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(66) 雪の山道



 野営地での一泊は途中強風が天幕を多少揺らしはしたものの、何事もなく一夜を過ごすことが出来た。

 簡易障壁に魔獣が引っかかることもなく、吹雪も大きな被害を与えはしなかったようだ。

 その為オマーン卿が率いるわたしたちの部隊は朝予定通りファーディンド山へと入っていくことになった。

 雪が積もった山道に馬で踏み入りながら、わたしは漏れそうになる欠伸を噛み殺した。


「大丈夫ですか、サーシャ様」

「うん……なんとか」


 アイヴィードに声を掛けられ、わたしは小さく頷いた。

 シーナが天幕を快適に整えてくれていたとはいえ慣れない野営でわたしは少々寝不足気味だった。

 とはいえ兵士の中には交代で夜の番にあたってわたし以上に寝不足のものもいる。彼らの目の前で大口開けて欠伸をするわけにはいかず、わたしは鼻先にきゅっと皺を寄せた。

 何せ騎士と従騎士だけが馬上にいるので目立つのだ。シーナはわたしの下で愛馬の轡を掴んでいる。今はまだ馬に乗って歩いていられるが、山道なので必要があればわたしも降りて歩く必要がある。

 わたしはぐるりと山中を見回した。

 当たり前だが落葉樹はすっかり葉が落ちて、剥き出しの樹木に雪がこびりつくように積もっている。遠目にはいくつか常葉の針葉樹が生えているが、背が高い物は少なめで、低木の常葉樹が多いようだった。

 このあたりは定期的に騎士団や地元の木こりたちが手入れをしてくれる整備された山道だ。乗馬を妨げるような枝葉は秋のうちに刈り取られており、おかげで先頭の歩兵が歩いたあとにそって馬を楽に進めることが出来る。

 視界も比較的良好で見晴らしがいい。

 そう思って周囲を見渡していたわたしは、視界にちらりと不自然な歪みが見えた気がして顔をしかめた。


「サーシャ様」


 アイヴィードに呼び止められ、わたしは馬の足を止めた。


「恐らく討伐対象の魔獣に付けられています」

「え、本当に?」


 この訓練は単なる雪山登山ではなく、周辺の村々に危害を及ぼす魔獣の討伐を兼ねている。

 わたしたちオマーン隊が狙っているのは昨日話題になった熊型の魔獣ではなく、白玉二〇一と呼称されている牡鹿型の魔獣だ。

 わたしは雪山を見渡して鹿の角の一つでも見つけようとした。


「なにも見えないけど……」

「サーシャ様、資料を思い出してくださいな。白玉二〇一は光を屈折させることが出来るんです」

「……そうだった」


 シーナの言葉にわたしは唸った。

 魔獣というのは精霊の加護を得ている動物である。 つまり魔法が使えてしまうのだ。

 鹿の魔獣は草食動物なので人を直接襲って食べるような真似はほぼしない。しかしふつうの獣よりも大胆に群れを率いて田畑を襲撃してくるので厄介だ。昨夜話題になった碧玉八十一もそうだが、魔獣は魔法がさほど使えない人間をほとんど恐れないのだ。

 白玉二〇一は光で群れの姿を消して巧妙に村の畑から食べ物を失敬しているようだ。最初の頃は夜中見張りを付けていても突然畑が荒れる事件に騒然となっていたらしい。


「襲ってくると思う?」

「いえ、恐らく縄張りの内側に入った我々がここを通過するのか見張っているのでしょう。近くにはいるでしょうが、ある程度距離を保っていると思います」

「討伐対象なのよね?」

「ええ。ですが適当に仕掛けるわけにはいきません」

「とりあえずオマーン隊長に合図を出すわ」


 部隊の方針を決めるのは隊長であるオマーン卿の仕事である。

 シーナを使わして白玉二〇一の群れに付けられている可能性を指摘すると、オマーン卿はさしあたりそのまま部隊を進めるように指示をしてきた。

 こちらが気づいたとわかったら向こうは転進して逃げるかもしれないからだ。

 しばらくしたところで部隊を更に二つに分け、一つはそのまま進みもう一つはその場に留まることになった。前進した部隊は縄張りを抜けたところで待機し、しばらくして戻ることになったのだ。

