(67) 魔獣討伐
「サーシャ様、右です!」
アイヴィードの指示に合わせて障壁を張る。
同時に火の玉が障壁に当たり、向こう側の雪がじゅわりと溶けた音がした。
「逃がすな! 魔獣は確実に仕留めろ!」
オマーン卿の大きな声が響く。
群れの位置に合わせて山を下り、ジルクルスたちに合図を送ることでわたしたちは計画通り白玉二〇一の群れを挟撃することが出来た。
挟み撃ちされた鹿の群れが逃げ惑うのを、魔法や魔導具を使って仕留めていく。
二十頭ほどがいる群れの大半はただの鹿だが、号がつく白玉二〇一を中心に数頭は魔法が使える魔獣である。魔獣を一頭でも撃ち漏らすと来年以降も似たような群れを形成される危険があるため、とにかく雌鹿だろうが若かろうが容赦なく撃ち取っていく。
わたしも狙いを定めて呪文を唱えた。
「あーもったいね。これだけいれば鹿鍋食い放題だろうに」
わたしの魔法で一頭の鹿が魔法によって四散するのをみてシークス・アベリアが声を漏らした。
魔獣討伐は狩猟とは全く異なるので優先するべきはとにもかくにも殺すことだ。
方々で炸裂する爆破音を聞きながらわたしはシークスに怒鳴り返した。
「なによ文句あるの!?」
「もうちょっと上手くやれよ」
「やってるわよ! これでも精一杯絞ってるわ!」
「サーシャ様、左から来てます!」
「きゃあっ!」
アイヴィードがわたしのコートの首根っこをひっつかみ、後ろに無理矢理下がらせた。
そこに大きな牡鹿の角が突き出されてくる。
アイヴィードが牡鹿の方に素早く剣を突き刺したが、牡鹿は器用にそれを避けた。
「どっから出てきたの!?」
慌てて障壁を張って牡鹿を押し返しながらわたしはわめいた。
完全に何もないところから鹿が飛び出してきたように見えたのだ。
下方からジルクルスの声がする。
「サーシャそれが白玉二〇一だ!」
「こいつが!」
ぶるりと角が震え、牡鹿の前身が目に飛び込んできた。
牝鹿や若い雄とは比べようがない立派な体格の個体である。
その瞳は不自然なほどに色素が抜け落ち、茶色い鹿の顔の中にあってそこだけ大穴が空いたかのように見える。白玉、という呼称通り他の鹿の薄桜色の瞳とは印象が違う――どこか底知れなさにわたしは一瞬完全に硬直した。
「ぼさっとするな撃ってくるぞ!」
シークスの声が聞こえなければ身体に穴が空いていたかもしれない。
とっさに張った全身を覆う大障壁に光弾は数段はじけた。音の大きさからして、先ほどの火の玉よりも高威力だ。
あたりを見やると丸く木の幹に穴が空いている箇所がある。
「さすが……王都近郊の魔獣とは強さが違うな……魔法の使い方が上手い」
シークスが思わず漏らした声音にわたしも全面的に賛同だった。
王都近郊の魔獣は先ほどのような火の玉を撃つのがせいぜいで、小さな弾に威力を凝縮するような魔法の使い方はしてこない。
さっきの光の弾は障壁を厚く張っていなければ貫通されていた可能性がある。
青ざめているわたしの背後でアイヴィードが落ち着いた様子で剣を抜いている。
「感心してる場合ですか……あの程度、聖山の魔獣に比べればたいした強さではありません」
なんで今そんな怖い話するのよ。
思わず口から文句がこぼれでそうになったが、そうすると障壁が緩みそうな気がしてぐっと堪えた。
オマーン卿が魔法を白玉二〇一に向けて放ったが、牡鹿はちらりと目線をやっただけで魔法をはじいてしまう。
「あいつ魔法障壁も使えるの!?」
「ええ」
「ずるじゃない!?」
「ずるじゃねえだろ。落ち着けサーシャ、魔法障壁使える魔獣は少なくねえだろ。騎士の魔法まではじけるやつは珍しいが……ま、あれだけ強けりゃ、冬場にこの規模の群れを率いて数年逃げ続けられるわな」
「非常に賢いですからね。知能の高さだけなら恐らくファーディンド山の魔獣は<天下り>の魔獣よりも数段上です」
「へえ……やっぱ人里近くて常日頃から人間と知恵比べしてるせいかね。こいつらの強さの何割かは騎士団のせいなんじゃねえの」
ぺらぺらと会話をするシークとアイヴィードをわたしは驚愕の目で見やった。
ひょっとしてあなたたち以外と気が合うの? などと浮かび上がった疑問は当然ながら口にしている余裕はなく、次の攻撃の気配に再び障壁に力を入れる。
白玉二〇一の巨体が震え、次の瞬間まばゆく炸裂した。
「ちょ!!」
わたしは障壁に力を込めたままぎゅっとまぶたに力を入れた。
音がやんだと同時に目を開けるが、視界がチカチカして何も見えない。
「サーシャ様!」
アイヴィードに身体を引っ張り上げられる。
同時に風切り音が身体のすぐ側でしたのがわかった。ひえ、と口から小さく悲鳴が漏れる。
「囲みを突破されるぞ! 穴を開けるな!」
オマーン卿の怒声がどこか遠くに聞こえるが、わたしの視力は若干の回復をみせた。
視界の向こうで歩兵たちが盾を構えている場所に牡鹿が突撃しようとしている姿が見える。どうやら高度な魔法が使える人間がいない場所に当たりをつけて逃げようとしているらしかった。そのまま突っ込めば兵士数名に間違いなく怪我人が出る。
「させるか!!」
わたしはアイヴィードの腕の中で片手を突き出した。
ほとんど本能的に魔力を練り上げ、放出する。
「ねじ切れろ!!」
声と同時に、低い音が一発響いた。
地面に大穴が空き、牡鹿の後ろ足が視界から一瞬で消える。
おびただしい血液があたりの吹き出し、前足だけになった牡鹿の前駆が歩兵たちの中に突っ込んだ。
「うわぁあ!」
誰のものかわからない悲鳴があたりから上がった。
アヴィードが息をのみ、わたしを抱えたまま素早く走り出した。
地面にぽっかり空いた穴から横に逃げるように移動する。
「総員待避! 土砂崩れに備えろ!!」
オマーン卿の怒声が響くと同時に地響きの音が鳴る。
わたしが開けた大穴から煮崩れるように土が下方へと流れだし、いくつかの樹が倒れ込んでいった。
数分ほどして地滑りの音がやみ、周囲がしんと静まりかえる。
「えーっと……」
安全地帯に逃げてくれたアイヴィードの腕の中でわたしは瞳を左右に泳がせた。
周囲の視線が自分に集まっている気がしていたたまれない。
わたしはただひたすら身体を小さくした。
「安全な場所に集まろう」
オマーン卿が指示を出して、わたしたちの舞台は土砂の上方に集まることになった。




