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(57) 雪の訪れ



 窓を激しく叩く風の音が聞こえる。

 あまりのうるささに目を覚ましたわたしは眠い目を擦って窓の方に近づいた。

 しかし真っ暗でなにも見えなかったので燭台を取りに戻ってから再度窓のを外を眺めた。蝋燭の明かりを窓に近づけると、白いものが窓ガラスにこびりついているのがわかった。


「うそでしょ……雪?」

「吹雪いてますわね」

「うわっ!」


 背後から話しかけられ、わたしは飛び跳ねた。もちろん相手は同じ寝室のアルコープで寝起きしているシーナであった。


「今朝は積もるでしょう。雪用のブーツがいりますわ」

「昨日までは晴れてたのに」

「午後から風が強かったですから、それが雪雲を一気に運んできたのでしょう。場合によってはそのまま雪の季節に入るかもしれません」

「……こっちの冬はいつもそうだったかしら」

「ええ」


 シーナは苦笑いを浮かべて頷いた。

 学園に入学してからというものの冬場は年末年始の時期しか学園にいなかった。馬車に乗って領地に入ると路肩に掻き分けられた雪が積もっているという光景が当たり前で、いつの間にかそれがルシエルの冬のイメージになっていた。

 小さい頃はずっと領地で過ごしていたはずなのに、この土地の冬がどうやって来るか記憶が曖昧なのだ。

 帝国よりはずいぶんマシだと言うが、それでも王都よりも北にあるルシエルの冬は王都より厳しい。雪が積もると雪かきの仕事があると聞いているので、わたしは口をへの字にした。


「仕事行きたくない……」

「そうは参りません」

「やだなぁ」


 思わず大きなため息が口からこぼれ出た。

 ただでさえ憂鬱だというのにその上雪だなんて最悪だ。


「仕事をしていた方が楽かもしれませんわよ。ここに篭もっていたら昨日のあの方々がまたやってくるでしょう」

「……それはいやね」


 わたしは人差し指の関節でこめかみをぐりぐりと回した。

 昨日親しくない女性騎士に呼び出されたと思ったら、宿舎の談話室で複数の騎士に囲まれたのだった。

 内容は言うまでもなくアイヴィードのことだった。

「王都の人間ならばクビにしなければならない」だとか「代わりの従騎士を紹介する」だとかごちゃごちゃと言い募られたのだ。

 思い出してわたしは腹立たしさに地団駄を踏んだ。


「なんで王都の人間だったら辞めさせないといけないのよ。おまえは親戚王都にいないのかって話!」

「まあどの程度の繋がりを指すのかはわかりませんが遠縁だったら一人二人はいるでしょうね」

「そうよね!?」


 貴族だったら学園に子どもを通わせ王都で人脈を作るものなので、王都に親戚がいる人間は少なくない。

 いないなんて言ったら金銭的に厳しく落ちぶれてきていると言っているようなものだ。


「ですがアイヴィードのことは考えなければなりませんわ。本当にそのまま従者に留めおかれるおつもりですか?」

「シーナは反対なの?」

「……サーシャ様がそうとお決めになられたなら反対はいたしません。が、意見を申し上げるなら留めおかれた場合はご負担が大きくなってしまいます。私はそれが一番心配です」


 わたしは小さく頷いた。

 シーナがわたしのことをとても心配してくれていることはよくわかっている。

 昨日他の騎士たちに詰め寄られたことでシーナの助言と指摘が的を射ていたことはよく理解できた。

 わたしを呼び出した騎士たちにとってアイヴィードがエペヴァールと繋がりを持つ間者がどうかは恐らくさほど大きな問題ではない。ひょっとしたら中には本気でアイヴィードが間者だと思っている人間もいたかもしれないが、問題は彼らはアイヴィードが間者ではない証拠を持ちらが示したところで引くなどないだろうと言うことだ。


 わたしに話しかけてきた人間には大きく二種類のパターンがある。純粋に中央貴族が嫌いな者と、わたしを通して領主一族に近づこうとする者だ。両方が目的というのもいる。

 ルシエルは大貴族なので一族の末端に数えられる人間は多くいる。分家がそもそも多いのだ。

 しかし領主に近しい人間となると数は限られてくる。まずは領主の子どもたち、領主の兄弟、その子ども――つまりは領主の甥や姪だ。出世するには実力も重要だが、同じ実力の人間が横並びになればあとは縁の力がものを言う。コネクションを作っておくことは貴族にとって最も大事な仕事の一つで、領内で出世を目指すなら領主一族に近づきたいと考えるのはふつうのことである。

 わたしの後見は領主であるお父さま……実質的には次期領主であるジルウォードお兄さまが担当している。領主一族の中核にかなり近い人間と見られているのだ。

 だからその従騎士は出世頭の一人と言えないこともない。アイヴィードが辞めたら自分たちの親戚や派閥の人間を領主一族の近い場所に送り込める可能性が出てくるわけで、そう言った人間にとって今は絶好の機会なのだ。


「そういう理由で近づいてくる人を側に置く気はさすがにないのだけど」

「ですからジルウォード様に後任の人選をお願いするべきだと申し上げております。そうすれば皆引いていくでしょう」

「でも……アイヴィードは間者じゃないのよ。だったら、そんなことしたら駄目だと思う」


 わたしは顔をしかめた。

 確かに王都との関係を問題視されるアイヴィードを外して後任の人選をお兄さまに任せてしまえば、昨日あれこれ言ってきた者たちも引っ込まざるを得ないだろう。

 それが一番周囲との軋轢を生まずに穏便に事が済む手段であることも理解できる。

 アイヴィードを留めおくことで得られるわたしが利益はさほど大きくはない。エペヴァール家との繋がりをアイヴィードが否定している以上それがわたしにとって政治的なメリットになるわけではないし、アイヴィードを引きずり下ろすことが目的の人間はアイヴィードが従騎士である限りわたしを攻撃し続ける。デメリットが大きいと断言できるかもしれない。


「だけどシーナ……それを理由にアイヴィードを追い出したら、わたしはきっとわたし自身を許せなくなると思う。それだけは無理」

「それが身の破滅に繋がるかもしれないとしても、ですか?」


 大袈裟な、と笑おうとし、しかし笑えなくて唇を引き結んだ。

 騎士団の任務に連携は必須。他の騎士に嫌われると言うことは、場合によっては任務に直接支障が出ることもあるかもしれない。

 職務に忠実であれというのは簡単だが、向こうもこちらも人間なのだ。嫌いな相手のために命を賭けて働けるかと言われたらそれは難しいだろう。治療兵として既に数年勤めているシーナにはそれがよくわかっているのだ。

 わたしは大きく息を吸った。


「そうだとしても……アイヴィードはクビにはしない」


 わたしの返事にシーナは一度瞼を閉じる。


「わかりました。もうこの点について意見を申し上げたりはいたしません。わたしはサーシャ様の(しもべ)として全力でお支えするだけです」


 シーナは膝をついてわたしの両手を拾い上げた。

 燭台の蝋燭に照らされた彼女の顔は少し悲しげで、でも不思議とうれしそうにも見えた。

 それが気のせいでなければいい。




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