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(59) 失言



 午前の任務と午後からの訓練を終えてわたしはアイヴィードとシーナを連れて騎士団本部に向かった。夕食は基本的に食堂で取る必要があるし、報告書を提出する必要もある。

 外は寒いので早く建物の中にはいりたい。

 そんなことを考えつつ、雪に足を取られないように注意して歩いていたら、背後からアイヴィードが声を掛けてきた。


「あの、サーシャ様」

「なにかしら?」

「……いえ」


 アイヴィードはもの言いたげにこちらを見ていたが、上手く言葉に出来なかったのか首を横に振った。

 なんだろう?

 わたしは思わず顔をしかめる。

 今日のアイヴィードは何度かこのように話しかけてきては口を継ぐ無を繰り返している。

 言いたいことがあるならはっきりって欲しいのだけれど、どうも彼の頭の中でも上手く言葉がまとまっていないようだ。

 いろいろあって頭がこんがらがる気持ちはわたしもわかるので、文句を言いたい気持ちをぐっと堪える。


「サーシャ様、参りましょう」


 代わりのようにシーナが笑みを浮かべてわたしを促した。

 小さく頷いて再び足を動かす。背後からばしんと誰かが誰かを叩く音が聞こえたが、あえて振り返らなかった。

 シーナとアイヴィードはもともと同期入隊の兵士同士のせいかわたしを抜かしてしばしば気軽なスキンシップを取っているのだ。わたし一人輪の中には入れない。うらやましい。

 そんなことを考えている間に騎士団本部に辿り着き、まずは腹ごしらえと食堂に向かった。


「おや、サーシャじゃないか」


 げっとわたしは息を吐き出した。

 食堂でにやにやと笑うシークス・アベリアと顔を合わせる羽目になったのだ。

 任務に就くようになった以降新人の見習い騎士が一堂に揃って訓練をすることはなくなっている。訓練は正規の騎士のものに混ざっているのだ。だから任務表で組み合わせが被らなければ顔を合わせないことも増え、特にシークとは配置が被ることがほとんどなかった。

 昔はそうでもなかったのだが見習いになっていこう一気に苦手感が増した相手なので、顔を合わせずに済んでいてほっとしていたのだけれど、昨日の今日で会うことになるとは。

 嫌なタイミングである。

 なるべく無視しようと思っていたが、シークは行儀悪くわたしの前に足を投げ出してきた。


「噂のお二人のご帰還だ」

「なんでしょう?」


 どうせアイヴィードのことに関して意地の悪い言葉でも投げかけてくるのだろうとわたしはシークを睨み付けた。

 シークスは更に行儀悪く机の上に頬杖をつく。


「まあ座れば?」


 嫌だけど。

 そう思ったが座らないと引きそうもなかったので、わたしは渋々シークの対面に腰掛けた。

 彼の小姓がすばやくわたしの前にお茶を出したので、受け取る。

 アイヴィードはどこか所在なさげにわたしの斜め後ろに立っている。その隣ではシーナが取り澄ました顔をしていた。


「おまえら婚約してるって噂になってるけど?」


 わたしは飲みかけた紅茶を吹き出しそうになった。

 慌てて口を押さえてシークに紅茶をぶちまけないように全神経を集中させる。背後でアイヴィードのうめき声が聞こえたりドタバタする音が耳に入ってきたが、はっきりと認識は出来なかった。

 なにが面白いのかシークがげらげらと笑っている。


「どういうことです!?」


 わたしはようやく落ち着いてテーブルに両手をついた。

 シークが口元をにやつかせたままこちらを見返してくる。


「自分で言ってたんじゃないのか?」

「言ってませんが!?」

「サーシャ様、割って入るご無礼お許しください。おそらく、今朝の失言のせいかと……」


 シーナが一歩前に進み出てきた。

 今日はシーナも一日私とアイヴィードに随行していたが、基本的に小姓は背後に控えて仕事中はあまり口を開かない。細々とした雑用をして主人を補佐するのが彼らの役目で、出しゃばるのはあまり良い態度とは言えないのだ。

 しかしあえて今前に出てきたと言うことは、重要な話なのだろう。


「失言、わたしが……いつ?」

「イジアス卿に対しておっしゃっておいでだったでしょう。アイヴィードとその、身分の釣り合いがどうこう……」

「それは、……まあ、言ったけど……それなの!?」


 わたしは驚いて椅子から立ち上がった。

 アイヴィードを見やり、シーナを見やる。アイヴィードは額に脂汗を垂らして顔色が悪かった。


「まあふつう男女で身分の釣り合いが取れてるって話するなら結婚の話だな」


 シークの言葉にわたしは再び勢いよく振り返る。

 彼は頬杖をついたまま笑っている。

 自体を悟ってわたしは両手の指を頭に突っ込んだ。


「そういうこと!?」

「おそらくは……」


 シーナがため息を吐き出した。


「違うわよ! わたしが言いたかったのはあくまで主従としての話であって、結婚の話とか……おかしいじゃない!」

「そうか? ふつうだろ」

「ふつうじゃないわよ!」


 わたしはわっと机に突っ伏した。

 実際貴族であれば幼いうちから身分の釣り合いを考えて結婚相手を選ぶのはふつうだ。

 わたしだって八歳で婚約していたのだし。

 しかし今のわたしは平民出身という設定である。自分の発言が大きなやらかしだったことはわかったがとにかく少しでも火消しをせねば。


「わたしまだ十一歳だもん! 結婚とかしらないわよぉ!」


 渾身の嘘泣きをした。

 シークが食堂というわりと人目のある場所で声を掛けてくれたのはむしろ助かったかもしれない。わたしにそんなつもりがないことをアピールする絶好の場だ。

 おかしな噂が広まっているなら早々に打ち消さなければまずいことになる。

 この類いの噂が万一お兄さまの耳に入ったら説教間違いなしだ。

 それは避けたい。

 わあわあと「貴族の風習とか知らないもん!」と叫くわたしの耳に無情にも第三者の声が掛かった。


「サーシャ」


 ジルクルスだった。

 わたしは泣くのをぴたりとやめた。


「ジルウォード副団長が呼んでる」

「……はい」


 時既に遅しだったらしい。

 わたしは顔を上げた。もう絶対お説教だ。引っ立てられる犯罪者の心持ちでわたしは椅子から立ち上がる。


「ああ、アイヴィードはついてこなくていいから」


 どうしようかと視線を彷徨わせるアイヴィードをジルクルスは片手で制した。

 結局わたしのみがクルスの後についていってお兄さまのところに向かうことになり、わたしは項垂れる。

 大昔の人が口は災いのもと、なんて言ったらしいけどこういうことよね、きっと。


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