 上手くいけば群れを挟み撃ちに出来る、という寸法である。

 わたしはオマーン卿と一緒に前進する部隊に入って、ジルクルスとシークが待機することになった。


「向こうの足が止まりましたね。そろそろ縄張りの外に出たと思います」

「見えないのによくわかるわね、アイヴィード」

「魔法で光を操っていると言っても完璧ではありませんから、よく見ると不自然ですし……魔力の流れも見えますからね」

「ふつう魔力の流れは簡単には見えないのだけれどね」


 アイヴィードの言葉にオマーン卿が苦笑いを浮かべた。

 わたしも魔力の感知は訓練していて人より得意だが、アイヴィードは恐らくわたしよりも一層得意であるらしい。


「さっきから時々視界がチカチカするのはわかるのよね。あれが魔獣の魔法なのかな」

「そうだね。白色二〇一の群れには他にも何頭か魔獣がいることがわかっているから、群れが分裂しても簡単には姿が見えないんだ」


 オマーン卿の説明にわたしは小さく頷いた。

 魔獣の群れは魔獣だけではなくふつうの動物も一緒にいることが多い。

 しかし群れの中に一頭でも魔獣が生まれると連鎖的にその群れには魔獣が生まれやすくなるらしい。なぜそうなのか詳しい原理はよくわかっていない。わたしたち人間は祝福式を行って無理矢理精霊の加護を獲得しているけど、似たような方式が野生動物の間にも自然に発生しているのかもしれない。


「白色二〇一の群れは頭が切れるが好戦的ではない。過去二度交戦歴があるが、いずれも逃げに徹して上手く撒かれてしまっている」

「今回は退治できるといいですね」

「そうだね……まあ碧玉八一より危険性は低い任務だよ」


 オマーン卿はそう述べたあと、微かに顔をしかめた。


「どうかしました?」

「いや……二人とも、あれからイジアス卿に嫌がらせなどはされていないだろうか?」

「イジアス卿ですか?」


 尋ねられ、わたしとアイヴィードは顔を見合わせた。


「まあ今のところはそんなに……なにか気になることでも?」

「いやイジアス卿が進んで碧玉八十一の調査を引き受けたのが少しに気になっていてね……」

「イジアス卿の部隊は我々よりも正騎士の数が一人多いですし、見習い騎士も学生出身のグレダ様はともかくもう一人は騎兵としての年歴が長いエルトジル様です。退治ではなく事前調査が目的なのですから戦力としては十分では?」

「うん……そうなんだけどね……いや、これは少し感覚的すぎるものだな。私も中央と親戚付き合いが深いおかげで今日にはちょっと嫌われているからね……なんとなく警戒してしまう」

「あの方よほどの中央嫌いなんですの?」

「それもあるが、なんというか……ご領主一族の中でもジルテレサ様と関わりの深いお方でねえ……」

「おぅわ……」


 わたしは思わず変な声を出して口元を覆ってしまった。

 ジルテレサ様は言わずもがな、わたしの大叔母にあたる方だ。兄である先代領主を慕うあまり、現当主である甥のお父さまを若干下に見てしまっているきらいがある。

 反中央よりの貴族の中でも強行的な姿勢の連中がテレサおばさまにすり寄っているらしいとはジルクルスから聞いていたけど、イジアス卿がその一人だとは知らなかった。

 一度死ぬまで実家の勢力図などこれっぽっちも興味がなかったわたしも、さすがにテレサおばさまとお父さまが領内で政治的に対立しがちであることは既に把握済みだ。

 わたしの顔を見てオマーン卿も察したのだろう。再び苦笑いを浮かべ、それから小さく息を吐き出した。


「ジルクルス様もいることだし、さすがのそこまでおかしなことはしてこないとは思うが、サーシャも訓練中イジアス卿がおかしな動きをしないかは少し気に掛けておいてくれ」

「わかりました」

「身の安全に関わりそうならすぐにわたしに報告するんだよ。アイヴィードもな」

「はい。確かに承りました」


 わたしもアイヴィードもしっかりとオマーン卿に頷き返した。


「よし。では頭を切り替えて、魔獣退治の方へと向かおう。そろそろ戻っても大丈夫なはずだ。上手く補足できればいいがね」

「そうですね」


 わたしは馬からいったん下りることになった。

 このまま馬で元来た道を戻ると目立つためだ。群れに戻ってきていることがバレないように挟撃する作戦なのしょうがない。

 無事に討伐した暁には再度山を登ることになるわけだけど……その時はジルクルスの馬を奪おう。

 わたしはそんなことを考えながら道を戻り始めた。


 あとにして思えば、のんびり帰り道など考えていたのはだいぶん馬鹿だった。

 

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