(55) 疑い
ユリシスと向き合うアイヴィードをわたしは呆けた状態で見上げていた。
周囲の空気が完全に硬直する中、ため息を吐き出して動いたのはずっと部屋の隅で控えていたジルクルスだった。
「なにやっているおまえたち、退出するぞ」
その一言のおかげで立ち会っていた人間は一斉に動き出した。
わたしもなんとか応接室をあとにする。
しばらく歩いたところで、叫んだ。
「どういうこと!?」
アイヴィードは足を止め、わたしを見下ろし、そして瞳を左右に泳がせた。
その瞳の薄金色は――ユリシスによく似ていた。
瞳の色は精霊の加護に由来するものだ。
髪の色や肌の色は親兄弟親類同士似るものだが、瞳の色については必ずしもそうではない。
ただ魔力の体質が似ていれば似たような精霊に好かれることになるので、親族で瞳の色がそっくりになる例もないわけではない。
特にエペヴァール家は魔力量の割に精霊の格が高くないという体質が遺伝しやすい家系である。ユリシスも、ユリシスの父親である現エペヴァール伯爵もその体質の持ち主だ。
アイヴィードも、同じ体質の人間だ。
アイヴィードは顔を逸らしたまま答えた。
「彼は……俺の甥です……」
「甥!?」
わたしは瞳を白黒させた。
「甥って……待ってください。ユリシス卿はきみより一個年下じゃないか?」
わたしが思っていることをヨハンがずばりと尋ねてくれた。
アイヴィードは唇を噛みしめ、頷いた。
「俺……私は先代伯爵の庶子で……父はかなり高齢の時に母との間に俺をもうけました」
「母親が五十や六十で出産するって話はあまり聞かないけど父親がそれくらいの年齢で若い後妻や愛人との間に子どもをもうける話はまあ聞かないでもないよね」
落ち着いてそう述べたのはクルスである。
いやいやいや。
わたしは思わず弟の方を振り返った。
「そういう問題じゃないと思うのだけれど!?」
「そうだね。夫婦の年の差がいくらだとか、そういう話を真面目にするのは確かに野暮なところがある。ルシエル領も現夫妻はそこそこ年の差があるし」
それは確か似そうなのだ。
ジルクルスはお父さまとその後妻になるセシリアお母さまとの間に生まれた唯一の子どもで、お父さまとお母さまは初婚夫婦の平均から見ると年齢差がある方だと言えるだろう。とはいえお父さまは再婚なので二人の年齢差は貴族の夫妻としてみてもそれほどおかしな話ではない。
しかし今したいのはそういう話ではない。
「エペヴァール伯爵家って……中央貴族じゃない! どうして中央の人間がルシエルにいるのよ!」
わたしは思わずアイヴィードを後ろ手で指さしていた。
叫んだあとしんと廊下が静まりかえってから、自分が口走った言葉をはっと受け止める。
慌てて振り返ると、アイヴィードはなんとも言えない顔つきになっていた。
「ええっと……アイヴィード……その、わたしは……」
なんと言うべきかわからず、わたしはまごついて周囲を見回した。
アイヴィードを見やる周囲の瞳の色は、決していいとは言い難い。
アイヴィードが小さく息を吸い込んだ。
「父が亡くなったあと、兄は屋敷から母と俺を追い出しました。母方の祖父が屋敷にお仕えする馬丁でしたので一家で馬屋の側の小屋で生活しておりました。幸運に恵まれて母が義父と結婚することになりましたので、こちらに越してきたのです。俺は誓ってエペヴァール家とはなんに関わりもありません。ユリシス様が俺に気づいたこと自体にとても驚いています」
アイヴィードの声音は小さく早く、必死だった。
しかしわたしの口からはやはり言うべき言葉がなにも出てこない。頷くしか出来ないわたしを見て、アイヴィードの薄金の瞳が揺らいだ。
わたしの態度が彼を傷つけていることを悟って焦りが出る。
「いつまでもここにいたら邪魔になるだろ。解散するよ」
ため息を吐き出して、ジルクルスがどこか冷めた声を出した。
「サーシャは休暇だからこのあとは宿舎に戻っていいよ。従ってアイヴィードも休みだ。いいね」
「でも、ジルクルス様……」
ヨハンが眉間に皺を寄せてアイヴィードを見ている。
クルスは首を横に振った。
「おまえたちがなにを考えているかはわかるけど、それはおまえたちの領分にあることじゃない。従騎士について裁定を下せるのは主人だけだ。わかったら早く持ち場に戻れ」
「……はい」
それで周囲の人間がぞろぞろと動き始めた。
それでもわたしが動けないでいると、クルスがわたしを見下ろした。
「サーシャも、とにかく宿舎に戻るように」
「はい」
わたしは命じられるまま騎士宿舎に戻ることになった。
アイヴィードを従えて城内を歩く。空気がとても気まずい。
わたしはユリシスと会うの前にジルクルスとした話を思い出していた。
城内での出来事が王都にすぐ伝わったのは王都と繋がりを持つ間者がいるからだろうという話だ。
まさかアイヴィードがそれなのか?
でも本人はエペヴァール家とは関わりがないといってる。
わたしはそれを素直に信じるべきだろうか?
嘘を言っている可能性はないのだろうか?
頭の中がぐるぐるする。
「あの、サーシャ様」
アイヴィードの遠慮がちの声が聞こえ、わたしは飛び跳ねた。
「な、なにかしら!?」
「宿舎はこちらですが……」
どうやら考えにふけって宿舎を通り過ぎようとしていたらしい。
わたしは引きつり笑いを浮かべて踵の向きを変えた。




