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(64) 道中



 昼食後部隊を再編成し直す前に騎士団内で会議が設けられた。

 出発前に予定されていた事項の再確認を主にしたもので、新人騎士のわたしは隅っこで大人しく話を聞いていくだけでいい。

 これから二百弱名ほどの集団はさらに三つの部隊に編成されることになっている。歩兵と騎兵を騎士が率いる連隊編成はルシエル軍の基本的な部隊であるらしい。それでファーディンド山を超えて砦に向かうわけだが、単に雪山を越えるだけでは無く道中で魔獣も退治することになっていた。


「熊の出没地点は重点的に叩いて置く必要がある」


 訓練指揮官であるイジアス卿の話をわたしは黙って聞いた。

 魔獣は精霊の加護を得た動物たちだ。だから熊やらイノシシやら、鹿やら、そこらの動物と全く同じ姿形をしている。違うのは瞳の色が薄桜色ではなく、たいていの場合何かしらもっとはっきりと濃いことだ。

 精霊の加護を得ているせいで魔法のような物理法則を無視した攻撃を仕掛けてくるし、単純に力も強い。<天下り>は春の繁殖期に起きるけど、冬は冬で食べ物を探して人里に迷い込んでくる魔獣がやっかいだ。

 ファーディンド山の周辺にはいくつか山村があり、大きな街道には町も点在している。砦はそういった人々の安全を確保する治安部隊が駐屯しているが、それだけでは不足する部分を訓練として騎士団で叩いておくらしいのだ。ファーディンド山周辺は領内では国境付近の次に魔獣がよく出没する地域なのだ。

 わたしは事前に配られていた部隊編成の紙を見てため息を吐き出した。

 訓練に参加している騎士は全員で十二名、うち五人が見習い騎士だが、これをだいたい均等に三つに振り分ける。それはいいのだが、同じ部隊にどうしてシークス・アベリアがいるのだろう。変えてほしい。


「よろしく」


 会議が終わると、シークがそういって握手を求めてきた。

 わたしは顔をしかめる。


「言っておくけど貴方の悪ふざけに付き合う予定はないからね」

「そりゃそうだ。ふざけてる状況でもないしな」


 シークは腰に手を当て空を見上げた。

 雲の動きは鈍重で、領都を出たときよりも明らかに暗くなっていた。


「夕方からは降り始めるぞ。吹雪くこともあるかもな。迷子にならないようにそこのお付きにしっかり守ってもらうんだな」


 わたしは背後を振り返り、とっさにアイヴィードを見た。

 アイヴィードはしかめっ面で小さく頷く。


「シークス様の仰っているようにじきに雪が降ってくるでしょう」

「大丈夫? わたし飛ばされない?」

「予定では吹雪く前には野営地に到着となっています。お守りしますので大丈夫ですよ」

「任せたわよ!」


 わたしはがっとアイヴィードの外套を引っ張って懇願した。

 吹雪にさらされるなど想像したくない。

 必死のようすのわたしを見下ろし、アイヴィードが小さく吹き出した。

 人の懸命さを笑うなど感心しないわ。わたしはアイヴィードを叩こうとした。


「サーシャ、アイヴィード、なにしてる? 出発の準備をして」

「ジルクルス様、申し訳ございません」

「いや……まあサーシャはあんまり役に立たないか」


 声を掛けてきたのはジルクルスだった。弟もまた同じ部隊編成だ。

 わたしの隊は指導騎士のオマーン卿が隊長で、クルスがその補佐、わたしとシークが下につく形である。


「わたくしだって手伝えることくらいありますわ」

「無理して体力消費しすぎてもね」


 文句を言おうとクルスに近づくと、ふいに弟は小さく身を屈めて耳打ちしてきた。


「イジアス卿は大丈夫そう?」

「今のところ何も……せいぜい部隊編成でシークと一緒の組にされたことくらいしか」

「シークス・アベリアか」


 イジアス卿はわたしとアイヴィードに対し未だ否定的な考え方の持ち主だ。

 ユリシスがやってきてから一ヶ月も経っていないのだから中央を嫌ってる貴族がアイヴィードに対し嫌悪感を無くすには時間が足りていないだろう。表だって食ってかかる人間はだいぶん減ったとは言え内心ではみないろいろと考えているだろう。

 訓練の指揮官からイジアス卿を外すことをお兄様とお父様は一時期考えたようだ。とはいえこれは前々から計画が合った訓練で、理由も無く指揮官を交代させることは出来ない。そんなことをしたらますます反感を強めてしまう。

 イジアス卿を指揮官に納めたまま、わたしの指導騎士を中央に妹が嫁いでいるオマーン卿に固定してジルクルスも参加することで様子を見ることになったのだ。


「イジアス家とアベリア家は当主が従兄弟同士だからな。注意した方がいいかもしれない」

「言われるまでもなく、わたしは今のシークはそんな好きじゃないわよ!」

「……まあ一年前とは少し様子が変わった感じはあるかもね、彼。サンドラ姉さんに対してはああいう態度は絶対取らなかったけど、まあ姉さんは領主の姫君だからサーシャとは身分が違ったし」

「あのかた自分より身分が低い相手にはみんなああなのかしら?」

「いや単純にサーシャ相手だからイジって面白がっているだけのようにも見える」

「最低!」


 わたしは拳を握って振り回した。

 クルスはわたしを見下ろし小さくため息を吐き出す。


「なにかあったらすぐにぼくかオマーン卿に言うようにね」

「わかったわ」


 クルスはその後わたしにも出来そうな仕事を指示してオマーン卿の元へと向かっていった。

 わたしが背後を振り返ると少し離れた場所でアイヴィードが待ていた。


「お待たせ。どうかした?」

「……いえ。お二人は仲が良いのですね……ご兄弟のようで」


 指摘にわたしはぎくりとした。

 もちろん本当に兄弟だから仲がいいのだが、そんなこと言えるわけがない。


「まあ兄弟だからって仲がいいとは限らないわよ。ジルクルスさまはご領主様のご意向でわたくしに親切にしてくださるの!」


 わたしがやや早口でそう告げると、アイヴィードは「そうですか。よいことですね」と微笑を浮かべた。

 アイヴィードは時々妙に鋭いことを口にするのでそのたびにうそをつかねばならない。相手が好青年なので僅かに心苦しさを感じてしまう。

 とはいえ今はそんなことを気にしている場合ではなく、訓練に集中せねば。

 わたしは「行きましょう」とアイヴィードの腕を叩いた。彼がしっかりと頷くの見て、荷馬車の方へと足を向けた。



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