(60) 兄弟と話し合い 前編
ジルウォードお兄さまの執務室に辿り着くと人払いは既に済ませてあった。
ジルクルスがわたしの背後で扉をぱたんと締めて盗聴防止の魔導具を発動させる。部屋にはジルウォードお兄さまとジルクルス、わたしとついてきてくれたシーナの四人だけになった。
お兄さまは応接用のソファにどっかりと腰を落ち着けていた。わたしは裁判を待つ囚人の心地でお兄さまの方へ近づいて行く。
「座れ」
「はい」
「その様子だと呼び出された理由はわかっているようだな……」
「はい……申し訳ございませんでした!」
わたしはソファから立ち上がり、勢いよく膝をついた。指を組んで拳を額に当てる。
「誤解を招くような言葉を軽率に口にしてしまいました! ですがわたくし、婚約とか結婚とかそのようなことは考えていないのです!」
「当たり前だ! なぜ誤解されるような言葉を口にした!?」
「わたくし、アイヴィードとわたくしは主従として釣り合っているという話をしたかったのです! でも曲解されたようでして!」
「言葉選びが悪かったってこと?」
「いえ、話の流れもよくなかったですわ。イジアス卿がちょうどサーシャ様の結婚について話していた直後だったのです」
ジルクスルの問いかけにシーナが平然とした顔で答えた。
わたしは小さくうめき声を漏らす。確かに、弁明の流れでわたしの結婚がどうのこうのという話をイジアス卿がしていた覚えがある。
シーナがご丁寧に記憶していた会話をその場で再現して、ジルクルスがあきれのため息を吐き出した。
「その流れじゃ誤解されて同然だね……姉さんは考えなしなの?」
「違うわよ! そこまで気が回らなかっただけよ!」
「それを考えなしと言うんだ、サーシャ」
お兄さまの低い声にわたしはびくりと肩を揺らした。
「今日の午後に入って急におまえとアイヴィードを婚約させるつもりか尋ねてくる者が出てきてこちらは大変だったんだぞ。いったいどこでそのようなあり得ぬ噂が出回っているのかと思えばおまえが自分で口にしたと言うし……」
「一見すると本当に身分の釣り合いが取れていないように見えなくもないってところが信憑性が増しちゃったところあるよね」
「取れいているわけがないだろう。サーシャは……」
「わかってるよ、兄さん。表向きの話でしょ。心配するなら初めからアイヴィードを従騎士にしなければよかったじゃない。身元は調べてたんだし」
「……それはそうだが」
兄と弟が交わす会話にわたしは顔を上げた。
「やっぱりお兄さまもジルクルスもアイヴィードの身元を調べてたんですね?」
「そりゃそうだよ。下手な人間を姉さんの側に付けるわけにはいかないだろ」
「だったら先に教えて貰えれば……」
「身元を先に教えて姉さんが拒否したら困るでしょ。ユリシスの親戚だよ? 素直にわかりましたって言う?」
弟の指摘にわたしは口ごもった。
今はアイヴィードの人柄を知っているので受け入れられているが、なにも知らずに出自の話だけされたら絶対に拒否しただろう。
「恐れながら、なぜそこまでしてアイヴィードをサーシャ様の従騎士になさったのでしょう? 私もお話をお聞きしておりませんが」
シーナが一歩進み出て、無礼にならないように膝を折った。
わたしは両目を瞬いて隣に並んだシーナを見やる。
「従騎士候補は他にもおります。出自に問題のあるアイヴィードでなくともよかったのでは?」
確かにシーナの指摘の通りだ。
出自が発覚して周囲もあれこれ言ってくるが、従騎士の候補は元々複数いた。初めから問題のない領内の人間でもよかったはずである。
疑問に対するお兄さまの答えは短かった。
「父上のご意向だ」
「お父さまの?」
わたしは軽く首をかしげた。
「お父さまはどうしてアイヴィードをわたしの従騎士になさったのです?」
