」
語尾が終わる前にキャロットの姿が消えた。
一瞬で相手の懐に躍り込み、拳を打ち込む。
「ふっ」
その拳を、フリージアが拳で迎え撃った。
ドゴンッッ!!
重い衝突音を伴い、2人を中心に床が陥没する。
パンチをぶつけ合った。
ドレスを着た細腕の令嬢同士が。
たったそれだけの行動によって生じた衝撃波で、バルコニーの窓は砕け散り、カーテンや幕が嵐のように激しくはためく。
「う、うおお!」
「うわあ!?」
凄まじい衝撃は城そのものを揺らし、王子や侍女たちをはじめ、屈強な衛兵たちもが転倒した。
「なっ、なにごとだ!?」
王子の問いかけに即答できるものはいない。
事態を把握できているのは3名だけだ。
「なるほど、これが噂に聞く竜人の血筋。これは好都合。のちのち厄介になると思い、いずれ血統を絶やそうと考えていたところでした」
フリージアから紫色の魔力が炎のように立ち上る。
透けて見える殺意が部屋の空気を張り詰めさせる。
「おやめなさい。ここで私たちが本気で戦ったらお城が、いえ、王都がそのものがもちません」
「……まあたしかに、これから支配する国の中心地を破壊しては元も子もありませんね。良いでしょう、あなたの望む場所で戦ってあげます」
フリージアは青空が見えるバルコニーまで歩くと、全身に魔力をまとう。
そして爆ぜるような音とともに、3階であるそこから空中へと飛び出した。
「キャ、キャロット、これはなにが起こっているのだ? お前の、その力は一体!?」
「詳しい事情は賢者様にお聞きください。私はお家の定めに従い、この国に仇なす敵を討ち果たして参ります」
失礼いたしますわ、とカーテシーをすると、
「ハアッ!」
キャロットは気迫と共に、青白い闘気を全身にまとう。
ドンッ! という破裂音をさせると、彼女は彗星のごとく、闘気の尾を引いて空へと飛び立っていった。
「け、賢者タトスよ、これは一体全体どういうことだ?」
「ご存知のとおり、ドラグーン公爵家は遥か昔より、王家を守るため外敵と戦ってきた、ドラゴンの血を引く魔法戦士の血筋。中でも特別な血に目覚めたものは、闘気をまといし竜戦士と呼ばれる」
「分かっている。だがあの家系で人並み外れた強さに目覚めたのは、彼女の弟だけだと聞いていたが」
「実はその弟よりも、一族の血が色濃く、強く出たのがキャロットだったのです。彼女は家族と話し合い、国に害をなす敵が現れるまではそれを隠すことにしました」
「隠す? なぜ」
「この恐ろしいまでの力を知られたら、幼い頃よりの王子との婚約が無かったことされてしまうやもしれない。そう考えたのだそうで。今まで欺くような真似をしてしまい申し訳なかったとも」
「……そうであったか」
王子は亀裂の入った壁に視線を投げ、眉を寄せた。
「日々そんな想いを胸にしながら、国の危機に立ち上がってくれたのか。こうしてはおれん。タトスよ、操られた兵たちの術を解いてくれ。開発されたばかりの魔術飛行船なら、数百の兵士を援軍に出せるはずだ」
「残念ながら、それでは助っ人にもなりません」
「なに、精強とうたわれた我が国の兵だぞ」
「フリージアは数多の破壊と殺戮を生んだ魔女。武装した兵士の戦闘能力値を10とするなら、あやつは推定でも……ゆうに50万を超える力の持ち主」
なっ、と驚愕の声をもらし、王子は次の言葉を失った。
「ゲオルグ王子、魔女令嬢フリージアに対抗できるのはこの国でキャロットのみ。今の我々にできることは、彼女の武運を祈り、戦いの行く末を見守ることだけですじゃ」
王子が複雑な表情で頷き、近隣の民を避難させる指示を出すと、タトスは魔法を使った。
目の前に半透明のモニターのようなものが現れる。
キャロットとフリージアの様子を、リアルタイムで見聞きできる一種の遠隔視魔法だ。
「ふむ。どうやらキャロットは王都や周辺の町に被害を出さぬよう、人里を離れ、海に向かったようです」
「そうか。というか、そもそもなぜあの2人は飛べるのだ。あのような高速の飛行魔法は見たことがない」
「フリージアは強大な魔力で、尋常ではない速度が出せるのでしょう。キャロットは素で飛べます」
「え、素で!? 私のところには馬車で来ていたぞ」
「名家のご令嬢がドレス姿で飛んでいくわけにもいきますまい。そんな無礼はならないとマナー教本にも書かれております」
「そ、そうなのか」
そんなことまでマナーが決められているのか。
それ書いたマナー講師、バッカじゃねえの。
と王子は疑問に思ったが、今の状況では些末事だと気にしないことにした。
今すべきは戦いを心から応援することのみだ。
海に出たキャロットは、岩山にまばらな木々が生えただけの島に着地した。
このスラーグ諸島は大小の島々からなり、人はおろか動物もほとんど生息しておらず王国内でも未開の辺境だ。
幸い、近くに漁船なども見当たらない。
「ほう、人死にが出ないように配慮してずいぶんと寂しい場所にしましたね。よろしい、殺風景なここがあなたの選んだ死に場所です」
キャロットは腕組みをするフリージアと対峙する。
「賢者タトスからお教えいただいた文献や書物から、あなたのことを知りました。なぜいくつもの国を乗っ取り、支配し、繁栄させることなく滅ぼしてきたのです」
「お答えしましょう。楽しいからです」
「楽しいから?」
「そう、国王や王子などの権力者を操り、各地に争いの火種を拡げ、争乱を起こす。そうして不様に破滅していくさまをほくそ笑んで眺めるのです。それは私にとって、とてもとても楽しい一時です」
そしてなかでも、とフリージアは言葉を継ぎ、粘性を感じる目付きで、
「男を取られたと歯噛みする女たちの顔は何度見ても愉快でたまりません。そう、今のあなたのようなねえ」
ホッホッホッとさも楽しそうに高笑いするフリージアに、キャロットは眉根を寄せ、奥歯を噛み締めた。
「ゆ、歪んでいる」
「歪んでいる? 人間もそうでしょう、他人の不幸を見ては喜んでいる。きっと愉悦の本質とは、他人が苦しむ姿にあるのでしょうねえ」
「やはり魔女。言葉ではなにも通じあえない」
「ええ、私もお話はもう結構です。私たちはここに殺し合いをするために来たのですから」
さあさっそく始めますよ、と宣言すると辺りの空気が一気に殺伐としたものに変わる。
2人が最大まで魔力と闘気を放出するとビリビリと空気が震えだす。
ピシッと地割れが走り、伝導した力によって小石が浮き始める。
凪いでいた海面には、波とは違った波紋が広がりだした。
張りつめた緊張が限界に達した、そのとき、
2人はほぼ同時に爆発的速度で突進した。
「キェアアア!」
「たりゃああ!」
ドカァンッ!
大きく踏み込んで互いに前腕をぶつけ合い、ついに戦いが始まった。