「さあな」
「エペヴァール家を乗っ取るつもりかもね」
すっとぼけた回答をしようとしたお兄さまに対し、ジルクルスが腕組みをしてあっさりと告げる。
唖然と口を開いた私の目の前でお兄さまがクルスを睨み付けた。
「そんな顔しないでよ。ぼくも詳しく聞かされてないから推測してるだけじゃん」
「そういうのを邪推と言うんだ」
「じゃあ具体的に教えてくれたらいいのに」
「ちょ、ちょ、待ってよ!」
わたしは立ち上がって二人の間に割って入る。
「お父さまは本気でエペヴァール家を乗っ取るつもりなのですか!? どうやって!?」
「どうって……そりゃ結婚でしょ。そのあと伯爵とユリシスを排除しちゃえばいい」
「暗殺ってこと!?」
驚愕するわたしに対し、お兄さまが顔をしかめた。
「物騒な話をするな」
「でも昔からよくある手じゃん。ブルシエラ伯爵家だってそれで乗っ取ったようなものだし」
「人聞きの悪い……あれは正統だし、そもそも何百年前の話だ?」
「四百年前」
弟の答えにわたしは眉間に皺を寄せた。
領主代行権を所有する女性を他領に嫁がせ、子どもが出来た後に配偶者を排除して若い当主を立て、夫人の実家が嫁ぎ先を掌握する。これは大昔から貴族がよくやる他家の乗っ取りの手法だ。手口がよく知られて明快な分防ぐ手立てもまた明白で、要するに領主代行権を持つ人間を他領から妻に迎え入れなければいい。
領主代行権を獲得するには現状騎士になる必要がある。多くの女性が騎士団に入団しない最大の理由はこれだ。代行権を持っている女性はどの家も警戒して妻にしたがらないから、結婚が難しくなるのだ。
「アイヴィードを誰か女性騎士と結婚させるということですか?」
「ありえない話じゃないんじゃないの? グレダとかはそれこそ年齢も釣り合うし」
「グレダ!」
わたしは思わず両手で口元を覆い隠した。
そういえばグレダは例の事件で中央貴族との婚約が破棄されてしまったそうなのだ。新しい縁を作るためにお父さまが二人を引き合わせようとしているのだろうか。
ない話ではないのではないか?
「憶測だけでものを言うな!」
ばしん、とお兄さまがわたしとジルクルス両方の頭を叩いた。
「エペヴァールの人間が領内にいるのがわかっていて放置するわけにも行かないだろう。そもそもアイヴィードは認知されているわけではない。結婚させたところで意味などない可能性が大きい。万一の時のために見えるところに置いているだけだ」
「……そうなのですね」
「それならサーシャ様の従騎士でなくともよかったのでは?」
「シーナ、言いたいことはわかるが監視のために俺やクルス、フレアジルの従騎士をぱっと解任して任命し直すのは難しい。相応の理由が必要になってくる。その点サーシャの従騎士にするのはさほど難しくはなかった」
「ぼくの従騎士でもよかったとは思うけど……」
「おまえはまえまえから候補がいたんだ。いきなり割って入らせるわけにはいかない」
お兄さまが腕組みをした。
確かにお兄さまやフレアジルの従騎士は仕事によほどのミスでもない限りは解任できないし、ジルクルスも挙がっていた候補外から選ぶと角が立つ。
その点サーシャは突然現れた人間で急遽騎士にすることになったという体裁だから、人選が多少不可思議でも急いで決めたから、で説明がつく。従来の名家から選ばれていないのも母親のジルディアの一連の流れを考えれば説得力があった。
その一方でわたしは領主一族にごく近い人間だからアイヴィードをお兄さまやお父さまの目のつきやすい場所に奥には最適だったと言うことなのだろう。
「まあでも結局諸々騒ぎになってるけど……」
ジルクルスが冷めた目つきで腕組みをした。
「このあと結局どうするの?」
その問いかけに、わたしは小さく身を固めたのだった。




